上 下
134 / 179
第二章:魚と犬と死神

百三十話:千棘のマーマンロード ③

しおりを挟む

 ガラガラと崩れ落ちる音が続いている。

 『――――』

 朦朧とする意識の中で確かに聞こえた。
 彼女の声に胸が弾けるように脈打つ。
 いつだってそうだ。
 反射といっていい。
 俺は、息を吹き返した。

>>>SSR【エポノセロス】の損耗率が一定に達した為、装備解除されます。 修復が完了するまで装備はできません。

「――――っあ!?」

 淡い光が消え天井は落ちてくる。
 体中が痛い。
 言うことを聞かない。
 このままだと、生き埋めにされるっ!
 
「≪ベルセルク≫ッ!」

 ヴォルフガングの指輪から青い炎が俺を包み込む。
 
「っぐうああああああああああああ!?」

 激痛に激痛が重ね掛けされる。
 体中をこねくり回し細胞一つ一つを作り変えるように。
 俺は青い炎に渦巻かれながら跳躍した。
 ガラガラと残骸が降ってくる。
 
「っ!」
 
 あきらかにオーバーキルな一撃。
 市営の大きいマンションが丸々瓦礫の山になった。
 俺の居た場所だけが守られていた。
 『エポノセロス』の効果だろうか?
 柔らかい光に守られていたのを感じた。

「……やってくれたな」

 痛みが殺意へと変わっていく。
 胸の中心。
 青い炎は渦巻き『ブラックホーンオメガ』と共鳴し、バトルスーツに文様が現れる。
 疾しる蒼炎は狼のように揺らぐ。
 心臓が激しく脈打ち脳が限界を超えんばかりに活性化する。
 発生した脳内麻薬は快感を生み、脊髄を通し全体へと広がる。
 氣が満ちる。
 
「さぁやろうぜ」

 土煙の向こうに奴はいる。
 ダアゴン……『千棘のマーマンロード』だと思うが、とにかく距離を詰めて戦わないと話しにならない。
 しかし硬い鱗に覆われて攻撃も通らない。
 防御の要だった『エポノセロス』も大破して使えない。
 どうすればいいんだ?

「うるせぇ。 叩きこめ、何度も、何度でもッ!」

 青い炎が心臓を焼く。
 泣き言は許さないと。
 燃え盛るように全身にプレッシャーをかけてくる。

「ひき殺せッッ!!」

 大剣を持ち歩む。
 自分の手で切り開く。
 それしかないんだ。
 そうして生きていくしか……。

(……)

 心が侵されていく。
 暴力と殺意と怒り、怨嗟の念が浸食してくる。
 
(……あ)  

 淡い水色の光が優しく包みこんでくれた。
 暖かく優しい光だ。
 いつだってその光は俺を導いてくれる。
 男の人生にはなかった救世の光。
 
「……ふぅ」

 浸食しようとしていた意識が遠のくを感じる。
 冷静にけれど体は熱い炎を纏ったまま。
 ≪ベルセルク≫が体に馴染む。
 髪が伸びた。
 青銀の柔らかい毛が垂れてくる。
 イヤーカフを操作して後ろに流す。
 首を回しゴキゴキと音がなる。
 体は痛いが、それ以上に全能感が押し寄せてくる。
 
「……倒すッ!」

 決着をつけるッ!


◇◆◇


 『ギィイ……』

 羅弩棘擲《インフィニティパイル》を放った『千棘のマーマンロード』ダアゴンは喪失感に襲われていた。
 魔力の欠乏だ。
 本来ならありえない。
 たとえ全力の羅弩棘擲《インフィニティパイル》であったとしても、たった一度の行使で魔力の欠乏を起こすなど、ありえないと思っていた。
 しかし異世界の魔界とは環境が違う。

『嗤ウ者……ヤッタカ?』

 世界は改編されたが魔力はまだ希薄だ。
 魔王が活躍するには満ちていない。
 そもそも自身で拠点を捨てリンクを切っているのだ。
 無理をして飛び出したダアゴンは無謀すぎた。
 いや、人類を舐めすぎた。
 その報いは受けなければならない。

