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第二章:魚と犬と死神

七十三話:東雲東高校防衛戦 ②

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 「……」

 不思議なことに、『九条 茜』の心は穏やかだった。

 怪物の出現から常に命を懸けた戦いに身を置いているというのに。
 穏やかな学生生活を送っていたころよりも『九条 茜』の心は今、ストレスを感じていない。

 ただ内なる声は大きくなった。
 いいや、それが内なる声ですらないことに、彼女は気づいたのだ。

「いつからだろう……?」

 彼女のステータスに変化があった。
 それはいつ発現したのか? 最初に見たときはなかったはずなのに、と彼女は思考する。

「ふぅっ」

 戦いに明け暮れた体は傷だらけで熱を帯びている。
 それ以上に心は奥から熱を発している。
 戦いを待ち望んでいる。
 感情を表すことが苦手だった少女はその思いを押し殺していた。
 笑いながら怪物を殺す彼が少し羨ましかった。

「――っ!」

 彼女は剣術スキルを取らない。
 スキルをとれば強くなる。怪物を楽に屠れる。皆を守ることができる。
 それでも彼女は頑なに剣術スキルを習得することはなかった。

 己が剣は汚させない。
 たとえ何者であっても。
 その結果、自分が死に、友が死のうとも。
 
 その決意に気づいた時、彼女は心から喜んだ・・・

 彼女のステータスに変化があったのはおそらくその時だ。

「……はじめよう」

 今は誰もいないはずの剣道場。
 『九条 茜』と対峙するのは、もう一人の自分。
 すらりとした女性としては長身で、長い黒髪を背中側で一つにまとめて垂らしている。
 端麗な顔は一緒だがその瞳はことなり、妖しく紅の輝きを持っている。
 その手には黒い刀が構えられていた。
 それは彼女のイメージではなく、実体として存在していた。
 
「ッ!」

 木刀と黒刀が交わる。
 世界が終わりに移ろうと変わらないことが一つ。
 彼女の剣の道。
 死と隣り合わせになった今、――彼女は解放される。

「ふふ」

 心からの笑みが漏れた。
 相対した紅の瞳の剣士も微笑んでいた。
 
 

◇◆◇


 バンダナを巻いた男、小暮は苛立ちを隠そうともしなかった。

「チッ!」

 人生のリセット。
 『神鳴館女学院付属高校』を占拠し、自分の都合のいい世界を作る。
 小暮の計画は一瞬で崩壊したからだ。

「チクショウ! クソッ、クソが!!」

 それは一人の男の存在。
 謎の料理人を前に彼らの誰もが恐慌状態になってしまったからだ。 
 本能がその男を恐れ戦うことを拒否し尻尾を巻いて逃げたのである。 その際に自衛隊の備品をかっぱらってきたのは流石のクズたちであったが。

「小暮さん、おねがいしやす」

「チッ……」

 舌打ちが返事になってしまった小暮。
 仲間……見た目からもわかる、社会のゴミだ。
 小暮の言葉を信じクズの思考を持つゴミ共。
 
 小暮は男から受け取った魔石と弾倉を持ち、スキルを使用した。
 魔石が淡く紫色に発光しゆっくりと溶け弾倉に収まっていく。
 小暮の額からは大粒の汗が流れてきていた。

「ふぅ……ほらよ!」

「小暮さん、さすがっす! あざす!!」

 【物質創造Lv.1】
 社会の底辺だった小暮が手に入れた異能。
 すぎたる力だ。
 モラルも道徳もない男が、混沌とした世界で手に入れてはいけない力だ。
 神のいたずらか、邪神の導きか。
 男が邪な思考に支配され実行に移すのに時間はさほどいらなかった。

(弾丸が一番疲労がすくない……、金は意味がないしな……)
 
 質量が少ないほうが疲労がすくない。
 鉈や斧よりも小さな銃弾のほうが疲労が少ない。 ただし現物を持っている状態であればだが。
 残念ながら食料などは物質創造はできなかった。
 お金だけはやたらと精巧に創造できるのだが。

 小暮は世界が変わる前にこの力が欲しかったと悔やんだ。

「ひゃは! ――あぁはやくぶちこみたいっすねぇ!!」

 受け取った弾倉を小銃へと填める。
 30発すべて打ち尽くす勢いで魚頭の魔物を屠るガラの悪い男たち。
 自衛隊がいたころは銃弾を無駄にするなと、雑魚相手では発砲の許可すらなかった。
 それ以前に銃弾が込められた状態ではさわらせてもらえなかった。
 銃剣を装着しての武器として使ったくらいだ。

