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12.ルーファスは(2)
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ある日、ミルシェが学校を去った。
公式な発表では、彼女は病気を患い、ユベール殿下との婚約を解消し病気療養の為領地に行ってしまったという事だった。
その時はそんなにも追い込まれていたのか、僕は彼女を助けることが出来なかったと心底後悔した。
彼女が学校を去ってから暫くして、僕は真実を知った。
トリスタンがいつにも増して気落ちした様子だった為、どうしたのかと尋ねたのだ。
それは、ミルシェがあの男爵令嬢に毒を盛ったという話だった。
トリスタンはミルシェが男爵令嬢に毒を盛る事を事前に知り、それを阻止した。そして彼女の持っていた使用した毒の残りが入った小瓶をミルシェの部屋で発見し、それが証拠になったのだという。
虐めの主犯格としての証拠は掴めなかったが、この毒の小瓶は紛れも無い証拠で、発見した時も教師が同席していたので正当性もあったのだという。
そしてユベール殿下達はミルシェを呼び出しこの事を突きつけた。彼女は泣く事も喚く事も弁解もせず、ただそれを認めた。
その事件を陛下に報告をした後、大人達へと調査が引き継がれた。
数日後、陛下からユベール殿下とミルシェの婚約の解消、ミルシェは公爵家の領地にて5年間の謹慎処分が下された。
その結果にユベール殿下達は憤ったらしい。毒殺しようとした殺人犯に対して、処分が甘すぎると。殺人未遂だけでなく、ミルシェがマリー嬢の虐めの首謀者だなどと伝えたそうだ。
ところが陛下は冷静な態度で仰ったらしい。
確かにミルシェはマリー嬢に毒を盛った…だが、その毒の量は致死量に満たないものだったのだ。
小瓶に入っていた量を全て使用しない限りは死ぬ事がなく、盛られた量を全て飲んだとしても精々数日体調を崩して寝込むくらいだと。
ミルシェ嬢に話を聞いても、何も弁解せずただ罪を認めるだけで、相当疲弊しており、かなり痩せ細っていると加えて伝えられたという。
元はと言えば彼女をそこまで追い詰めたのは、婚約者であるユベール殿下の交友関係が問題であり、そればかりか高位貴族の嫡男達、加えて義弟まで彼女を疎ましい存在だと認識しており、彼女は誰にも助けを求められなかった。
お前達は、1人の若き令嬢を犯罪に手を染めさせてしまうところまで追い詰めたのだと叱咤されたそうだ。
それに、虐めに関しても証拠は何もなく、ミルシェが直接マリー嬢を虐めているという証言は得られなかったし、虐めに加担していた者達の証言もとれていて、ミルシェ嬢は虐めには全く関与していないというのが、陛下の出した結論だったそうだ。
それを聞いたユベール殿下達にとってその場は針の筵だったそうだが、僕は当たり前だと思った。
恋は盲目とはいえ、ユベール殿下達は自分達の都合のいいように物事を進めようとした節がある。
マリー嬢は善、ミルシェは悪とする事で彼らの結束力と高揚感が高まり、中途半端な調査によってミルシェを断罪した。
彼らは反省し、ミルシェ嬢に謝りたいとハヴェルカ公爵に願い出たのだが、一蹴されたという。
今貴方達に謝られても、ミルシェは喜ばない。君達の罪悪感を減らす為だけにミルシェを利用しないでくれと冷たく言い放たれたそうだ。
当たり前である。
一番割りを食ったのは、義弟のノエルだろう。
ハヴェルカ卿は彼を後継にしないことに決めた。ノエル1人の責任では無いが、ハヴェルカ卿も心情的に彼を後継に指名することは出来なかったのだろう。
結局ハヴェルカ公爵家はノエルでは無い遠縁の子を後継者として育て直す事にし、ノエルについてはいきなり公爵家を追い出される事はなかったが、今後の行き先が決まるまでの資金援助をするが、それ以降は好きにしていいと言われたそうだ。
