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第二章:魚と犬と死神

閑話:中継拠点強襲作戦

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 『反町 勉』は寡黙な男だ。

 東雲東高校野球部主将。
 彼が入学した時、野球部はどうしようもない弱小だった。
 甲子園を目指す彼を先輩たちは嘲笑った。
 反町は誰よりもはやくグラウンドに現れ、バットを振るう。 練習が終われば一人残り、バットを振るう。 誰も彼と一緒に汗を流そうとしない、そんな日々が続いた。

 毎日。

 反町は誰よりもバットを振るった。 その手は豆だらけでゴツゴツとしていた。 
 自分よりも遅くきて早く帰る仲間に文句を一度も言ったことがなかった。
 毎日、毎日、毎日。
 彼のバットを振る音は鋭く、少しずつ前へと進んでいく。
 ジグザグとした軌跡がグラウンドに刻まれていった。
 いつしかバットを振るう音が増えていた、自分を主将と呼んで慕ってくれる仲間が増えていた。
 
 寡黙な男『反町 勉』はその行動で物語る。

「行くぞッッ!!」

 誰よりも熱い男が今、決戦を開始する。

 相対するはかつて絶望を味わった相手。
 
『キコァアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 魚頭の上位体。
 2メートルを超える身長にアスリートのような筋肉。両肘についた大きな棘。 青緑色の体色をした無機質な瞳をもつ魚頭。
 魚頭よりも人型になりアンバランスさが消えている。
 神駆のいうところの、魚人怪物。

 かつて反町の腕とあばらをへし折り殺されかけた相手だ。

 魚人怪物の咆哮と共に周囲の魚頭が集まってくる。
 そちらは味方に任せ、反町は魚人怪物に集中する。
 そいつは咆哮と共に反町へとものすごいスピードで迫っていた。

「はあああ!」

 両手を大きく振り大きなスライドで疾駆する魚人怪物。
 反町は金砕棒を構えフルスイングで迎え撃つ。
 ぶつかりあう両者の武器。
 魚人怪物は走った勢いそのままに、肘についた太い棘を反町に向け突っ込んだ。
 それはまるで一つの大きな槍だった。

「うおおおおおおお!!」

 気合の一撃フルスイング
 踏み込んだ足のエネルギーが腰の回転を増し金砕棒が発光する。
 スキルによる強化と反町のパワーと技術が、魚人怪物の必殺の一撃に拮抗した。

「キコアアアア!!」

「ぐぅう!?」

 防がれたことが意外だったか、驚いた顔を見せた魚人怪物。
 しかしすぐに攻撃手段を変えてきた。
 拳と肘による連打が反町を襲う。
 反町の防具が破られ鮮血が舞う。
 幾多の死闘を超えその体には治りきらない傷が無数に残っている。
 新たな傷が刻まれる。
 それでも反町の目は死んでいない。
 闘志を剝き出しに魚人怪物の攻撃を受け続ける!

「キコァ!?」

 投擲が魚人怪物を襲う。
 野球部の仲間による援護だ。
 身体強化や投擲術のスキルによって投げられた砲丸は魚人怪物といってもダメージになったようでグラついた。
 上位体とはいえ、魚頭総じて防御力は弱いようだ。
 これが野犬の上位体であったら大したダメージでもなかったであろう。

「うおおおおおおおおッ!!」

 再度、気合の一撃フルスイング
 まさに野球のバッティングの構えから金砕棒を繰り出す反町。
 
「キコアアア!」

 グラつきから戻った魚人怪物の肘が反町を襲う。
 太い肘によるその一撃はかつて反町の腕をへしおった一撃だ。

「っア!?」

 しかし今回はそうはならなかった。
 攻撃を受けた反町の体はビクリともしない。
 その魂のスイングは誰もとめられない!

