君は僕の可愛い男の娘

タニマリ

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君は僕の可愛い男の娘 後編

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家に着くと姉ちゃんが見事に酔っ払っていた。

シュウとのことは口が裂けても言えないよな……
とりあえずはカップリング出来ませんでしたって報告するつもりなんだけど、膝蹴りだけで済むのかなこれ……

「最初から期待なんかしてなかったわよ。そんな甘いもんじゃないのよ婚活は。」


土下座しながら報告したら、意外な答えが返ってきた。
じゃあなんで行かしたんだ……
女装までさしといて意味がわからん。


「どうだった?大人のハイスペックな男に口説かれて。」
「はあ?べ、別に口説かれてなんかっ……」

「こんだけ可愛くしてやったんだから男が寄ってきたでしょ?」
「まあ…それなりに……」
シュウにキスされたことを思い出して体がカーっと火照ってきた。


「勉強なったでしょ?チロに今度好きな子が出来た時に役立てなさい。」

えっ……えっ?
キョトンとしまくりの俺の間抜けな顔を見て、姉ちゃんが吹き出した。
「チロってさあ…平気そうにはしてたけど、親友二人に彼女が出来て内心落ち込んでたでしょ?」



確かに凹んでた──────


幸せそうなあいつらを見る度に、なんで俺だけ彼女がいないんだろうって…思わずにはいられなかった。
でもそんなこと表には全然出してなかったはずなのに、姉ちゃんは気付いてたんだ……


「姉から可愛い弟への大人の恋愛講座でした。今日学んだことを糧に、二人より良い女GETすんのよ?」


─────姉ちゃん………





「私は疲れたからもう寝るわ。おやすみ~。」

姉は俺の肩をポンと叩き、ふらつく足で自分の部屋へと入っていった。
姉の、俺への溢れる思いを知り、思わず目頭が熱く……






なるかボケ──────っ!!!




なんじゃそれっ?むちゃくちゃ過ぎるやろ?!
どうすんねん姉ちゃんっ!!
可愛い弟が大人の階段上がるどころか、秘密の花園の扉開けてもうたぞっ?!
可愛い彼女じゃなくて、イケメンの彼氏てっ!!

今日あったことを事細かに説明したろか?!
いやいや、あのぶっとんだ姉ちゃんのことや…面白がって余計事態が収集つかんくなるっ。

くそっ…俺はどうすりゃいいんや?
どの道に進もうとしてるんや?




「この子は俺のだから。」




あれって……
シュウ、本気で言ってたんだ。 
あかんっ…シュウの顔が浮かんでニヤける……

いやいや待て待て。俺男好きちゃうし!
だいたいこの道はどの道に繋がってるんや?
道の先に終着点はあるんか?
断崖絶壁になってないか?

でもあのキス……
まるで女の子にするみたいにしてきた……
なんなんあの別れ際。カッコ良すぎ。

ぎゃ─────っ!!
俺女ちゃうし!

もういろいろありすぎて頭の中がぐちゃぐちゃで整理がつかんっ。


「とりあえず風呂に入りますっ!」


誰も聞いてないのに挙手してから風呂に飛び込んだ。






俺だってキスくらい女の子としたことはある。

でもこんなに痺れるくらいあとを引くのは初めてだ。
軽くされただけなのに……
さっきから冷たいシャワーを頭から被っているというのに、胸に灯ったシュウへの思いも、シュウに触れられた唇も…熱くなる一方だ。

風呂場から上がり、洗面所の鏡に映る現実を見る。


俺は男だ。女じゃない───────


シュウが今日出会ったのは女装をしていた俺だ。
それは本当の俺じゃない。

今の俺を見て、シュウは可愛いと言ってくれるのだろうか?


「そんなん無理…俺も、女装なんて二度とゴメンや……」


さっきまで俺が着ていた女物の脱ぎ捨てられた服……
ポケットからはシュウからもらった名刺がのぞいてあった。
シュウのアドレス……
今日はありがとうって今すぐにでも連絡したい。

シュウの声が聞きたい。


シュウに会いたい──────



 
……でもダメだ。もっと冷静になれ、俺。
こんな気持ち、単なる気の迷いだっ。

だいたい相手は大人だぞ?地位ある医者だぞ?
俺みたいな高校生がうろちょろしてみろ。周りがどんな目でシュウを見るか……




いろいろな思いが駆け巡るけれど、これだけはハッキリと言える───────




俺は名刺を手に取ると、細かく破り捨てた。




──────シュウに、迷惑だけはかけたくない。

















「……痛ってえ………」

いつにも増して、精神的な腹痛が酷い……


海岸沿いにある高台に建つ学校からは海が見下ろせる。
夏はあれほど賑わっていた海水浴場が、寒くなってきた今では人っ子一人いない。
足跡がひとつもない白い砂浜はとても綺麗だ。

