魔王様と僕

タニマリ

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不穏な影 前編

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「シンシアこれなんかどう?野イチゴの刺繍がしてあってアン王女にぴったりだよ。」
「このドレスもカットワークのレースが凄く繊細で素敵ですね。」

僕とシンシアは庭にある倉庫を訪れ、洋服の入った木箱を漁っていた。
ここには食べ物や酒、水などの貯蓄物以外にも、今は使用していない日用品が大量に保管されている。
すくすくと成長していくアン王女は手持ちの服ではサイズが合わなくなってきていた。
そろそろ街で買わなきゃねとシンシアに言ったら、それなら私がお作りしますと胸を叩いたのだ。


「素材には困りませんが……にしてもこんなにたくさんの女性用のドレスがなぜあるのですか?」
「あ~、それはねえ……」
今から二代前の魔王が超女好きだった。魔王の権限をいいことに自分好みのいろんな種族の女性を集めてハーレムを築いていたのだ。
シンシアは過激なプレイ用に使う際どいデザインの衣装が詰まった箱を開けてしまいうわぁと後退りをした。
二代前の魔王は極端すぎだけれど、魔王になった悪魔は少なからず美女を周りにはべらしたがる。
魔王様はそんなことはしたことがないからこんなものは必要ない。

でもあの見た目だから寄ってくる女の人は今でもしょっちゅういて、その度に僕に追い払えと命令するんだよな……ヒステリックに暴れる人もいるから毎回一苦労だ。
恋人でも作ってくれたらそんな虫も寄り付かなくなるし、僕への無茶ぶりも少しは減ると思うんだけどなあ……

シンシアがフリルをたっぷりとあしらった淡いブルーのドレスを手に取り、うっとりと眺めていた。

「気に入ったのなら着てみたら?似合うと思うよ。」
「いえいえっ私なんかとてもとても……気を遣っていただいてありがとうございます。」

お世辞なんかじゃないのに……
シンシアは男性と付き合った経験がないせいか自分には魅力がないと思っている。
丸っこくて黒目がちな目とか笑うと見える八重歯とか、チャーミングで可愛らしいと思うんだけどなあ。
人間の男って見る目がないな。


「だーだだっ。だーだあ!」


窓辺で日向ぼっこをしながら寝ていたはずのアン王女が、なにやら賑やかな声をあげた。
どうやら外にあるものに反応して起きたようだ。
庭に目をやると魔王様が奥にある建物へと歩いていかれる姿が見えた。

「あの可愛らしい建物はなんですか?」
「あそこは僕も入ったことがないんだ。近付くことさえ許されてないから……」

それは蜂蜜色の石灰岩の壁に赤い屋根で彩られた、のどかな田舎町にあるような建物だった。
魔王様が魔王となられてしばらくしてから、いつの間にかそこに建っていたのだ。
どこからか魔法で持ち運んできたのかも知れない……


「なんだか足取りが軽やかですわ。愛しい方と逢引でもされているのでしょうか?」
「どうだろうね。150年おそばで仕えているけれど、親しくしされている女性を見たことは一度もないよ。」


恋人どころか、たまに訪ねてくる知り合いともあまり会おうとはしない。


魔王様って、“孤独”……なんだよな。





悪魔とは私利私欲にまみれた自分勝手な生き物だ。

ハーレムを築いたり毎晩吐くほど酒を飲んだり、嫌がらせのために他の魔物達から税金を絞り上げたり、娯楽と称して無理やり殺し合いをさせたり……
歴代の魔王達はみな魔王である権限をひけらかしてやりたい放題だった。

魔王様はそんなものには全く興味を示さず、生活もいたって質素だから今までの魔王達が貯蓄してきたもので十分に事足りている。
今までの魔王達にあった物欲や支配欲がまるでないのだ。

魔王様が使った権限といえば魔物達に人間を食べることを禁止したくらいだ。
その理由は王たる私の所有物である人間を勝手に食うことは許さんというエゴイスティックな考え方からだった。
のわりには魔王様が人間を食べているところなんて見たことがない。
真の目的は人間を守るためだったのではないかだなんて勘ぐってしま……いやいや、まさか。
そんなことをしてもなんの得にもならない。

みんな己の欲を満たすために魔王になりたがるのに、魔王様だけ全然違う……
魔王にさえならなければ城から出て自由に暮らせるのに、魔王になったがためにこの城に縛られてつまらんなんてことが口癖になってしまった。


