お隣さんは陰陽師

タニマリ

文字の大きさ
上 下
4 / 18

行き場のない過去 前編

しおりを挟む
昼間でも薄暗かったけれど、夜の森は真っ暗闇で懐中電灯ひとつじゃとても心細かった。
もうニャ太郎ったら、こんな時に限っていないんだから。一緒に付いてきて欲しかったのに……
新しい土地に慣れたのはいいことだけど、一日中家を留守にするのはどうかと思う。

「幽霊、出ませんよ~に!」

って、その幽霊に今から会いに行くんだけどね。
真人からもらったペンダントを握りしめながら歩みを進めると日本庭園が見えてきた。
昼間とはまた違い、灯篭とうろうや池や木の周りに設置された照明がほのかに灯っていて幻想的な世界観に満ちていた。
個人のお庭なのに……さすが華道の家元ともなるとこういうところにもこだわりを持つのだな。

関心しながら庭の奥にある家屋に目を懲らすと、縁側で酒を組み返すはくの姿が見えた。
珀と他にも人影が三人……なんとあの落ち武者どもだった。
なんでいるの?タチが悪いだけで危害を加えてこないことは分かったけれど、私、あの人達苦手なんだよな~。

でもここまで来て引き返せないと思い、意を決して竹垣の隙間をすり抜けて庭へと入り込んだ。
気配に気付いたのか、珀はこちらを振り返ると会釈をするようにニコッと微笑んだ。お酒のせいかほんのりと赤く染まった頬に長い前髪がハラりとかかりなんとも艶っぽい……
油断していたら微笑みだけでとりこにされてしまいそうだ。

「やあいらっしゃい。真人まひとなら離れの茶室にいるよ。」

この庭、茶室まであるんだ。
華道に茶道に剣道と、真人はいろいろな道を極めているようだ。お茶をたてるところを見てみたいけれど、真人に用があって来たわけじゃない。

「今日は珀さんにいろいろ教えて欲しくて来たんです。」

私のこの言葉に酒をがぶ飲みしていた落ち武者達が色めきだった。
夜這よばいとはなんとも大胆でござる。」
「珀の旦那~。最初は接吻せっぷんから教えてやんな。」
「なんならワシが……」
言い方を不味ったのかとんでもない勘違いをされた。違うと言っているのに落ち武者達からの茶化すようなヤジが止まらない。
真っ赤になってテンパる私を見て珀はククッと楽しそうに笑った。

「そう初心うぶな子をからかうもんじゃないよ。今日はもうお開きにするから、皆はもうお帰り。」

落ち武者達はちぇ~っと言いながらも千鳥足で帰って行った。街で見かける酔っ払いのサラリーマンと変わらない。

「あの落ち武者さん達とは仲良しなんですか?」
「たまに酒を飲み交わす仲だよ。そうやって毒気を抜いてやってるのさ。」

それはあの落ち武者達も、そうしないと妖魔とやらになるからということなのだろうか……?
珀に教えて欲しいと言ったものの、なにから質問していいのかが分からない。
私がコソコソと嗅ぎ回ってることを知ったら真人はきっと怒るだろう。けれどあんな寂しそうな顔を見てしまったら放ってはおけない。

珀はあぐらを組み直し、突っ立ったままの私に隣においでと手招きした。
縁側に座ると夜空に浮かぶ真ん丸なお月様が見えた。とても綺麗な満月だ。

「今宵は花月がご機嫌だねえ。」

そう言うと珀はさかずきに入った酒をグイッと飲み干した。

珀って……間近で見てもとても幽霊とは思えない。
全然怖くないし、むしろそばにいると落ち着くというか安らかな温もりさえ伝わってくる。それに……
この角度からだとはだけた着物の胸元が奥までしっかりと見えた。
月夜に照らされた白くきめ細かな肌には左肩から脇腹にかけて儚く散っていく桜の刺青が彫られていた。
本当、男の人なのに色っぽくてどこを見ていいんだか困ってしまう。