12月になると冬のイルミネーション始まり、浜辺が300mにもわたって10万球もの電飾による光の造形で彩られる。
クリスマスイヴともなると恋人同士ばっかりだ。

今年も俺は一人かな……
まあ別にいっけど……



「連絡ちょうだい。待ってる。」



あの日から一週間が過ぎた。

シュウはまだ俺からの連絡を
待ってくれているんだろうか───────






「どしたチロ、元気ないな。生理か?」
「いつもテンション高いのに。気持ち悪いじゃん。」

おまえら他に言うことないの?
そっとしといて欲しいから誰もいない屋上で過ごしてたっていうのに……
イチ君とトオギ、わざわざ俺を探して来たんだろうな。


「いいよなおまえらは。彼女とイチャイチャしてりゃあええんやから。」

俺もお決まりのパターンで返す。
これでも一応心配はしてくれてるんだよな……

イチ君が肩を組んでスマホの画像を見せてきた。
それにはイチ君の彼女である一年生のナミちゃんと、その友達が映っていた。
「チロこの子覚えてる?前に見た時可愛い子やなあってデレっとしてただろ?」

してたような気がする。
確か笑顔が似合う子で笑うと八重歯が───……

「ナミちゃんによるとこの子チロのファンなんだって。だから今度……」
「八重歯はあかんっ!」

「はあ?チロ…八重歯ある子好みだっただろ?」
「今は見たないんやっ。今日は体調も悪いしもう帰る!先生に適当に言うといてっ!」


八重歯を見るとどうしてもシュウのあの無邪気な笑顔を思い出してしまう。
俺はイチ君から逃げるように下に降りる階段のドアノブに手をかけた。


「なあチロ。なんか悩んでる?」


イチ君に言い当てられてビクっと体が反応してしまった。

「俺らの仲なんだからなんでも言えよ。」

トオギが屈託のない笑顔でイチ君に続く……
イチ君とトオギの二人は小学生からの幼なじみだ。
高校入学と共に転校してきた俺に、関西弁教えてくれ~って廊下で声をかけられたのが始まりだった。
二年になって同じクラスになり、三人でつるむことが多くなった。今では親友だと思っている。

イチ君もトオギも今の彼女と付き合う時、なんでも話してくれて俺も遠慮なく意見を言いまくっていた。
チロの時もボロクソに言ってやるから覚悟しとけよって言われたっけ……


でも─────……



「おまえらに言えるレベルの話ちゃうねん。もう…放っといてくれ!」


ドアを勢い良く開けて階段を駆け下りた。
イラついて思った以上にトゲのある言い方をしてしまった。
こんなことを言いたいわけじゃないのに……

「俺…めっちゃヤなやつやん……」

明るくて友達思いだった俺はどこいった?
吐き気がするくらいに気分はサイアクだった。











俺の家は学校から徒歩10分の距離にある。
5分ほどで、どうにも前に進めなくなってしまった。
歩く度に右の下っ腹が響くように痛む。

「…痛っ……」

きっと罰が当たったんだ。
せっかく好意を抱いてくれた人に背を向け、心配してくれる友達にも冷たい言葉を浴びせた。
この腹痛も吐き気も熱っぽさも全部、俺の罪に対する罰だ。


「チロっ大丈夫か?!」

電柱にもたれかかって一歩も動けずにいると、ボヤけた視界の端にイチ君とトオギの姿が見えた。
なんでいるんだ?授業中なのに……

「パーっと遊ぼうかと思って追いかけて来たんだよ!とりあえず横になれっ。」
イチ君とトオギは着ていた上着を脱いで地面に敷き、俺をその上に寝かせた。
こいつら…あんなに酷いこと言ったのに……
 

「イチ君、トオギ…ごめん……」

「そんなのいいから気にすんな。トオギ救急車呼べ。虫垂炎かもしれねえ。」


虫垂炎って…盲腸?
これは俺への罰じゃなくて病気?
ちょっと待て…救急車ってことは……

「トオギ…救急車ダメ…安田記念病院だけは……」

安田記念病院はシュウが働いている病院だ。
救急車なんかで運ばれたらシュウと鉢合わせしてしまう。
こんな学校の制服を着たままの男子高校生の姿で会いたくなんかない。

「なにチロ?安田記念病院がどうかした?」
「……そこっ…に……」

そこには行きたくないと言おうとした時、突然の激しい腹痛に声が詰まった。
なんだこの痛さ…いまだかって味わったことがない。
二人が呼ぶ声が聞こえたが声を出すことも出来ず、そのまま意識が薄れていった。