考えれば考えるほど、魔王様がなんのために魔王になったのかがわからない。 


150年もそばで仕えているのに……

結局僕は、魔王様のことをなにも分かっちゃいない。



あの近付くことさえ許されない建物を見る度に、魔王様と僕との距離を……
感じずには、いられなかった────────……






と、嘆くのは百年以上も前に散々やった。
今さらそんなことに頭を悩ませるよりも、魔王様が少しでも快適な暮らしが送れるように一意専心お世話をするのみだ。
倉庫にある葡萄酒の在庫が少なくなってきていたので、洋服作りはシンシアに任せて街へと馬を走らせた。
魔王様の唯一の贅沢、お酒だけは絶対にきらしてはならない。



「おっちゃん、なんかこの赤ワイン酸っぱいよ。」
「古いのやからなあ。もうちょいしたら新酒がいっぱい入ってくるで?」

「その前に無くなっちゃうよ。もっと上物のはないの?」
「こないだの凱旋時に末端の兵士達にも勝利の美酒を振る舞ういうて、ぎょうさん売れたんや……」

よくよく聞けばほぼタダみたいな料金で根こそぎ持っていかれたらしく、もうこの街にはろくでもないワインしか残っていないらしい……なんだよそれ、ふざけやがって。
なにが勝利の美酒だ。奇襲なんて卑怯なマネをして勝ったんじゃないか。
そんな奴ら、葡萄の果汁を絞りきったあとのカスでも食ってりゃいいんだ。



「なんだ坊主。俺達になんか文句でもあんのか?」



おっちゃんの話に納得できないでいたら、赤毛の大男が上から覗き込むようにして話しかけてきた。
こいつは見たことがある。確か……


「これはこれは、ジェイコブ将軍殿。」


おっちゃんが慌てた様子で頭を下げた。
やっぱりそうだ。凱旋パレードの時に4頭立ての戦車にふんぞり返って乗っていた男だ。
将軍は僕の木のコップをひょいと奪うと中に入っていたワインを口に含んだ。

「確かにこりゃ酸化しすぎだな、最悪だ。」

そう言いながらペッペッと口から吐いた。人のを勝手に飲んでおいて礼儀がなってないな。
こんな奴に時間を取られている場合ではない。
醸造家のところに行けばできたての新酒が手に入るかもしれない。街から遠い場所にあるから急がないと……
 
「待ちな坊主。何本か譲ってやるからついてきな。」
「いらない。将軍かなんだか知らないけど、僕にはエミルって名前がちゃんとあるんだ。」

なんちゅう口の利き方をとおっちゃんは真っ青になって謝るようにと託してきたが、こいつの偉そうな態度は気に入らない。
将軍はハハっと豪快に笑うと僕の頭をポンと軽く叩いた。


「随分威勢がいいな。いいからきな、エミル。」


いらないって言ってんのに……
おっちゃんが僕の背中をグイグイ押すので、仕方がないからついていった。










自宅だと案内されたのはお城のように豪華な建物だった。
今回の勝利の立役者なのだからこれくらいの褒美は貰えて当たり前か……

勝者が変われば歴史は塗り換えられる。

優しきフラフィネス帝国の皇帝は暴君と言われて咎《とが》められるようになり、帝国を滅ばす偉業をなしたこの将軍は英雄として称《たた》えられるのだ。

せめてアン王女には父親は立派な人だったんだよと真実を教えてあげたい……
こんな男からワインを分けてもらうなんてすっごく癪《しゃく》だけれど、この街でこれからも平穏に過ごしたいのなら波風を立てるのは賢明ではない。
もらうものをもらったらとっとと帰ろう。



中も豪華絢爛だ。保管場所は地下室にあると言うので将軍と一緒に蝋燭の灯りを頼りに長い階段を下りた。
地下深くにある扉を開けるとヒヤっとした空気が肌を包んだ。

灯りで部屋の中を照らすと、天井がアーチ型になった洞穴のような空間にズラリと並べられた樽が見えた。
この量が個人の所有物とは驚きだ。
瓶に入ったワインまでたくさん並んでいる。ガラスなんてまだまだ貴重なものなのに…… 

でもこれ、全部飲む前に味が劣化しちゃわない?


「ワインてのは空気に触れないように密封して一定の温度で保ってたら何年でも何十年でももつし、熟成されてより深い味わいになるんだ。」


将軍は五年ものだという瓶の赤ワインを開けて飲ませてくれた。柔らかで繊細な味わいは、今までに飲んだどんなものよりも美味しかった。
これなら魔王様も喜んでくれそうだ。

お勧めを何本か皮の袋に詰め、一応丁寧にお礼を言って扉に向かおうとしたら将軍に行く手を邪魔された。
壁に片手を預けながら僕を見下ろす将軍は、さっきまでとは明らかに雰囲気が違っていた。



「エミルは……初めて会った人の家についてっちゃあいけないって、ご主人様から習わなかったのか?」



偉そうなのには変わりないが、その目には好戦的な光が宿っていた。






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