「まだ名前を聞いていなかったねえ。聞いてもいいかい?」
「はい、牧野まきの つむぎといいます。」

珀は目を優しく細めると、良い名だとしみじみ褒めてくれた。
紬には絹織物の意味がある。
絹のようにしなやかに美しく、そして多くの人から愛されて育ってほしいという願いを込めて母が付けてくれた名前だ。。私もとても気に入っている。

「真人はねえ……モテはするんだけどそっち方面にはとんと鈍くてねえ。一層のこと紬ちゃんから真っ裸になって迫ってみるってのはどうだい?」
「ま、真っ裸?!そんなの無理です!ってか違う違う!そんな話をしに来たんじゃないです!!」

「おや?恋の手ほどきを教わりに来たじゃないのかい。真人にほの字だと顔に書いてあるからてっきり。」

私が真人にほの字?!
ていうか、珀ってそんなのを顔から読み取れるの?ウソでしょ?
文字を消そうと両手で顔をパンパン払っていると珀の肩が笑いをこらえて小刻みに震えているのに気付いた。
これって私、完全に遊ばれてた?

「珀さんまで……からかわないで下さい。」
「すまない。真っ赤になるのが可愛くてついね。落ち武者達から話は聞いているよ。そろそろ本題に入ろうか。」

珀は着物のたもとから巻物を取り出し床に広げた。そこには濃淡のある墨で風景画の様なものが描かれていた。

「これはこの街の古い地図さ。東を海、西を山に囲まれている。それに川や土地の隆起、地下水や地層といった地脈なども相まってこの地には霊圧が巨大な渦となってある一点に集中する仕組みになっている。」

珀は白く長い指で巻物の上をゆっくりと渦を巻くようになぞりその中心となる場所で指を止めた。
そこは海岸から少し離れた小高い丘の上、海浜冠かいひんかん高等学校が建つ場所だった。    

「こういう土地は外から入ってきた霊が吹き溜まりんなって出られなくなっちまう。元々大きな合戦があって霊的磁場も強いからどんどん呼んじまうのさ。」

幽霊ホイホイという言葉が頭に浮かんでしまった。
どうやらとんでもない土地に引っ越して来て、とんでもない学校に転校してしまったようだ。
珀はもうひとつ巻物を取り出し、五メートルはあろうかという長さを一気に広げた。
そこにはたくさんの名前があみだくじのように線で繋がれていた。

「我が一族の家系図さ。西園寺家は代々、集まる霊たちをいさまつってきた。それが裏稼業の陰陽師さ。」

ここに書かれている全員が陰陽師というわけではないらしい。裏稼業を継ぐのは基本は長子のみで、初代から途切れず続いて30代、この土地で役目を担ってきたのだという……
真人の名前は30代目に書かれていた。そのひとつ前は華夜子かよこと記載されてあった。
おそらく真人のお母さんなのだろう。

「私もね、平安時代に陰陽師をしていたんだ。」
「えっ!珀さんて平安時代の人なんですかっ?」

家系図をさかのぼってみると一番先頭に西園寺 珀光はくみつと書かれてあった。珀が初代ということだ。
平安時代って千年以上前だよね。そんな時代からここでずっと幽霊として暮らしてるってこと……?
考えただけで気が遠くなった。

珀は腰に差していた煙管を手に持つと指から手品のように小さな炎を出した。それを火種に使い、プカリと煙を吹かした。
なにかを思い出しているのだろうか……月夜を眺める珀はとても物憂げで、あの時の真人の横顔と姿が重なった。