学校内でも、今まではマリー嬢の周りを守るように侍っていた彼らだが、少し距離を置き始めた。
最初に離れたのはノエルだ。恋にうつつを抜かしている場合じゃ無いのだろう。
そして、ステファン殿下はまた女遊びをし始めて、それほどマリー嬢に構うことは無くなった。
トリスタンとフィリップもそれぞれ今回の事で、父親達に鍛え直されていて忙しく、マリー嬢を構う暇は無くなった。
唯一残ったのはユベール殿下だが、マリー嬢を正妃にとは身分的にも能力的にも無理だと判断され、正妻としてリオノーラ・ケーニヒス侯爵令嬢を…そして妾としてマリー嬢をという事になったそうだ。
男達の行く末はともかく、僕はミルシェに会いたかった。だから手紙を書いた。
最初は当たり障りのない事を書いて送ってみたのだが、その手紙と公爵様直々の手紙が同封され戻ってきた。
曰く、ミルシェは人と交流できる程回復しておらず、手紙も見舞いも辞退させてもらう。娘を気にかけてくれて感謝しているとそう綴られていた。
僕だけじゃなく、学校内で彼女と仲良くしていた令嬢達も手紙を送ったが、同じように戻って来たそうだ。
誰もミルシェと会う事が出来なかった。
公には病気療養であるが、実際は謹慎処分。ミルシェは人に会う事を禁止されているという事は想像に難くない。
僕が学校を卒業する頃、独自のルートでミルシェの情報を得る事が出来た。ハヴェルカ公爵は5年の謹慎処分が明けた後、ミルシェをどこかの裕福な商家か辺境の地の貴族かに嫁に出し、のんびりと過ごさせる気らしい。
だとしたら、僕にもチャンスがあるかもしれない。
それなりの地位を獲得し、お金を稼いでミルシェに見合う男になろうと誓った。
5年の間に、ユベール殿下は王太子になりリオノーラ侯爵令嬢が王太子妃になった。
マリー嬢はユベール殿下の妾になったが、2人の関係性のピークは学校内にいる時までだったようで、現在では1ヶ月に一回交流を持つくらいのものに留まっていると噂で聞いた。
一方、ユベール殿下とリオノーラ王太子妃はなかなかどうして上手くいっているようで、少し突っ走る傾向にある王太子を王太子妃が上手にコントロールしているそうだ。
第二王子のステファン殿下は、10歳年下の隣国の姫と婚約したものの、未だ女遊びをやめていない。
トリスタンとフィリップは、それぞれ宰相補佐、軍部大臣補佐として、頑張っている。
ノエルは公爵家を出て武官を目指し、軍に入った。
僕は5年間、死に物狂いで仕事を頑張ったのだが…あと少しで5年が経つという頃、ミルシェが亡くなったと報せを受けた。
その頃のことはあまり覚えていない、ただただ絶望した。
どうして彼女は死んでしまったのだろう。ずっと必死で頑張ってきて、辛い時期を過ごし、やっと自由と幸せになれるかも知れないという直前で…。
その時僕がどうなってしまったのか全く覚えていない。
ただ、ふと気がつき目を開けると目の前に綺麗な薔薇と噴水があった。
ここはどこだ?と思い僕は噴水に近づき水面を覗き込む。そこには見慣れた自分の姿ではなく子供の姿が映っていた。
顔をペタペタ触ってみると水面に映った少年も同じようにペタペタと顔を触っている。この顔は、僕が子供の頃のものだ。
一体何が起こっているのかさっぱり分からない。ただ僕の姿が若返っている。
呆然としていると、声を掛けられた。
「綺麗ですわね」
透き通るような綺麗な声に、僕は振り返る。
そこには、銀色の妖精がいた。
二度目の生で、ミルシェと再び出会えた。
この時の僕は歓喜に打ち震えていた。緊張のあまり上手く話せなかったが、ミルシェは楽しそうに話を聞いてくれた。
彼女がすぐ側に、手の届くところにいる。それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
何故時間が巻き戻ったかのような状態になっているのかさっぱり分からなかったが、僕は目の前にいる愛しいミルシェを今度こそ悲しませる事なく幸せにしたいと思った。