「チッ、あまり無駄うちはするなよ!?」

「あーす! わかってまーす。 特訓でありま~す隊長~~! っぎゃはははあ~~!!」

 小暮たちは銃声を響かせながら、次なる目的地へと向かっていた。
 若い女だ。
 当初の目的通り、若い女を手に入れるため、避難所となっていそうな高校へと向かう。
 そうそうあのような怪物料理人などいないだろう。
 それこそ浮世離れしたお嬢様学校くらいであると。
 普通高校ならばいるはずがないと、目的地は東雲東高校へと変更されたのだった。 

 魚と犬が縄張り争いを激化させているとも知らずに。

「しかしここは雑魚ばっかり多いっすね~~」

 そう思うなら弾丸を節約しろと、小暮は思った。
 ただ自衛隊がいない今、恐ろしい魔物と対峙した場合はこいつらが銃撃をする必要がある。
 その時に慌てて撃てないようでは困るかと、小暮は好きにさせていた。

 魔石と疲労、銃弾の創造数を考えると節約したいところではあるのだが。

「見えてきたな」

 河川に囲まれる形で高校が見える。
 少し高い位置に野球場があり街路樹に囲まれた一般的な高校だ。
 先に見てきたお嬢様学校と比べ、なんだがほっとする懐かしさがあった。

「……戦闘中のようだな」

「どうします?」

 自衛隊の備品からかっぱらった双眼鏡で確認すると、今まさに魔物の大群に襲われているところだった。

「疲弊したところを襲うぞ」

「ひょー! さっすが小暮さんっす!! しびれる憧れるーー!!」

 戦闘に参加し恩を売るという手もあった。
 だがそれをしてどうする? 正義の味方ごっこでもするのか? それなら最初にこいつらを味方になんてしていない。
 俺はこの力を使ってこの変った世界を手に入れる。
 それだけの力が俺にはある。

 小暮は自身の手を見つめ握りしめ、覚悟を決めた。


◇◆◇

 一番最初に気づいたのは清じいちゃんであった。

「まずいのぉ……。 慎之介君にれっどあらーとの連絡を頼む」

「はい!」

 裏門での魚頭たちの襲撃を乗り切った清じいちゃんたちの元へ武装した集団が迫っていた。
 レッドアラートは慎之介が設定した警戒度にて、対人を想定した最大警戒だ。
 対怪物ではもう見張りからの警戒が出されているが、対人を想定した場合は静かに備えるようにと話し合われていた。

「……はてぇ、どちらさんですかなぁ……?」

「……」

 ボケ老人を装う清じいちゃんたち。
 学生たちには先に隠れるように指示をだした。
 これは小暮たち襲撃者もやりずらい。
 見た目は80歳近い爺と婆に小銃を向ける絵面は非常に滑稽だ。

「おい、じいさん。 門を開けてくれるか?」

 東雲東高校の周囲は堀になっており水が流れている。
 たいした深さではないがそこそこに流れは速い。
 また普段は蓋がしてあるところも外されており、魚頭対策に竹やりが柵越しに構えられている。
 裏門を開けて入るしかない。
 だが裏門のところには爺と婆が集まってきていた。

「……はてぇ、学生証はお持ちかの……?」

「……かまわねぇ、入っちまおうぜ?」

 お嬢様学校の門とは比べるべくもなく、普通高校の門など乗り越えるのは造作もない。
 薄気味の悪い爺と婆に見守られながら、男たちは裏門を乗り越える。

(3丁か……)

 ボケ老人のフリをしながら悪ガキどもの持つ小銃を数える清じいちゃん。
 20名のうち小銃をもつのは3人、他の装備はバラバラ、武道の身のこなしをする者も一人だけ。
 銃さえどうにかできれば、頼れる味方の若者たちがどうにかしてくれる。
 未来ある優しい子供たちだ。
 世界が変わってしまっても老人たちに優しく、困っている者たちに救いの手を差し伸べる生き残るべき優しい若者たち。
 彼らの命を危険に晒してはいけない。

(守らんとのぉ)