 固有スキル【金剛仁王】。

 あらゆる攻撃を受け止めてなお、そのスイングは変わらない。
 幾千幾万と振り続けたバットの軌跡は変わらない。
 金剛の煌めきを纏った金砕棒が魚人怪物の頭部を捉えた。

「「「うおおおおお!!!!」」」

 魚頭の群れへとピッチャー返し。
 『反町 勉』、魚人怪物を撃破。
 戦場の仲間たちが歓喜の声を上げた。


◇◆◇

 
 『千棘のマーマンロード支配地域』。
 その中継拠点。

「……強襲準備」

 何度もの敵情視察。
 地形の把握、敵戦力の分析、逃走経路の確保。
 その結果、複数部隊による戦線の拡大からの大将撃破を服部は選択した。
 敵大将は噴水のある公園のど真ん中。
 大きな祭壇の前で金色の三叉槍を構えている。
 額には3つの目があり魚頭である。
 頭髪は長く海藻のようにふわふわと空中を浮いている。
 魚人怪物が短距離アスリートのような筋肉質であったのに対して、こちらはひょろい。
 まるで指揮官のように魚頭たちに指令をだして戦場をコントロールしていた。
 また広場の噴水に魚頭たちを呼び出す能力を持っているようだった。
 
「みんな……速攻作戦開始だよっ!」

 神駆たちの攻略情報から、中継拠点の主を倒すことができれば、周囲の雑魚は去っていく。
 魚頭の耐久力の低さ、おそらく召喚タイプの指揮官。
 ならば奇襲による強襲作戦だと、服部の大胆な作戦が決行される。
 
「……ほんとうに大丈夫なのか?」

「意外と……バレないね?」

 強襲部隊は今、保健室の魔女こと葛西先生考案、美術部作成よる移動型祭壇に乗り込み敵陣の薄くなったところをゆっくりと進んでいた。
 机と買い物カートによって組まれた祭壇には竹やりにCDを括りつけキラキラとさせている。 他にもよくわからない生徒作の粘土細工や手芸品が括りつけられていた。 一種の呪物の塊のようでもある。
 音には敏感な魚頭だが、目が悪いようで理解不能な物を認識しないという謎性質をもっていた。 人や動物は襲って食べるのに、袋に入った野菜や弁当箱は無事だったり、おそらくというか確実に頭も悪いのだろうと葛西先生は考えた。
 作戦の結構時間はあえて午後2時と、魚頭たちがもっとも活動する時間帯。
 この時間帯であれば一つの拠点に留まるということが少ないようだ。
 逆に夜は防衛の時間のようで拠点にはたくさんいる。

「……」

 伸びた戦線の一部で咆哮が上がった。
 周囲を守っていた上位体が動く。
 チャンスだ。

「服部は無理しちゃダメだよ?」

「うん」

 言っても無理をするんだろうなと、女剣士は諦める。

「……」

 女剣士はその手に刀を持ち気を静めている。
 気を開放するのは一瞬でいい。
 刹那さえあればいい。
 橙色の輝きを纏う女剣士は、疾駆した。

「ンキ?」

 風が魔物の間を通り過ぎる。

「ギ――」

 紅の瞳をした女剣士が闘気を纏い剣技を繰り出そうとしていた。
 反応した3つ目の魚頭が三叉槍を構えるまえが、飛び出したもう一人の女剣士の黒刀が三叉槍を打ち据える。

『飯綱《いずな》斬り』。
 
「――キ゛」

 橙色の剣閃が戦場を走る。
 絡みつこうとした長い頭髪ごと、『九条 茜』の刀が3つ目の魚頭の首を刎ねた。

「うわぁ!!」

「ギコオ!?」
 
 まさに瞬殺劇。
 周囲の敵を抑えようとしていた味方でさ驚きの声を上げる。
 魔物たちは困惑し散り散りに逃げ始めた。

「……」

 『九条 茜』は自身の剣技で放ったその刹那の一撃を、瞳を閉じて思い返すのだった。

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