こうして、二度目の人生が始まった。
一度目の生の時とは違い、僕は社交を頑張った。
そのお陰で、一度目の生ではそれほど関わりのなかった第一王子殿下、第二王子殿下、フィリップやノエルともそれなりに懇意にしている。
それに、他の貴族の令息達とも冗談を言い合えるくらいの仲になっている者が多数出来た。
ミルシェを幸せにする為に、僕が出来る事は全部しておきたい。
それからの日々は、全てが幸せなものだった。僕の側にはずっとミルシェがいた。
もしかしたらミルシェは一度目の生の記憶があるのではないかと思うことが多々あった。
例えば、まだ出版されてない本の著者や題名を言ってしまっていたり、まだ有名になっていない画家の名前を言っていたり、少し抜けているところがあるけれど、そこがミルシェの可愛いところだと思う。
だけど、一度目の生の記憶はきっと彼女にとっては苦い思い出だろう。思い出させる事を安易に言うべきじゃないと思った。
少しばかり親の力を借りて、外堀を埋めるようなことをしてしまったが、僕が彼女の婚約者に決定するのも時間の問題だった。
ただ、いざ婚約しようかという段階になると、ミルシェが難色を示した。少しショックだったけれど、彼女は一度目の生で婚約者に裏切られている。
その恐怖が払拭出来ないんだろうと思った。
これまで待ったんだから成人まで待つくらいなんて事ないし、強引に進めて彼女の心を傷つけることは本意ではない。
僕は、成人したら婚約するという提案を受け入れた。
恐らく、僕をあの男爵令嬢に奪われてしまうのではないかと心配しているのだと思う。
僕がミルシェ以外に目を向けるなんてありえないのに。
この恐怖が払拭されて、僕の事を受け入れてくれるのをゆっくり待つことにしよう。
そして、穏やかな生活の中で例の男爵令嬢が僕たちのクラスにやって来た。
彼女は前の時と同じように男達に近づいていた。
前の時は冷静に観察出来なかったけれど、あの男爵令嬢はかなりの曲者だと分かる。相手によって自分の性格を変えるかなり強かな女だった。
とはいえ僕は男爵令嬢やユベール殿下達に復讐しようなんてこれっぽっちも考えていない。
一度目の生のあいつらを許せないという気持ちが無いとは言わないが、今の彼らには何の落ち度もないのだ。
だから、ミルシェに害が及ばなければ捨て置く。
どっちにしろ、あの男爵令嬢は幸せになどならない。例えユベール殿下の寵愛を受けたとしても学校にいる間だけの話だ。
けど今回ユベール殿下はリオノーラ嬢と上手くいっているようなので、男爵令嬢の出る幕はないだろうと思う。
僕が一番気になっていたのはノエルだ。
彼はミルシェの従兄弟だから、彼が男爵令嬢にのめり込むとミルシェに影響を与える可能性があると思った。
だけど、今のノエルは自分の事で精一杯で色恋沙汰にのめり込む様子はなかったので安心した。
監視も兼ねてノエルの相談に乗っておいて良かった。
後はステファン殿下とトリスタンとフィリップだけど…彼らは別にミルシェと関わりがあるわけじゃないし、どうでもいいか。
好きにすればいいと思う。
ある日、ミルシェがあの男爵令嬢をどう思うか僕に聞いてきた。つい、気になる存在だと答えてしまったところ、ミルシェを傷つけた。
ミルシェを傷つけてしまうなんてと慌てたものの、僕の心は喜びを感じてしまった。
ミルシェが嫉妬している。
嬉し過ぎて思わず口付けをしてしまった。
でも、ちょっとくらいいいよね?僕、結構我慢してきたと思うんだ。だから、ミルシェにももう一歩進んで欲しい。
絶対に僕は貴女を手放したりしないから。
だからあの男爵令嬢もその他の男達も、僕達にとっては関係のない人間で、関わって来なければそれで良かったんだ。
ミルシェがあの女に絡まれるまでは。
ミルシェに根も葉もない中傷をしてきたあの女に腸が煮えくりかえる思いだった。