「あのおじさんて、真人の知り合いだったんですか?」
「そうではないよ。真人は調べただけだ。元は祭り好きの気の良い親父さんだったらしい。」

もしかしてあのふんどしは大好きな祭りの衣装だったのだろうか……なにも知らずに見た目だけで変態だと決めつけてしまった。

「家が火事になり高校生の娘さんだけが逃げ遅れてしまってね……親父さんは娘を助けようと火の中に飛び込んで、そのまま二人とも亡くなったそうだよ。」

女子生徒だけをジロジロ見ていたのはその娘さんをずっと探し続けていたから?
私のことを執拗に追ってきたのも、やっと娘を見つけたと思ったから……

「真人は出来れば成仏させてあの世で娘さんと再会させてあげたかったのさ。」
「成仏させてあげることも出来たんですか?」

「そりゃ心残りが晴れればね。でも思いが強すぎるとなかなか成仏させるのも難しくてね。特にあんな風に正気を失い妖魔化しちまうと害を及ぼす前に滅するしかなくなる。」


────────妖魔化。

人間の形を成していなかった。化け物のようなおぞましい姿……
無駄に幽霊が見えてしまう私がつまらないことに反応したせいで彼をあんな風にしてしまった。
真人は成仏させてあげようとしていたのに……それであんなにも私に腹を立てたんだ。

「滅された後ってどうなるんですか?」
「なにもない。」

珀は一呼吸置くようにゆっくりと煙管を吹かした。


「あの世にも行けず輪廻転生の輪からも外れ、ただそこで……無になる。」


煙管の煙が満月に吸い込まれるようにして消えていった。
真人に滅せられて光の粒となり消えていった光景と重なった。
娘さんも今なお父が来ることを待っているのだろうか……
胸を捕まれるような苦しさとともに涙が溢れてきた。


『すごくなんかない
    こんな…誰も幸せにしないような力……』


私は……
なんてことを真人にさせてしまったんだろう。



「妖魔になるのは誰が悪いわけじゃない。真人もそれは十分わかっているはずた。陰陽師は妖魔が目の前に現れたら滅しなければならない。それが例え…血を分けた肉親であっても。」

珀の言葉からはやり切れない切なさが伝わってきた。
本来ならば初代陰陽師でもある珀にとって、真人が陰陽師を辞めるだなんてことは許されるはずがない。
でもそれを強く責めないのは、真人の気持ちに寄り添いたいという思いもあるからだろう……


今までずっと幽霊と見れば怖くて逃げ回っていただけの私って、なんて愚かで浅はかな人間だったんだろう。
幽霊になってしまった人にはなるだけの思いの深さがあったのだ。
そんなことも分からずにいたのだから、真人から関わり合いたくないと思われるのも当然だ。
出来ることなら、真人の前から私という存在を消し去りたい……

「紬ちゃんはそう悲観しなさんな。私の見立てじゃあ、直に真人も紬ちゃんにほの字になるから。」

はい……?今、なんて……?
真人が私にホ─────っ?!有り得ない!!

「なに言ってるんですか!嫌われることはあっても好かれるなんてとんでもない!百パーない!ナイナイナイ!」
大体私だって真人にほの字ってわけじゃないし!!
珀は全否定する私の口元に人差し指を立て、し~っと言って黙らせた。
そしてその指で私の胸をツイッと指差した。

「それ、真人のお母さんの形見。」

自分の胸元には真人がくれた勾玉のペンダントがぶら下がっていた。
これって……そんなに大事なものだったの?!絶対もらっちゃいけないやつじゃん!!

いや、それよりも───────……

「真人のお母さんて陰陽師だったんですよね?亡くなった原因てまさか妖魔にっ?」
「二年前に病気で亡くなったんだ。でも、次の代の真人に負担がかからないようにと無理をしたのも要因かもしれないね。」

珀と話してますます真人が分からなくなった。
だってお母さんがそんなになるまで真人のために頑張ったのに、なんで陰陽師を辞めるだなんて言うの?
このペンダントだって、そんな簡単に他人にあげれるものなの?



「誰かそこにいるのか?」



威厳のある低い声が縁側から延びる廊下の向こうから聞こえてきた。
衣擦れの音とともに着物姿の背の高い紳士がゆっくりと歩いてきた。
真人のお父さんだろうか……





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

処理中です...