けたたましいサイレンの音も、動き回るたくさんの人の切羽詰まった声も、全部分厚い壁の向こう側で起こっているように聞こえた。


痛さで体が強ばる……
お腹の中をぐちゃぐちゃに掻き回されてるみたいだ。



俺このまま死ぬのかな──────



怖くて心細くて泣きそうになっていた時、お腹を抑える俺の手を包み込むように、温かな手が重なった。

この優しい温もりを…俺は知っている。




「大丈夫だよチロ君。僕が助けてあげるからね。」

「……シュウ…さん……」




なんでシュウが俺の手を握り、優しく微笑んでいるのだろう?

そうか……
きっと最後に幻覚を見せてくれてるんだ。
嬉しくって涙が溢れてきた。


「…本当はシュウに連絡したかったし…会いたかった……」

「うん。わかってる。」


口元に少しのぞいた八重歯を見て、どんなに打ち消そうとも、この思いは消せないって思ったんだ。





俺はシュウのことが好きだ───────



















目を覚ますと、ICUのベッドの上だった。
左手には点滴、腹にはドレーンという管がくっついてる自分の状況にわけがわからずボンヤリしていると、看護師がきて説明してくれた。



腹痛の原因はイチ君が言ったように虫垂炎だった。
ただ、俺の場合は痛みを感じてからかなり我慢をしていたので、虫垂が破れて腹膜炎を起こしてしまっていたらしい。
腹膜炎はそのまま放置しておくと命に関わるような重大な病気だ。

すぐさま緊急手術が行われた。
破れた虫垂を切除し、生理食塩水で汚れたお腹の中を念入りに洗浄したので、手術は二時間にも及んだという。



ここはどこですかと聞くと、安田記念病院ですという答えが返ってきた。

俺は安田記念病院は行きたくないと言ったのに、トオギは行きたいと勘違いしたようだ。





あれは夢じゃなかったのか………

シュウが俺を
助けてくれたんだ─────


まだ温もりが残っているような感覚がして、シュウが触れてくれた手を…ギュっと握った。




「チロ君っ目が覚めたんだねっ!」

白衣姿のシュウが走ってきて寝ている俺に抱きついた。
腹っ……腹痛いって!!

「四ノ宮先生!なに患者さんに勢いよく抱きついてるんですか?!」
「ごめん、嬉しくてつい。」

看護師に怒られたシュウは俺だけに見えるようにペロっと舌を出した。
男の姿のままの俺でも、変わらぬシュウの態度を見てホッとした。
どうやら俺は丸一日眠っていたらしい。


「ずっと僕のいるICUで縛っておきたいけれど、すぐに一般病棟に移れるよ。合併症とか何事もなければ10日ほどで退院出来るけど…僕としては軽くなんかになって欲しいな。」
「シュウさん…心の声がダダ漏れですよ。」


俺が意識を回復したと聞いて廊下で待っていた姉がすっ飛んできた。
もうずっと泣いていたんだろう……
目を真っ赤にした姉がさらにボロボロ泣くのを見て申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「良いお姉さんだね。」

シュウは俺の頭をポンポンと撫でると、他の患者さんを診にいった。

そうだよ……
良い姉ちゃんなんだよ……


本来なら
シュウと姉ちゃんが出会うはずだったのに────















シュウが言った通り、次の日には一般病棟に移れた。
四人部屋で、俺以外は棺桶に片足を突っ込んだようなおじいちゃんばっかりだった。

面会時間は平日は午後3時から8時まで。休日は午後1時から8時までだった。
姉は仕事のシフトを調節してもらい、俺の世話をしに毎日病院へとやってきた。
傷の治りも早く、入院五日目ともなると普通に生活出来るようになってきた。


「お箸とコップは洗っておいたから。出されたご飯は好き嫌いせずに全部食べてる?」
「……うん。」

「今日のお風呂の予約は入れた?隅々までしっかり良く洗うのよ?」
「……うん。」

「お姉ちゃんもう仕事行くけど大丈夫?飲み物買っといて上げようか?お茶でいい?」
「あーっもう!そんくらい自分でやるから早く行けって!」


俺が腹膜炎でぶっ倒れたせいか、元々世話好きだった姉はパワーアップして超過保護になっていた。
そこまで心配させたのは悪かったけど、俺は小学生じゃないんだから……
トイレにまで付いて来ようとしたのには参った。
部屋を区切っているカーテンを閉めてようやく行ったかと思ったら、すぐに戻ってきた。