『――――ッ!』

 馬の嘶きが聞こえた。

「――『千枚兜通し・改』ッ!!」

『ギィコ!?』

 青い稲妻のように漆黒の機馬から青い人狼が降ってきた。
 両手に持った漆黒のオーラを纏う大剣を回すように回転させていた。
 螺旋を描く。
 貫通力を高めた一撃がダアゴンの鱗を突破した。

「っく!」

 しかし神駆の必殺の一撃をダアゴンは鱗逆立てて防ぐ。
 流れた大剣はダアゴンの顔に傷を負わせた。

『ギィ!?』

「……男前になったな?」

 ボコボコと泡を立て傷は修復していくが遅い。
 その傷を見て『嗤ウ者』はニヤリと口角を上げる。

『ギィイイイイイイイイイイイイッ!!』

 激高したダアゴンが矛を構える。

「うるさいっ、吠えるな!!」

 疾駆する。
 青い光の残像を残し彼我の距離を一瞬で潰す神駆。
 ダアゴンは焦ったように矛を投げるが捉えきれない。

『ギィアッ!?』

 空を蹴りその柔軟な下半身の筋肉の脈動を活かし縦横無尽に襲い掛かる。
 『エポノセロス』が使用不可になったことで、全力攻撃へと舵をきった神駆。
 笑いながら敵を切り刻む。
 彼本来の戦い方に戻った。
 
「はぁあああああああああああああ!!」

 気圧されていたのかもしれない。
 ダアゴンの圧力に。
 圧倒的な生命としての魂魄ランクの違いに。

 咆哮を上げる神駆は『ブラックホーンリア』の立体起動力でダアゴンを翻弄する。
 
『ギィ!!』

 ダアゴンも応戦する。
 腐っても脳筋戦士だ。 幾多の戦場で部族を従え戦ってきた誇りが制約に雁字搦めにされた体を無理やりに動かす。
 しかしまるで鎖繋がれたように重い体は本来の動きをみせない。

「遅ぇえええええ!!」

 連撃、連撃、連撃。
 最小の動きで大剣を振るう神駆。
 気づいているだろうか?
 模倣していたツインテ『仙道 美愛』の動き。
 左右の連打が一筋の剣戟に昇華しようとしていた。

『――――ッギ』

 何度も、何度も、何度も。
 攻撃を振るうたび『ヴォルフライザー』の奏でる音は鋭く高く洗練されていく。
 纏う漆黒のオーラが増え黒い粒子は舞い『ヴォルフガング』に吸収されていく。
 胸に渦巻く青い炎が燃え盛る。
 『ブラックホーンオメガ』の文様はまるで青い狼がはしるように流麗に煌めく。

『――――――――』

 剣戟の嵐の中、『千棘のマーマンロード』ダアゴンは屈辱にギザギザの歯を擦り合わせていた。
 ギ、ギ、ギ、とした不快な音も神駆の奏でる音に搔き消される。
 ダアゴンはその鱗が弾き飛ばされても血が飛び始めても決して目をそらさない。
 狙っている。
 獲物を捕らえ穿つ、その瞬間を。

「いりゃぁあああああああああああ!!」

 『嗤ウ者』。
 
『ギィイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!』
  
 決着をつけよう。
 
 ダアゴンの体から千の棘が飛び出した。
 鱗は矛となり周囲すべてを貫く。
 攻撃に転じていた神駆は回避できない。
 無数の矛が迫りくる。
 
「っ」

 迫りくる不意の矛。
 危機的状況に集中力が限界を突破する。
 神駆は感じた。
 神の奇跡を。
 
(死ねない、死にたくない、死ねるっかぁあああああああああああああああッッ!!!!)

 死にたくないと願う神駆は、死の矛に向かって疾駆する。
 青い稲妻のようにその体躯を縮め回転させながら。
 大剣ごと矛を撫でる。

「『虚空回転斬り』ぃいいいいいいいいッ!!」

 神駆の攻撃を幾度なく防いできた硬い鱗は存在しない。
 
『――――ギ』

 研ぎ澄まされた漆黒の大剣は『千棘のマーマンロード』を両断する。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について

ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに…… しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。 NTRは始まりでしか、なかったのだ……

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

処理中です...