お隣さんは陰陽師

タニマリ

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末永く……

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庭木にはアジサイ、シャクナゲ、ツツジ、ヤマボウシ、ユキヤナギ、モミジ。
そして多年草のスイレン、スズラン、アヤメ、ハナショウブ、キキョウ……
他にもキンセンカやスイセン、コスモス等など。

以前の岩や白玉砂利や松の木を配置した落ち着いた雰囲気の庭も風流で良かったけれど、今回の四季折々の花が咲き乱れる庭もとっても艶やかで素敵だ。


海坊主との戦いで壊滅した日本庭園はそのまま修理するのではなく、真人まひとの父親によって新しい庭へと生まれ変わった。
今日はそのお披露目会で、関係者を呼んで華やかに行われており私も真人にお呼ばれされた。
工事中は庭に入ることが出来なかったので真人の家を訪れるのは二ヶ月ぶりだ。

庭をのんびりと散策していると、開けた場所で赤い和傘と毛氈もうせんの敷かれた長椅子が用意されており野外のお茶会が催されていた。
たくさんの招待客が抹茶と和菓子を楽しむ中で、客をもてなす着物姿の真人が見えた。
声をかけようと思ったのだが、気品のある美しい女性達に囲まれていたので足が止まってしまった。

なんか私、浮いてない?
自分なりにめかしこんではきたものの、周りは着物だらけだし若い女性でワンピースなんて着ているのは私くらいだ。
どうりで受付で変な目で見られたわけだ……
よく見たらテレビで見たことのある芸能人やコメンテーターまでいる。
なんか、場違いすぎて帰りたくなってきた。


「そんなとこでなにを突っ立っている?」


振り向くと真人の父親が立っていた。
本日はお招き頂きありがとうございますと頭を下げたのだが、私の先に女性陣に囲まれた真人を見つけてなにやら勘づいたようだ。

「あの友禅の着物を着た女性は祇園にある料亭の娘で、藤さがりの髪飾りを付けているのが杉並財閥の娘、デザイナーブランドの着物を着ているのが外務大臣を務めたこともある政治家の娘だ。全員、真人の嫁にどうかと言われている。」

なんでわざわざそんなことをご丁寧に説明するかな。
悔しいけれど、私じゃ真人に相応しくないって言いたいのだろう。
最初から分かっていたことだけど住む世界が違うのだ。やっぱり帰ろうかなとため息をついたら……


「かくゆう私は、平凡なサラリーマン家庭の次男坊だ。」


──────────はいっ?

下からまじまじと真人の父親の顔を見てしまった。
多分、得体の知れないものを見るような目になっていてかなり失礼だったと思う。
でも真人の父親は不快そうにするでもなくフッと口元を緩ませた。

「まあ、励むが良い。」

そう言い残して去っていった。
今のって……頑張れって応援してくれたのかな?
小さくなっていく後ろ姿にもう一度頭を下げた。



「親父となに話してたんだ?」

いつの間にか真人が隣に立っていた。
ご挨拶してただけと誤魔化しお茶会の方を見ると、女性達が名残惜しそうに真人を見つめていた。

「真人いいの?お相手しなくても……」
「朝からよそ行きの顔でおべんちゃらを言うのはもう疲れた。休憩する。」

私もよそ行きの真人に接待して欲しかったかも……
真人は学校でも華道家の息子という優等生の仮面を被って過ごしている。
私とは出会いが出会いだったせいか、最初から素の性格だったし本音で接っしてくれていた。
多少口が悪い時もあるけれど、気を遣わない相手と思われているのは心を許してくれているようで嬉しかった。


招待客に解放されているのは主殿しゅでん側の庭だけだったようで、家族専用の東の対に面する庭には人がおらず静かだった。
主殿と同様、様々な花が植えられ様変わりしていた。

「ここに咲いているリンドウの花は、親父と一緒に植えたんだ。」

小道を挟むように、釣り鐘状の青紫の鮮やかな花が咲いていた。
この二ヶ月間真人の父親は仕事をセーブし、業者も交えて真人とともに庭づくりに取り組んでいたのだという。
実は父親は元々あった日本庭園は味気なくて不満だったらしく、自分好みの花が咲き乱れる庭園に出来て大変満足しているらしい。
一年草は時期が終われば枯れてしまうので植え替える手間がかかるのだが、それも息子との時間が出来るから楽しいのだろう。