「なんだよ姉ちゃん!まだなんかっ……」
「やあチロ君。なかなか見舞いに来れなくてごめんね。」

げっ、シュウ……!!
ビックリして思わず頭から布団を被ってしまった。

「チロ君…なんで隠れるの?」
「だって俺パジャマだし、髪だってボサボサだし……」
なに乙女みたいなこと言ってんだ、俺!
でもシュウの白衣姿めっちゃカッコイイしっ!


「チロ君はなにもしてなくても可愛いよ。」


シュウがそっと布団を下げるもんだから真っ赤になってる顔を見られてしまった。

「ほら、可愛い。」

なんなんだこのテクは……
よくこんなに俺のことを照れくさくさせれるもんだな。



「さっき廊下でお姉さんに会ったよ。あなたは弟の命の恩人ですって、すっごく頭を下げられちゃった。」

看護師に聞いたところによると、シュウは若手の医師の中でも断トツに腕が良く、院長にも一目置かれている存在らしい。
ICUにいた時に救急車で重症患者が何人も運ばれてきたが、シュウは周りのスタッフにも的確に指示を出して冷静に場を統率していた。

知れば知るほど凄い人なんだよな……
シュウを好きだからこそ、俺なんかでいいわけがないと思ってしまう……



「姉ちゃんと俺そっくりやろ?気配り上手やし仕事も出来るし、俺と違って家事とかも完璧やし…なにより女やし……」

「チロ君…なにが言いたいの?」



シュウは男が好きなわけじゃない。
本来ならば…シュウと出会い、恋が始まっていたのは姉ちゃんの方だったんだ─────



「シュウ…姉ちゃんとのこと、考えてくれへん?」



シュウとの間に重苦しい空気が流れた。
俺が勝手なことを言ってるのは十分わかっている。
でも…どうしてもシュウには姉ちゃんの方が正しいのにって思ってしまう……



「チロ君…僕があの日出会ったのはお姉さんじゃない。」
シュウがゆっくりとした口調で、俺の心を見透かすようなことを言った。


「最初はチロ君のこと、女装してこんなとこに来るだなんて面白い子だなって思ってた。でも、チロ君のお姉さんに対する心からの深い愛情を感じていくうちに…こんな風に誰かを一生懸命に思いやれる、素直な君が愛おしいと思ったんだ。」




……シュウ…さん………

まっすぐな目で見つめてくるシュウに、胸が締め付けられた。


「僕は常に、今日死んでも悔いのないように生きている。」


普通の人は自分が死ぬなんてことを考えて毎日を過ごしたりなんかしない。
当たり前過ぎて、自分が今、生きてるってことさえ忘れている。
でもシュウは違う……

「大袈裟だなって思う?」

俺は無言で首を左右に降った。
シュウが一分一秒を争う命の現場で、毎日死と戦いながら働いている姿を、俺は少しだけだったけど垣間見たんだ……


「全力を尽くしても、どうしても助けられない命がある。亡くなってしまった患者さんを見て、この人は人生でやり残したことはなかったのだろうかって…いつも思う……」


シュウは俺の手を、両手で包むように握った。

俺がここに運ばれてきた時、耐え難い痛みの中でシュウが握ってくれた手の温もりに、どれだけ救われたか……

「あの時、店から出ていくチロ君を見て、このまま後を追わなかったら僕は一生後悔するって思ったんだ。」

逃げる俺の腕を掴んでくれた力強い手も…どれだけ嬉しかったか……





「チロ君…僕は君と付き合いたいと思ってる。」




えっ………

「シュウさっ……」
「でもそれを君に無理強いするつもりはない。」


俺の手を握るシュウの手が微かに震えている。
緊張してるんだ……
俺のことを切実に考えてくれているシュウの思いが痛いほど伝わってきた。



「チロ君は、僕とどうしたい?」



シュウとこれからどうしたいのか……
付き合うのか付き合わないのか……



俺が……選ぶ───────




俺が過去に付き合ったことがあるのは中学生の頃だ。
学校に一緒に登下校したり、カラオケやボーリングに行ったり……
キスくらいはしたけれど、そんなの可愛らしいもんだった。
でもシュウが言う付き合うは、そんな子供地味た生易しいもんじゃない。


男同士で付き合うって……?



