上 下
16 / 39

16.いざブルネッタ侯爵領へ

しおりを挟む
晩餐会当日、ルチアは朝からリリーに磨かれていた。湯浴みを済ませ、香油を塗られ、着替えに化粧、髪も纏められた。
終わった頃には、ルチアはグッタリとしていた。

だが、ルチアの出来栄えは彼女自身も素晴らしいと思えるものだった。

「完璧です!奥様!」

リリーは一仕事終えた満足そうな顔をしている。
鏡の前で見た自分の姿に、ルチアは驚いた。

「凄い、自分じゃないみたい」

髪はハーフアップで纏められており白い花のバレッタがついている。ドレスはAラインのアンクル丈。フワリと広がるスカートは大振りの花柄をあしらった可愛らしいものだ。
可愛らしいドレスに合わせて、化粧はいつもより濃いが控えめに抑えられている。

「さすが、ヒルベルタさんのドレスですね!!」
「え?このドレス、ヒルベルタさんが?」
「はい!今回の夜会をお話ししたら是非と」
「そ……そう」

王都で人気の仕立て屋ヒルベルタに、2週間しか猶予のない夜会へのドレスを頼むなんて無謀であるとルチアは思った。
だが、それを了承してもらえるコンスタンツィ侯爵家、恐るべしとも思う。

準備が済んだので、ルチアは玄関ホールに向かった。

玄関ホールには、既にレオポルトが待っていた。
いつもと違い、濃紺のタキシードを着込み、髪もオールバックで凛々しい雰囲気を醸し出している。

「お待たせいたしました、レオ様」

ルチアが声を掛けると、レオポルトが振り向いた。

「タキシード、お似合いですね」

ルチアが声をかけたが返事がなく、レオポルトはジッとルチアを見ている。

「あの……レオ様?」

もう一度名前を呼ぶと、レオポルトは気が付いたようだ。

「あ、いや。ドレス……いいな」
「ありがとうございます」
「ああ」

レオポルトはドレスを褒めるのが好きなのだなとルチアは思った。
確かにドレスはヒルベルタ作の素敵なドレスで、素晴らしい事は彼女も分かっている。
けれどたまには、中身も褒めて欲しいものだと少し悲しくなった。

そんな事を考えて、ルチアは慌ててそれを否定した。
悲しくなる必要など無いではないか、自分はあくまで期間限定の妻であり、彼が褒めなければならない理由はないのだから。

「レオ様、そろそろ行きましょうか?」
「あ、ああ。そうだな」

レオポルトが手を差し出したので、ルチアはその上に手を添えた。
こうして彼女達は車に乗ってブルネッタ侯爵家に向かう。
ブルネッタ侯爵領までは、車で2、3時間で到着する。馬車ならば考えられないほど短い時間で別の領まで行く事が出来るのだ。

「レオ様、ブルネッタ卿はどんな方なんですか?」

ずっと黙ったままなのは辛いので、ルチアはレオポルトに声を掛けた。

「そうだな。……明るい方だな」
「明るい方ですか?少し説明が雑過ぎませんか?」
「そ、そうか。いや。色々と説明しだすと愚痴が出てしまいそうでな……」
「レオ様が愚痴ですか?珍しいですね」

レオポルトが誰かの愚痴を話すなど、ルチアには想像出来なかった。

「悪い方ではないんだ。すごく世話になったし、尊敬もしている。ただ、少し……騒がしい人というか」

歯切れ悪く説明するレオポルトに、ルチアは思わず笑ってしまう。

「笑い事じゃないんだぞ」
「す、すみません。少し面白くて……」

ルチアは手で口を覆うが笑いは止まりそうになく、少し声が漏れてしまう。
すると、レオポルトは小さな溜息をついた。

「ブルネッタ卿には、二人の子供がいる。息子のディーノと娘のヴァニア。二人とも私にとっては幼馴染になる。
ディーノとは学校も同じだった。
二人共結婚式に出席してくれていた」
「そ、そうなんですか?すみません。顔は分からないです」
「いや、あの時は人も多かったしな。私も名前が出て来なかった人がいた」
「え?」
「招待客の中には、この人を呼べばあの人も呼ばなくては……と色々あってな。私とほとんど接点がない方も招待しなければならなかったのだ」
「なるほど」

貴族の結婚というのは、複雑な人間関係が入り混じっているようだ。結婚式の時、大半がコンスタンツィ侯爵家側の招待客だった事をルチアは思い出した。

「ディーノ様とヴァニア様はどんな方なんですか?」
「そうだな。ディーノは誰とでも仲良くなれる人懐っこい奴だ。ヴァニアは少し大人しい子だな。
学生時代もディーノのお陰で友人がたくさん出来たと思っている。
私は人付き合いが得意な方ではないから、あいつが間に入ってくれて助かった事が何度もある」

レオポルトはそう言いながら苦笑する。

「いいご友人なんですね」
「そうだな。……私は、周りに恵まれていたと思う」

しみじみと呟くレオポルトに、ルチアは温かい気持ちになった。

「ブルネッタ侯爵家の皆さんと是非仲良くなりたいです」
「ルチアなら、すぐに仲良くなれるだろう」
「はい。楽しみです」

ルチアが笑顔で答えると、レオポルトがフッと笑みを浮かべた。
レオポルトの微笑みに、ルチアは嬉しくなった。

「そういえば、ブルネッタ侯爵家は元々海賊だったと聞いた事があるんですが」
「よく知っているな」
「はい。マウロが昔話してくれたんです」
「ああ、執事の?」
「はい。マウロはとても物知りなんですよ。私も弟もマウロのお陰で教養やマナーを身につける事ができたので」
「そうか。だからルチアは所作も綺麗だしマナーも完璧なんだな」
「あ、ありがとうございます」

ルチアは褒められた事で少し照れくさい気分になってしまう。

「ブルネッタ侯爵家は、ルチアが聞いた通り先祖が海賊だったんだ。建国当初蛮族との戦いにおいて、海を守ったのがブルネッタ侯爵家の先祖である海賊たちだ。
陸を守ったコンスタンツィ家、海を守ったブルネッタ家、両家ともその頃の褒賞として貰い受けたのが爵位だ」
「ブルネッタ家も歴史深い家なんですね」
「ああ、そうだな」

車がブルネッタ領に入ると、街並みが一瞬にして変わった。
ブルネッタ領の街は、とても派手だった。
色とりどりの家が立ち並んでおり、色の統一感は全くないにも関わらず、纏めて見るととてもしっくりくるという不思議な街並み。
ブルネッタ領は海沿いにある為、大きな港がある。
ルチアは海を見た事が無かったので、今日は無理だろうがいつか昼間に海に訪れてみたいと思った。

そして、しばらく車を走らせていると、ブルネッタ侯爵家に到着した。
とうとう晩餐会の始まりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」 十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。 まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。 夢は自分で叶えなきゃ。 ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

銀狼領主と偽りの花嫁

茂栖 もす
恋愛
私、結城 紗彩は、ある日突然、異世界へと転移してしまった。 もとの世界に戻るために私は、ある取引をした。身代わりとなって、北の果ての領地の元へ嫁ぐと。 この結婚は取引で契約。決して、惹かれ合うものではなかった。それなのに───生まれて初めて恋をしてしまった。でも好きになったのは、異世界の人。  どれだけ焦がれても、求め合っても、この恋は決して結ばれない───恋に落ちた瞬間から、失恋へのカウントダウンは始まってしまった。

結婚して5年、初めて口を利きました

宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。 ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。 その二人が5年の月日を経て邂逅するとき

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

処理中です...