「あの親父が、ミミズに悲鳴を上げるとは思わなかった。」

思い出し笑いをする真人に、父との関係が上手くいってるんだなと感じて安心した。



いつもの縁側に行くとはくが落ち武者達とお酒を飲んで盛り上がっていた。
そこにはたくが置かれており、舟盛りや尾頭付きの鯛の塩焼きやお寿司などの料理が所狭しと並べられていた。

「やあつむぎちゃん、久しぶりだねえ。」
「どうしたんですか、この豪華な料理?」

聞けば真人の父親が用意してくれたのだという……
幽霊なのに食べられるのかと尋ねたら、もちろんと返ってきた。
厳密に言えば食べ物に宿る生気を頂くようで、いつも飲んでいるお酒も神様や仏様にお供えされたものを頂戴しているのだそうな。
一緒にどうだいと誘われ、私と真人も頂くことにした。

「ではここでこの蔵出くらでが、腹踊りをさせて頂きやす!」

酒のアテがあるからかいつにも増して悪酔いしている……
常に内蔵が飛び出ている状態なのに、今更お腹を出して踊ったところでなに?っと突っ込んでやりたい。
だが足がもつれた蔵出さんは豪快に池に落っこちた。
矢頭やがしらさんと目無めなしさんが笑い転げながら助けにいくも、三人とも池に落ちた。

「真人、助けに行ってあげて。」
「はあ?あんなもん放っとけばいいだろ?」
ブツブツ文句を言いながらも真人は救出へと向かった。
あのっ…と、この隙に珀に小声で尋ねてみた。

「結局真人って、お父さんになにも言わなかったんですよね?」


真人は海坊主との戦いの後、この機会に全てを打ち明けるべきかと悩んだ。
裏稼業である陰陽師の役目のことはもちろん、自分が妖魔となった母親を滅してしまったことも全部……
なにから伝えればと言い淀む真人だったが、先に口を開いたのは父親の方だった。

「聞くも聞かぬも変わらん。だがこれからは助けが必要なら言ってくれ。いつでも力になる。」

そう言って、一切の詮索をしてこなかったのだ。

見えていないのだから言わなければ知るよしもない。
そう思っていたのだけれど、わざわざこんな場所に料理を用意するだなんて……珀のためとしか言いようがない。

「そうだねえ。勘が鋭い人だから、見えなくとも……全てを見抜いているのかも知れないねえ。」

融通の利かない冷たい人だと思っていた。けれど、本当は温かみのあるふところの深い人だった。
真人があんなにも父を尊敬する気持ちが、少し分かったような気がした。



難儀でござったと落ち武者達が戻ってきた。
びしょ濡れの着物が気持ち悪いのは分かるが褌一丁ふんどしいっちょうになるのは止めて頂きたい。
私が目のやり場に困っていると、真人がちょいちょいと服の袖を引っ張ってきた。

「紬、ちょっと……いいか?」

改まったように言われてなんだろうと思いながらも真人のあとを付いて行った。
池にかかった石橋を渡り、小川に流れる鮮やかな落ち葉を眺めながら進んで行くと、丸い藁葺わらぶき屋根の東屋あずまやが見えてきた。
真人がそこに腰を下ろしたので私も真人の隣に座った。

庭に実をつけた木がたくさんあるからか、草木の間からいろんな種類の野鳥の姿が垣間見えた。
キィキィと金切り声のように鳴いているのがモズで、ヒーヨヒーヨと大きく鳴いているのがヒヨドリなのだと真人は教えてくれた。
初めて家まで送ってくれた日もこんな風に、鳴いている虫の名前を教えてくれたっけ……

あの時はまだ梅雨入り前で30度を超える日もあったけれど、今は長袖一枚では肌寒い季節になってきた。
もう冬が近づいてきているのだなと季節の移り変わりを感じていると、真人が着物のたもとからなにかを取り出し渡してきた。

「妖魔からの危機は去ったわけじゃない。だからこれを常に身に付けておくといい。」

それはラベンダー色の勾玉まがたまだった。
前にも妖魔避けにと一度は受け取ったことがあった。
あの時、真人は自分には持つ資格がないと言っていた。今はそんな後ろめたい気持ちで私に渡そうとしているのではないとは思うけれど、やっぱりこれは真人にとっては大切な母親の形見だ。