そ、想像が出来ない。
キスはこないだされたけど、あの時は女の子の格好だったし……
男同士でキスしてる絵面ってどうなの?
別にシュウからキスされるのを嫌だとか言ってるわけじゃない。
むしろシュウとならキスしたい……
でも付き合うとなれば当然その先もあるわけで……

やべっ、顔が赤くなってきちまった。

チラっとシュウの方を見ると、俺に釣られたのか頬が少し赤くなっていた。
俺からの返事を催促するかのように、俺の手を包むシュウの手に力が込められた……





「チロ、大丈夫かーっ?」
「見舞いに来てやったぞーっ!」

カーテンを勢いよく開けて、イチ君とトオギがやってきた。


「病院食だけじゃ物足りないだろ?はい、食い物。」
トオギがくれたのは堅焼きせんべいの大入り袋だった。
なんでわざわざこれをチョイスした?
静かな病室でバリボリ音を立てて食えってか?

「俺もおかず持ってきた。」
イチ君がくれたのはエロ本だった。
おかずの意味が違う。
病室で俺になにをやらす気なんだ?


「チロ君のお友達か…元気だね。でも、病室ではあまり騒がないようにね。」

イチ君とトオギがシュウを見てイケメンドクターだっと言って騒ぎ出した。
騒ぐなって言われたばっかりなのに。
俺と繋いでいたシュウの手は、いつの間にか離れていた。



いや……違う。
俺今なにした──────?


シュウは二人と笑いながら話をしていたけど、俺にはその横顔が寂しそうに見えた。


だって……

だって俺…二人が来た時に、咄嗟にシュウの手を振りほどいてしまったから──────





「……じゃあねチロ君。ありがとう。」



ありがとうってなに?
まるで最後のお別れの言葉みたいに聞こえた。
シュウが静かにカーテンを開け、俺から離れていこうとする。



待って…違う……

行かないでっ……シュウ─────!!






「……チロ…君?」

気付けば立ち去ろうとしたシュウの背中にしがみついていた。
体が勝手に動いたのだ。
離れたくなかったから……
俺の突然の行動に、さっきまで騒がしかった病室の空気が静まり返った。


どうしよう…これ……どう誤魔化す?



「……チロ君どっか痛むのかな?そんなことしなくても呼んでくれたら診てあげるよ?」
シュウがなんとか取り繕おうとしてくれた。
俺を引き剥がそうとしたシュウを、離すまいとさらにくっ付いた。

「チロ君……?」


シュウは俺のことを思って真剣に告白してくれたんだ。
俺だってシュウが好きだ。その思いに応えたい。

心配してくれるイチ君やトオギにも、もう隠し事なんてしたくないっ──────





「この人は四ノ宮 修介さんっ。28歳で見ての通りの超イケメンでこの病院の救命救急医で……」


これは自分への宣言だ……!!





「俺の、大事な恋人っ!!」





廊下にまで響き渡るような大声で宣言してしまった。
ヨボヨボでボケまくりだった同室のおじいちゃん達が、生き返ったかのようにこちらを注目していた。
イチ君もトオギも、シュウまで…みんな目が点になっている。

ちょっと…やりすぎたかも知れない……




「恋人?…マジかチロ。年上の医者って、すげぇな。」
驚くのそっち?
いや、驚き過ぎてトオギの頭のキャパを超えたか……

「う…ん……俺はLGBTについては肯定派だ。チロは見た目女の子みたいに可愛いし、抱けと言われれば抱ける。」
えらい寛容やな。
なんで俺がイチ君に抱かれなあかんねん。



「……チロ君。」

シュウを見上げると目がウルウルしていた。
俺のことをギュ────っと抱きしめ、顔を擦りつけてきた。

「僕も大事にするっ!」
「ああもうっ顔をスリスリすんなっ!」


俺の声を聞きつけた看護師やら他の病室の患者さんまで集まってきた。
シュウのこれからの病院での立場は大丈夫なのだろうか……

「シュウ…みんな見てる。」
「構わない。仕事出来るから文句は言わせない。」

なんて堂々とした頼もしいセリフ……俺も言ってみたい。




「トオギ。俺らお邪魔みたいだし帰るか。」
「だな。帰ろう。」

イチ君とトオギは集まった野次馬を見せもんじゃねえと言って追っ払ってくれた。



「今度トリプルデートしようぜっ。じゃあな、チロ。」



俺の周りは、良いヤツらばっかりだ……




俺を抱きしめたまま離れないシュウの背中に
そっと、手を伸ばした──────










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