お前がその気ならもう容赦はしない。
完膚なきまでに潰す。
あの女はもう終わりだ。
僕達の前に姿を現すなんて二度と許さない。
公式な発表では、彼女は病気を患い、ユベール殿下との婚約を解消し病気療養の為領地に行ってしまったという事だった。
その時はそんなにも追い込まれていたのか、僕は彼女を助けることが出来なかったと心底後悔した。
彼女が学校を去ってから暫くして、僕は真実を知った。
トリスタンがいつにも増して気落ちした様子だった為、どうしたのかと尋ねたのだ。
それは、ミルシェがあの男爵令嬢に毒を盛ったという話だった。
トリスタンはミルシェが男爵令嬢に毒を盛る事を事前に知り、それを阻止した。そして彼女の持っていた使用した毒の残りが入った小瓶をミルシェの部屋で発見し、それが証拠になったのだという。
虐めの主犯格としての証拠は掴めなかったが、この毒の小瓶は紛れも無い証拠で、発見した時も教師が同席していたので正当性もあったのだという。
そしてユベール殿下達はミルシェを呼び出しこの事を突きつけた。彼女は泣く事も喚く事も弁解もせず、ただそれを認めた。
その事件を陛下に報告をした後、大人達へと調査が引き継がれた。
数日後、陛下からユベール殿下とミルシェの婚約の解消、ミルシェは公爵家の領地にて5年間の謹慎処分が下された。
その結果にユベール殿下達は憤ったらしい。毒殺しようとした殺人犯に対して、処分が甘すぎると。殺人未遂だけでなく、ミルシェがマリー嬢の虐めの首謀者だなどと伝えたそうだ。
ところが陛下は冷静な態度で仰ったらしい。
確かにミルシェはマリー嬢に毒を盛った…だが、その毒の量は致死量に満たないものだったのだ。
小瓶に入っていた量を全て使用しない限りは死ぬ事がなく、盛られた量を全て飲んだとしても精々数日体調を崩して寝込むくらいだと。
ミルシェ嬢に話を聞いても、何も弁解せずただ罪を認めるだけで、相当疲弊しており、かなり痩せ細っていると加えて伝えられたという。
元はと言えば彼女をそこまで追い詰めたのは、婚約者であるユベール殿下の交友関係が問題であり、そればかりか高位貴族の嫡男達、加えて義弟まで彼女を疎ましい存在だと認識しており、彼女は誰にも助けを求められなかった。
お前達は、1人の若き令嬢を犯罪に手を染めさせてしまうところまで追い詰めたのだと叱咤されたそうだ。
それに、虐めに関しても証拠は何もなく、ミルシェが直接マリー嬢を虐めているという証言は得られなかったし、虐めに加担していた者達の証言もとれていて、ミルシェ嬢は虐めには全く関与していないというのが、陛下の出した結論だったそうだ。
それを聞いたユベール殿下達にとってその場は針の筵だったそうだが、僕は当たり前だと思った。
恋は盲目とはいえ、ユベール殿下達は自分達の都合のいいように物事を進めようとした節がある。
マリー嬢は善、ミルシェは悪とする事で彼らの結束力と高揚感が高まり、中途半端な調査によってミルシェを断罪した。
彼らは反省し、ミルシェ嬢に謝りたいとハヴェルカ公爵に願い出たのだが、一蹴されたという。
今貴方達に謝られても、ミルシェは喜ばない。君達の罪悪感を減らす為だけにミルシェを利用しないでくれと冷たく言い放たれたそうだ。
当たり前である。
一番割りを食ったのは、義弟のノエルだろう。
ハヴェルカ卿は彼を後継にしないことに決めた。ノエル1人の責任では無いが、ハヴェルカ卿も心情的に彼を後継に指名することは出来なかったのだろう。
結局ハヴェルカ公爵家はノエルでは無い遠縁の子を後継者として育て直す事にし、ノエルについてはいきなり公爵家を追い出される事はなかったが、今後の行き先が決まるまでの資金援助をするが、それ以降は好きにしていいと言われたそうだ。
学校内でも、今まではマリー嬢の周りを守るように侍っていた彼らだが、少し距離を置き始めた。
最初に離れたのはノエルだ。恋にうつつを抜かしている場合じゃ無いのだろう。
