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1.私、結婚します。

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「結婚?」

1人の女性が不思議そうに首を傾げている。
輝くような黄金色の真っ直ぐとした長い髪と紫色の瞳の妙齢の女性は、目の前にいる男性に不審な目を向けている。

「…嫌なら、断るが…」

そう答えた人が良さそうな壮年の男性は、女性と良く似た顔立ちで2人が親子関係である事を示していた。
彼は疲れた表情を浮かべている。

「嫌なら断れるの?」

同じように今度は反対側に首を傾げる女性に、男性は項垂れた。

「ルチア…すまない」

ルチアと呼ばれた女性は、小さく息を吐く。

「仕方ないわよね。貴族なら政略結婚が普通だもの。
寧ろ、18歳まで婚約者すらいない私の方が異端だと思うし」
「すまん」
「お父様が謝られる事じゃないわ。
…それで、私を高く買ってくださったのはどなたなの?」

ルチアがのんびりとした口調でそう尋ねると、男性は眉間に皺を寄せる。

「そのような言い方はやめなさい」
「何故?持参金すら用意できない貧乏伯爵家の娘を貰い受けようと言うのだから…お年を召した男性の後妻か、もしくは裕福な平民の商家の方ではないの?
その代わりに援助を受けられるのでは?」
「…もう少し言い方を考えなさい」

男性は大きなため息をつく。

彼はこの国で伯爵の位を持つ、ヴィーゴ・カファロ。彼が治める領地は所謂田舎で、肥えた土地でもなく、主だった資源もなかった。

そこで数代前のカファロ家は、特産物を作ることを決めた。
そこで商品として開発されたのが織物だ。
比較的原料が入手しやすい環境にあった事で、織物製品を生産し、一時期大流行を起こした事もある。

しかし、流行が終わると製品が売れなくなり、その頃から原料の高騰などが重なり、一気に衰退してしまったのである。
それに加えて、このヴィーゴ・カファロという男は元来のお人好しで、持ち込まれた投資話に騙され少なくない財産を失った。

そうカファロ伯爵家は、今現在貧乏である。

「ルチア…そんな事を言うがな。これは本当に悪い話じゃない。老人の後妻でも、裕福な平民の商家の嫁でもないんだ」
「そうなの?」
「ああ、相手は…レオポルト・コンスタンツィ、26歳。コンスタンツィ侯爵家の現当主だ」
「…は?」

ルチアは目を丸くした。

「…何でそんな大物が?」

自然と眉間に皺が寄ってしまう。
それはそうだ、それなりに有名な人物の名前だったから。

レオポルト・コンスタンツィは、16歳で両親を同時に失い、同年侯爵家を継いだ悲劇の若き侯爵だ。
コンスタンツィ侯爵家の領地は、元々広大で肥沃な土地、鉱山資源が豊富であり、彼の名は裕福な貴族の代名詞とも言われている。

ルチアがそう考えていると、ヴィーゴはニヤニヤと笑みを浮かべる。

「昔、ルチアを夜会で見初めたそうだよ」
「…は?」

彼の発言に、益々困惑するルチア。

「そんなわけないじゃない。私が夜会に出たのは…2年前が最後よ。それもデビュタントと晩餐会の二度だけ。
見初めたなど、嘘に決まってるじゃない」
「いや、だからその時に…だな」
「仮に同じ夜会に出席してたとして、その直ぐ後に頂いたお話ならともかく何を今更だわ」

ルチアは2年前から社交の場に一度も出ていない。ヴィーゴが投資詐欺に遭ったのがその頃で、貧乏一直線のカファロ家には、社交界に出る準備をする資金がなかったのだ。

「それは…だから、思いを温めていて…とか」

しどろもどろにそんな事を言い出すヴィーゴに、ルチアはお人好しにも程があると内心呆れていた。

「…取り敢えず、それはもうこの際どうでもいいわ。コンスタンツィ卿は、我が家に支援をして下さるのよね?」

ルチアには、それが一番重要だった。

「あ…ああ。資金提供と経営に詳しい人材を紹介して下さるそうだ」
「そう。何が目的か知らないけれど、それは本人に聞く事にするわ」
「あまり、侯爵様を怒らせたりしないように…」
「分かってるわ」

一抹の不安を抱きながら、ルチアの結婚が決まった。






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