「待って真人。ありがたいけれどこれは貰えないよ?」
「よく見ろ。これは別のものだ。」

言われてみれば翡翠ひすいの色が少し白っぽい気がする……革紐部分にある細かなエンボス加工も、真人のは渦巻のデザインだったけれどこれは花模様だ。

糸魚川翡翠いとがわひすいは世界最古の硬玉として日本の国石に選ばれたこともある貴重な宝石だ。
本当はすぐに用意して渡したかったが、ラベンダー色はとても珍しくて人気があるので手に入れるのが難しく、今になってしまったのだという……

「珀から習ってたっぷりと祈祷きとうもしておいたから効果は抜群だ。」

私のために一から作ってくれた真人の気持ちがすごく嬉しくて涙が出そうになった。
でもやっぱりこれは、受け取れない……

「なんだよ。いらないのか?」
「いや、すご~く欲しいんだけどお……」
傍から見ればこの二つはお揃いのペンダントだ。
服の下に隠していたとしても、ひょんなことでバレる可能性が大いにある。

「絶対学校の人達から勘違いされるよ?」
「そんなの別に構わないだろ。」

「でも、あることないこと言われるよ?」
「あることないことって?」

真人は無頓着すぎる。自分が学校でどれほど女の子に人気があるかをまるで分かっていない。
いったん噂にでもなればどんな尾ひれが付くか分かったもんじゃないのに。

「私は真人のこと好きだから全然構わないよ?でも真ひっ……」

口からポロッと好きだという言葉が出てしまった。
気づいた瞬間、全身から汗が吹き出てきた。
こ、これは非常に不味いっ……!!

「違うの!いや、違うくはないか……と、とにかく、真人と私が噂なんてなったら否定するのも面倒じゃないかなって思ったの!私は全然構わないんだよ?だって私はそのっ……えとっ……」

言えば言うほどドツボにはまっている気がする。
汗がダラダラと滝のように流れ出てきて体が溶けそうだ。いや、出来ればこのまま溶けていなくなりたいっ……!



「俺もないことではないから、否定する必要はないな。」



──────ないことでは、ない……?


それって、あるってことなの?
つまりその……真人が私を……?

ペンダントの留め具を外して私の首に付けてくれる真人をまじまじと凝視してしまった。
真人は探るような表情をする私と目が合うと、小さなため息をついた。


「いい加減気付け。好きじゃなきゃ、命を懸けてまで守るだなんて言うわけないだろ。」


そう言うと照れたように頬を染めて背中を向けた。
えっ、ちょっと待って……今、好きって………
聞き間違い、じゃないよね……?
確かめたくって真人の脇腹を後ろからツンツンしてみた。

「突くな……馬鹿。」
「だって、ちゃんとこっち見てよ。」

真人はしばらく無言になったあと、こちらを振り返った。
切れ長の漆黒の瞳に真っ直ぐに見つめられて、私の方が堪らず目を逸らした。


「……おい。こっち見ろ。」


今度は真人が私の脇腹を突いてきたけれど無理だっ。
だって、近すぎるんだもん!!




「おうおうご両人、いつになったら接吻せっぷんが始まるでござるか?」
「ありゃりゃあ。若も姫もモミジのごとく真っ赤でござるなあ~。」
「こりゃ世継ぎが産まれるのはまだまだ先じゃな!」

低木の向こうでゲラゲラと下品に笑う落ち武者達が居た。
真人はユラりと立ち上がると六芒星ろくぼうせいの魔法陣を出し、そこから日本刀を引き抜いた。



「てめえらそこに一列に並べ。まとめて首をねてやる。」



ただならぬ殺気に落ち武者達は悲鳴を上げて逃げて行った。そのあとを真人は待ちやがれと刀を振り回し追いかけて行く……
ポツンと一人残された私の隣に珀が腰を下ろした。

「邪魔してすまないねえ。止めたんだけど、彼ら色恋沙汰には目がなくて聞きゃあしない。」

珀からは申し訳なさそうに謝られたけれど、あれ以上二人で見つめ合っていたら私の心臓は爆発していただろう……
珀は首にかかるペンダントに気付くと嬉しそうに目を細めた。
いつだったか、真人も紬ちゃんにほの字になるからと言われたことがあったっけ。
その時はそんなこと有り得ないと全力否定したけれど……



「これからも末永く、真人のことをよろしくね。」



私の家の隣には、平安時代から脈々と受け継がれてきた30代目の陰陽師が住んでいる。
妖魔から狙われやすい稀有けうな体質の私を守ってくれる、口は悪いが心の優しい頼れる存在だ。


こちらこそ末永くよろしくお願いします。




隣の陰陽師さんっ!







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