そして、ステファン殿下はまた女遊びをし始めて、それほどマリー嬢に構うことは無くなった。
トリスタンとフィリップもそれぞれ今回の事で、父親達に鍛え直されていて忙しく、マリー嬢を構う暇は無くなった。
唯一残ったのはユベール殿下だが、マリー嬢を正妃にとは身分的にも能力的にも無理だと判断され、正妻としてリオノーラ・ケーニヒス侯爵令嬢を…そして妾としてマリー嬢をという事になったそうだ。
男達の行く末はともかく、僕はミルシェに会いたかった。だから手紙を書いた。
最初は当たり障りのない事を書いて送ってみたのだが、その手紙と公爵様直々の手紙が同封され戻ってきた。
曰く、ミルシェは人と交流できる程回復しておらず、手紙も見舞いも辞退させてもらう。娘を気にかけてくれて感謝しているとそう綴られていた。
僕だけじゃなく、学校内で彼女と仲良くしていた令嬢達も手紙を送ったが、同じように戻って来たそうだ。
誰もミルシェと会う事が出来なかった。
公には病気療養であるが、実際は謹慎処分。ミルシェは人に会う事を禁止されているという事は想像に難くない。
僕が学校を卒業する頃、独自のルートでミルシェの情報を得る事が出来た。ハヴェルカ公爵は5年の謹慎処分が明けた後、ミルシェをどこかの裕福な商家か辺境の地の貴族かに嫁に出し、のんびりと過ごさせる気らしい。
だとしたら、僕にもチャンスがあるかもしれない。
それなりの地位を獲得し、お金を稼いでミルシェに見合う男になろうと誓った。
5年の間に、ユベール殿下は王太子になりリオノーラ侯爵令嬢が王太子妃になった。
マリー嬢はユベール殿下の妾になったが、2人の関係性のピークは学校内にいる時までだったようで、現在では1ヶ月に一回交流を持つくらいのものに留まっていると噂で聞いた。
一方、ユベール殿下とリオノーラ王太子妃はなかなかどうして上手くいっているようで、少し突っ走る傾向にある王太子を王太子妃が上手にコントロールしているそうだ。
第二王子のステファン殿下は、10歳年下の隣国の姫と婚約したものの、未だ女遊びをやめていない。
トリスタンとフィリップは、それぞれ宰相補佐、軍部大臣補佐として、頑張っている。
ノエルは公爵家を出て武官を目指し、軍に入った。
僕は5年間、死に物狂いで仕事を頑張ったのだが…あと少しで5年が経つという頃、ミルシェが亡くなったと報せを受けた。
その頃のことはあまり覚えていない、ただただ絶望した。
どうして彼女は死んでしまったのだろう。ずっと必死で頑張ってきて、辛い時期を過ごし、やっと自由と幸せになれるかも知れないという直前で…。
その時僕がどうなってしまったのか全く覚えていない。
ただ、ふと気がつき目を開けると目の前に綺麗な薔薇と噴水があった。
ここはどこだ?と思い僕は噴水に近づき水面を覗き込む。そこには見慣れた自分の姿ではなく子供の姿が映っていた。
顔をペタペタ触ってみると水面に映った少年も同じようにペタペタと顔を触っている。この顔は、僕が子供の頃のものだ。
一体何が起こっているのかさっぱり分からない。ただ僕の姿が若返っている。
呆然としていると、声を掛けられた。
「綺麗ですわね」
透き通るような綺麗な声に、僕は振り返る。
そこには、銀色の妖精がいた。
二度目の生で、ミルシェと再び出会えた。
この時の僕は歓喜に打ち震えていた。緊張のあまり上手く話せなかったが、ミルシェは楽しそうに話を聞いてくれた。
彼女がすぐ側に、手の届くところにいる。それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
何故時間が巻き戻ったかのような状態になっているのかさっぱり分からなかったが、僕は目の前にいる愛しいミルシェを今度こそ悲しませる事なく幸せにしたいと思った。
こうして、二度目の人生が始まった。
一度目の生の時とは違い、僕は社交を頑張った。