 同じくボケたフリをする老人たちと、清じいちゃんは目を合わせた。
 覚悟を決めた老人たちはトラップを発動させた。

「「「「いってぇえええええええええええッッ!?!?」」」」

 鋭い風切り音の後には、襲撃者たちの悲鳴が響いた。
 対魚頭用に威力を高めた竹トラップ。
 襲撃者たちの弁慶の泣き所を薙ぎ払う。
 
 混乱に陥る襲撃者の中で背を屈めた老人たちが疾走する。
 老人たちの学校での活躍を知らないものからすれば、それはまさにモンスターである。
 武器を向けることも躊躇していたがモンスターであれば向けられる。
 老人たちへと無慈悲な武器が振り下ろされた。

「ぐっ……!」

「ハァッ! ――舐めたマネしやがってよおお!?」

 転がる老人たち、若者たちの被害は軽微であるが……。

「クソッ! 銃の残りは!?」

「さーせん! 全部やられやした!!」

「あ゛あ゛ッ!?」

「ぐほっ!?」

 小暮に蹴り飛ばされたウザい男が一番の重傷である。
 下っ端に持たせていた小銃は壊され、堀へと投げ捨てられた。
 せめて1丁でも残っていれば物質創造が使えた、もちろん相当魔力と魔石を使うことになるのだが。

「やってくれたなぁ……、クソ爺!!」

「っ!?」

 小暮が清じいちゃんに向けたのは拳銃であった。
 それも物質創造によって作られたオリジナルの拳銃である。

「死ね」

 大きな銃声と共に無慈悲な死の弾丸が清じいちゃんを襲う。
 狙いは胸であった。
 単発式の拳銃だ。
 すぐさに物質創造で弾を込める。

「ぐぅう……」

「なに……?」

 死んでいない?
 胸を抑える手元からは出血もしていないようだ。
 本当にモンスターだったのか?

「……しぃ――」

 もう一度。
 次は頭を打ちぬく。
 そう構えた右手が宙を舞った。

 風が通り過ぎた。

「――ねっああぎああああああ!?」

 絶叫を上げる小暮の先で赤い瞳の少女が立っている。

「なにをしているの?」

 男たちを挟むようにうりふたつの出で立ちをしたポニーテールの少女が立っていた。
 剣道着を着た怜悧な美を持つ少女は怒っていた。
 
 傷つき倒れる老人たちを見て怒りに震えている。
 その怒りが可視化されたかのように、橙色の輝きを灯しながら。

「っああ、や、やれえっぇえええええ!!」

 小暮の雄たけびに、襲撃者たちが武器を手に襲い掛かる。
 老人たちを傷つけた武器には血がついてる。
 その血を見て少女は――『九条 茜』は一度目を瞑り、そして紅の瞳を見開いた。
   
「「「――ッ」」」

 男たちは魅了されたように気圧された。
 いつかの怪物料理人を前にしたときのように、生物的な格の違いに体が竦んだのだ。
 
 覚悟を決めた彼女の剣に容赦は一切なかった。
 男たちの覚悟などいとも簡単に切り捨てる。
 容赦などない。
 一切ないのだ。

 以前までの彼女だったらたとえ人殺し相手でも容赦していたかもしれない。
 けれど今の『九条 茜』には一切の容赦はなかった。
 それはうりふたつの彼女もまた一緒である。

「ふぅ……清おじいちゃん、大丈夫?」

 二人の剣士が襲撃者を叩きのめすのに時間はたいしていらなかった。

「……ありがとうのう、茜ちゃんに、あかねちゃん?」

 少女の覚悟の強さに複雑な感情を抱いた清じいちゃんであったが、助け起こそうとした茜が二人いることに気づき、「ついにボケたかのう……」とこめかみを揉むのであった。



◇◆◇


 『服部 慎之介』が銃声を聞きつけ裏門へと辿り着く頃には全てが終わっていた。

「九条さん!」

 九条は呻き声を上げ倒れる男たちを睨みつけていた。
 すでに男たちに戦意など残ってはいなかったが、九条から発せられる怒気に当てられ顔お青くさせている。
 懺悔のように男たちの悲鳴が木霊している。

