上 下
35 / 39

35.セスの願い

しおりを挟む
その日は憎らしいほどいい天気だった。

アラーナの死をただ悲しんでいるルチアとは違い、レオポルトやリカルド、セスは葬儀の準備や病院とのやり取りなど、傍目には淡々とこなしており気丈に振る舞っていた。

二日後、アラーナの葬儀が行われた。

棺桶がゆっくりと土の中に入っていく様子を参列者が見つめる中、3人はルチアより余程辛い筈なのに涙を流すことはなかった。
泣きたいのを我慢してじっと耐えていて、それが分かるからこそ彼女は余計に辛かった。

葬儀がつつがなく終わり、数日経ってもコンスタンツィ家の屋敷は悲しみに包まれていた。

みんなは淋しそうで元気がなく、淡々と仕事をこなしているという状態だった。いつもどこかで聞こえていた笑い声は、今は聞こえない。
ルチアも悲しみを紛らわす為に、部屋に篭って絵を描いていた。

ここ数日間、ルチアはレオポルトに会っていない。
彼はずっと執務室にこもり、休む間もなく仕事をしている。
朝食と夕食の時間も食堂に現れず、朝の鍛錬も今はしていない。食事をとっていないわけではなく、執務室で軽くしているとリリーが教えてくれたのでルチアは少し安心できた。
一人でいたいのだろうかと思い、ルチアは毎朝彼の執務室に花を飾っていた習慣も今は控えている。
どうする事もできないまま、ルチアは日々を淡々と過ごしていた。

その日ルチアは久しぶりに庭に出ることにした。

とてもいい天気で、暖かな気候、そして気持ちがいい風が吹いていおり、庭の花壇には綺麗な色とりどりの花が咲き誇り風が木々を揺らしていた。

ルチアがなんとなく足を向けたのは、アラーナが住んでいた離れ家の目の前だ。
この離れ家には現在誰も住んでいない。リカルドもセスも、今は本邸の3階で寝泊まりしている。

誰も住んでいない離れ家は、アラーナの死を悼むように静寂に包まれていた。

「奥様……」

離れ家を眺めていると後ろから声を掛けられルチアは振り返った。そこには疲れた様子のセスが立っていた。

「何をなさっているのですか?」

いつものような軽薄そうな印象はなく、少し痩せたセスがゆっくりと近づいてくる。

「……セスと同じだと思うわ」

ルチアは離れ家の方に視線を戻す。

「ここに来たら、もう一度会えるんじゃないかって……」

彼女の声は淋しさが込められていた。
もう一度会えるものなら会って謝りたいが、それは叶うことのない願いだ。

「ありがとうございます。母は奥様が大好きでしたから、そう言って頂けて喜んでいると思います」

大好きだと言ってもらえる権利が果たして自分にあるのかと彼女は胸の奥がズキリも痛んだ。

「そうかしら……私はアラーナさんに何もしてあげられなかったわ」

彼女の呟きに、セスはすぐさま否定をする。

「そんな事ありません。
母は、奥様が会いに来てくれた日が一番楽しそうでしたよ。
息子より娘が欲しかったんだなと思ったくらいでした」
「そんな事ないわ。アラーナさんの話はいつもセスやレオ様の事だったもの。二人のことが大好きだったのね。二人がいたからアラーナさんはいつも幸せそうに笑っていられたの。
私は代わりになんてなれないわ」
「……奥様」

セスの声はルチアを慰めてくれているように優しい。彼女は自分の胸に手を当てた。

「……とても悲しいわ。私は数ヶ月間アラーナさんと過ごしただけだけど、それでもとても悲しい。
だから私よりずっと長く共に過ごしていたリカルドやセス……レオ様の悲しみはもっと深いのよね」

想像ができないような悲しみだろうとルチアの声は震えてしまったが、セスはふわりと笑みを浮かべた。

「私は……いえ、私と父はそれなりに覚悟をしていました。こんな日が来ることも分かっていましたから、心の整理をつけてきたつもりです」
「……セス」
「母は、幸せだったと思いますよ。この屋敷で働くのも楽しそうでしたし、先代……旦那様の両親の事も大好きでした。
お二人が亡くなった時はとても悲しんでいましたよ。
ですから余計に旦那様を立派な侯爵家当主にしなければならないと、口煩くなっていました。
ですが旦那様にはそれくらい発破をかける人がいてくれた方が良かったのでしょう。今は立派に当主を務めておられる」

やはりレオポルトにアラーナの存在は必要なのだと改めて思い知らされる。自分はもっと他に何かできたのではないかとルチアは後悔していた。

「アラーナさんは、凄い人です」

優しいアラーナ、ルチアは彼女が大好きだった。

「はい。尊敬出来る母でした」

セスは淋しげな瞳で離れ家を見つめている。きっと誰もがこの悲しみを少しでも減らすために必死に日々の生活を過ごしているのだろう。

「ねえ……レオ様はどうされてるの?」

ルチアが心配そうに質問するとセスは苦笑した。

「旦那様は少し周りが見えなくなってるみたいです。ですが、頑丈な男なので身体の心配はいりません。
私がきちんと見ていますから」
「そう……」

ルチアが安堵していると、突然セスが砕けた口調に変わった。

「あいつは……レオはいい奴なんだ」

彼女が驚いて視線を向けると、彼は真面目な表情でルチアを見つめ返していた。

「レオは権力と金を持っているから、余計に母さんの事で落ち込んでるんだ」
「え?」
「本来なら俺達が与える事が出来ないような金のかかる治療や薬を躊躇なく母さんに与えてくれた。
それがなかったら、もっと早く母さんは亡くなってたと思う。
けどあいつは自分の力が足りなかった、もっと他に何か出来たんじゃないか……力があるから余計に悩んでいた。
充分なんだけどね……あいつ真面目だから」

口調は砕けているものの、とても優しい声音で彼がレオポルトを大切に思っている事が伝わってくる。

「レオ様は……悲しくなるくらい優しい人だわ」

その優しさにルチアは救われてきた。少しでも彼に恩返しがしたいと彼女はずっとそう思っている。

「ルチアちゃん」
「……なに?」

セスの表情はとても辛そうで、それでいてなにかを懇願しているように見えた。

「あいつのこと支えてやって」

ルチアは息を呑んだ。

「ごめんね。でもレオには君が必要でそれは絶対だ。あいつはとても不器用で、なに考えてるか分からないから不安に思うかも知れないけれど、俺を信じて欲しい」

真剣な表情の彼にルチアは困惑した。
彼女にはレオポルトを支えることなんて出来ない。必要とされていない。
けれど……とルチアは思う。

「私にできる事なら何でもするわ。私はレオ様の……妻だもの」

例え期間限定の妻でも、彼にとって必要のない存在だとしても、何かできる事があるかも知れない。
だからこそ、ルチアは彼の為に出来る事は何でもするつもりだ。

「ありがとう……ルチアちゃん」

セスの声はとても優しくルチアの耳に届いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

処理中です...