そのお陰で、一度目の生ではそれほど関わりのなかった第一王子殿下、第二王子殿下、フィリップやノエルともそれなりに懇意にしている。
それに、他の貴族の令息達とも冗談を言い合えるくらいの仲になっている者が多数出来た。
ミルシェを幸せにする為に、僕が出来る事は全部しておきたい。
それからの日々は、全てが幸せなものだった。僕の側にはずっとミルシェがいた。
もしかしたらミルシェは一度目の生の記憶があるのではないかと思うことが多々あった。
例えば、まだ出版されてない本の著者や題名を言ってしまっていたり、まだ有名になっていない画家の名前を言っていたり、少し抜けているところがあるけれど、そこがミルシェの可愛いところだと思う。
だけど、一度目の生の記憶はきっと彼女にとっては苦い思い出だろう。思い出させる事を安易に言うべきじゃないと思った。
少しばかり親の力を借りて、外堀を埋めるようなことをしてしまったが、僕が彼女の婚約者に決定するのも時間の問題だった。
ただ、いざ婚約しようかという段階になると、ミルシェが難色を示した。少しショックだったけれど、彼女は一度目の生で婚約者に裏切られている。
その恐怖が払拭出来ないんだろうと思った。
これまで待ったんだから成人まで待つくらいなんて事ないし、強引に進めて彼女の心を傷つけることは本意ではない。
僕は、成人したら婚約するという提案を受け入れた。
恐らく、僕をあの男爵令嬢に奪われてしまうのではないかと心配しているのだと思う。
僕がミルシェ以外に目を向けるなんてありえないのに。
この恐怖が払拭されて、僕の事を受け入れてくれるのをゆっくり待つことにしよう。
そして、穏やかな生活の中で例の男爵令嬢が僕たちのクラスにやって来た。
彼女は前の時と同じように男達に近づいていた。
前の時は冷静に観察出来なかったけれど、あの男爵令嬢はかなりの曲者だと分かる。相手によって自分の性格を変えるかなり強かな女だった。
とはいえ僕は男爵令嬢やユベール殿下達に復讐しようなんてこれっぽっちも考えていない。
一度目の生のあいつらを許せないという気持ちが無いとは言わないが、今の彼らには何の落ち度もないのだ。
だから、ミルシェに害が及ばなければ捨て置く。
どっちにしろ、あの男爵令嬢は幸せになどならない。例えユベール殿下の寵愛を受けたとしても学校にいる間だけの話だ。
けど今回ユベール殿下はリオノーラ嬢と上手くいっているようなので、男爵令嬢の出る幕はないだろうと思う。
僕が一番気になっていたのはノエルだ。
彼はミルシェの従兄弟だから、彼が男爵令嬢にのめり込むとミルシェに影響を与える可能性があると思った。
だけど、今のノエルは自分の事で精一杯で色恋沙汰にのめり込む様子はなかったので安心した。
監視も兼ねてノエルの相談に乗っておいて良かった。
後はステファン殿下とトリスタンとフィリップだけど…彼らは別にミルシェと関わりがあるわけじゃないし、どうでもいいか。
好きにすればいいと思う。
ある日、ミルシェがあの男爵令嬢をどう思うか僕に聞いてきた。つい、気になる存在だと答えてしまったところ、ミルシェを傷つけた。
ミルシェを傷つけてしまうなんてと慌てたものの、僕の心は喜びを感じてしまった。
ミルシェが嫉妬している。
嬉し過ぎて思わず口付けをしてしまった。
でも、ちょっとくらいいいよね?僕、結構我慢してきたと思うんだ。だから、ミルシェにももう一歩進んで欲しい。
絶対に僕は貴女を手放したりしないから。
だからあの男爵令嬢もその他の男達も、僕達にとっては関係のない人間で、関わって来なければそれで良かったんだ。
ミルシェがあの女に絡まれるまでは。
ミルシェに根も葉もない中傷をしてきたあの女に腸が煮えくりかえる思いだった。
お前がその気ならもう容赦はしない。
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