「……服部、手当をお願い」

「! うん!!」
 
 果敢に襲撃者と戦った老人たちも怪我を負っている。
 特に酷いのは撃たれた清じいちゃんである。

「清おじいちゃん大丈夫!?」

「……骨がやられてるのぉ、アタタ」

 小暮に撃たれた清じいちゃんであったが、その懐にはナベのフタが仕込まれていた。
 魚頭の爪に対する防刃対策だ。
 小暮のオリジナル拳銃にはナベのフタを貫通させるだけの貫通力はなかったらしい。
 ただ、ナベのフタはへこみ衝撃で骨を折られてしまったようだ。

「しばらく動けん、すまんのぉ慎之介君」

「気にしないでっゆっくり休んで清おじいちゃん!」

 駆けつけた生徒たちの中にも手当のスキルを使える者はいる。
 怪我をした老人たちを手当していく。

「……」

「……生かしておく価値ないよ」

 転がる男たちを見る服部の表情は複雑だった。
 男たちのしでかした事は絶対に許せない。
 もし清おじいちゃんたちが頑張ってくれなければ多くの被害がでたに違いない、と。
 だけど泣きながら助けてくれと懇願する男たちに非情になれない。
 『服部 慎之介』はお人よしで優しい。

 紅の瞳から元の黒い瞳に戻った九条は静かに服部を見守る。

「どうしてあなたたちは……みんなが苦しくて大変なときに、こんなことができるの?」

 お人よしで優しい彼の口から、心底ゾッとする声が聞こえた。
 周りで見守っていた人たちも驚き辺りは静まった。

「みんな頑張って生きてる。 あなたたちが傷つけたおじいちゃんもおばあちゃんも、みんなのためにいっぱい働いて戦って、一生懸命頑張って生きてるッ! それを、おまえ・・・たちは……!」

 背が低くあどけない顔をした可愛いだけの男子高校生はもういなかった。
 怪物と戦い多くの友を失いそれでも懸命に生きる一人の男の子だ。
 誰よりも仲間思いで優しい男の子だ。
 槍を握りしめ、服部が一歩ずつ男たちの元へ近寄る。

「……や、やめてくれ。 悪かった、俺たちが、まちがっていたあっーー!」

 右手を切られた小暮が頭を地面に擦りつけながら命乞いをする。
 ざっ、と足音が止まり槍が構えられた。
 小暮は拳銃を突き付けられたように顔を真っ青にして固まった。
 そして槍は小暮の顔をめがけて突き放たれる。 

「ひぃあっ――!?」

「……二度と僕たちの前に姿を現さないで」

 服部は殺さなかった。
 槍を直前で止め額にXを刻むに留めた。
 右手を抑えうずくまる小暮は震えていた。


◇◆◇


「……甘いかな?」

「ん、服部らしいと思うよ?」

 襲撃者たちは追放された。
 彼らが改心するとは思えないが、彼らを殺すことで服部の心に負担を負わせるのは嫌だった。 彼らがもし復讐をしに戻って来たらその時は、私が服部の代わりに手をくだそう、そう九条は心に誓った。
 心配そうな服部に九条は優しく微笑んだ。

「そっか」

「うん」

「……そ、それで、あのぉ、九条さん?」

「うん?」

 さっきまでのシリアスな顔を投げ捨て、真っ赤な顔の服部が尋ねる。

「なんでぇ九条さんが二人!? それにっ、ええっ!?」

 ああ、そういえば説明していなかったと、九条がもう一人の九条を見ると大変なことになっていた。

「なっ!?」

 場所は剣道場である。
 神聖な剣道場でなぜか一人の少女が全裸になっていた。
 となりには布団が敷かれている。

『慎之介』
 
「ふぇ!?」

 一瞬で距離を詰めた裸の九条にバックハグされる服部。
 耳元で名前を囁かれ、真っ赤だった顔をがゆでだこになる。
 さらに背中に当たるわずかなふくらみの柔らかさを感じ、一部が困ったことになった。だって男の子だもの。
 正面にはもう一人九条がいるのだ。
 気づかれてはいけない。

「ちょっ、紅っ!戻りなさい!」

『嫌』

 自身の分身とも言える少女に、九条は瞳の色から紅と名付けた。
 いつのまにか手に入れていた固有スキルの恩恵だ。
 願いは自身の剣を高めるためのライバル。
 それはまた恋のライバルでもあるのだろうか?

 裸の紅は強引に服部を布団へと連れ込む。
 いったい神聖な剣道場でナニをしようというのうか?

「ふぇええええええええええええええええええええ!?」

 服部の波乱の生活は始まったばかりだ。

 
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