上 下
66 / 179
第一章:鬼頭神駆は誤解が解けない

六十四話

しおりを挟む
 温泉は時計塔の中にあるらしい。

「男女で時間分けてるから、男は後ね!」

 余っている教室を案内してくれたツインテは近寄り、ボソッと耳元で囁く。

「秘密の岩風呂もあるよ? 一緒に入る??」

「!」

「あはは、冗談だよぉっ」

 まさかの混浴宣言に驚いた俺の顔を見つめ、ツインテは悪戯が成功して嬉しいのか、ポンと俺の大胸筋を叩いて笑う。  未だスパッツ姿の彼女は左右の髪を揺らして去っていく。 脱がしておいてなんだが、恥ずかしくないのか? 

「シンク君?」

「仲がいいですね……?」

 ツインテの性格の問題だと思うですよ?
 俺は悪くない。
 ジト目の二人をスルーし布団を敷こう。
 
 作戦は明日。
 自衛隊の人たちは止めに来たらしいが、黒髪ロングの説得でこちらが本気だと分かってくれたようで、手伝ってくれるみたいだ。

「ん? なんだか、慌ただしいわね?」

「何かあったんでしょうか?」

 陽は落ちて窓の外は暗い。
 塀の上や門の入口付近には松明の明かりが灯され。
 慌ただしく人が動いているのが分かる。

「……」

 犬耳集中。
 
 聞こえてくる会話から、どうやら敵襲のようだ。
 この辺りの敵はどんな奴らか、知っておくのも必要だろう。

「鬼頭君、気をつけてね」

 木実ちゃん達はお留守番。
 初見の相手は危険だからね。
 できれば明日もお留守番してほしい。 無理かな……。
 全力で護ればいいか。

「ふっ!」

 教室の窓から漆黒の空へ。
 月明りも星空も今日はお休みのようだ。
 タキシードのおかげで体は寒くないが、顔が寒いぞ。
 暗くて見えずらいので視界確保。
 ガチャ産の暗視ゴーグル。
 見た目は花粉症対策ゴーグルだが、風よけと暗視機能付きの優れもの。

「いた。 ……多いな」

 北から敵が来ている。
 まるで隊列を組んで歩く兵隊のように、ゆっくりとではあるが着実に大群が押し寄せてきている。

「大丈夫か……?」

 まるでタワーディフェンス。
 門めがけてやって来る敵を、近接武装の前衛と、弓を装備した後衛で迎え撃っている。
 黒髪ロングの正確無比な矢が、襲い掛かる敵の頭部を捉えた。
 ツインテはその敏捷を活かして、押されそうな場所を援護していた。
 逞しい女性陣は奮闘している。

「む」

 後方から一騎、凄い勢いで迫ってきている。
 リーダー級か。
 上空からでもその存在感をはっきりと感じる。
 あれに突っ込まれるとかなり危険なんじゃないか?

「シッ!」

 俺は鞄から槍を取り出して投擲。
 リーダー級の進路に投げた。
 当たらなくても動きを止められればいい。
 槍は相手の僅か前に着撃。
 相手の進軍を止めた。

『……』

 無口な敵だ。
 と言うか頭が無いし。

「デュラハン?」

 下半身は鎧付きの馬。
 上半身は首なし鎧にランスを持っている。
 鎧からは怪しい輝きの紫紺色の光が漏れ出し、煙のように辺りで揺らぎ消えていく。 
 無いはずの頭が、こちらを向いている気がした。

「……」

『……』
 
 俺はゆっくりと下降し、【ヴォルフライザー】を武装する。
 近づいて理解した。

 こいつ、――ヤバイ!

「っ!」

『ロォオオオ!!』 

 どっから声出してるの!?
 反響するような不気味な声を上げ、首なし騎士はランスを振るう。
 馬の下半身は伊達じゃない。
 一瞬で距離を潰し、空気を切り裂くような鋭い突きが迫る。

『ォオオオオオッ!!』  

「うぉっ!?」

 俺は上に逃げるが、首なし騎士も追いかけて空を蹴った。
 喰らえば風穴を開けられそうな突きを、ヴォルフライザーでガード。
 トラックに撥ねられたような衝撃が襲い掛かる。

「くっ……」

 宙に吹き飛ばされる。
 暗闇の空で一回二回と回転した。 明かりの少ない世界。 どちっが上か下か混乱してしまう。
 致命的なほどに無防備を晒す。
 最悪のヴィジョンが過り、ゾクリと悪寒は走る。

『ロォオオ……』

 しかし、首なし騎士は飛べないようだ。
 宙で止まる俺を下から恨めしそうに、いや、顔はないんだけどそんな雰囲気で睨みつけている気がする。
 あぶなかった。

「ふぅぅ……! アンデッド系か」

 怪物が集まり始めた。
 動く白骨死体に腐った死体。
 異形の気持ち悪い四足型。

 数が多い。
 上を向き止まる首なし騎士を避けて、門を目指す怪物たち。

「ん?」

 奴らが来ている方を見ると、紫の炎が灯っていた。
 祭壇のような、塔にも見える何かがそこにある。
 侵攻拠点か?

「……」

『……』

 とりあえず目の前の敵に集中。
 こいつ野放しで行くわけにもいかないし。
 俺はヴォルフライザーを握り締め、空を蹴る。
 ブラックホーンリアが使えるうちに決着をつけるぞ。
 
『リィイイイイイイイイイ!』

『ロォオオオオオオオオオッ!』

 ヴォルフライザーの大剣を振るうと、甲高い音を立てトゲトゲ部分が高速回転を始める。 チェーンソーのように回り攻撃力はアップするが、犬耳にはあまり良くない。
 耳の無い首なし騎士には効果は恐らくないだろう、俺は聴覚破壊能力で自爆気味。 

 ランスと大剣が重なり合い激しく火花が散る。
 武器破壊はできなかった。
 首なし騎士のランスもまたかなりの業物らしい。

「ふッッ!」

『ロォォォッ!!』

 突きを左に体ごと躱し馬部分の下半身を斬りかかる。
 しかし巨体は強引に方向転換。
 関節の可動域を無視して、追撃がくる。

「――がっ!?」

 衝撃。
 パワーが凄まじい。
 ガードし体勢を崩したところへ、蹄による踏み付けが襲い掛かる。
 ドゴッ、ドゴッ、と。
 地面がへこむ。
 躱すだけで態勢が立て直せない!

「『サンダークラップ』ッ!」

『――ロォッ!?』

 パシュッ! と閃光と雷撃が首なし騎士を襲う。
 俺はスペルカードを使用し一気に攻め立てる!

「はぁああああああッ!!」

『ロォオオオオオオオオッ』
 
 ガチャから出るスペルカード。
 
 攻撃系の者は皆に持たせているが、補助系のは自分で使う。
 その中でも『サンダークラップ』は使い勝手が良くお気に入りだ。

「『サンダークラップ』っらぁあああ!!」

『――ロォアアアアアアアッ!?』

 閃光は一瞬。
 雷撃も一瞬だけ相手の動きを止める。
 でもそれで十分だ。

 甲高い音と共に高速回転する漆黒の大剣は、首なし騎士を両断した。

「カッカカッ!」

「ああ゛ぁああ゛ぁっ」

「おぁっ!?」

 リーダー型を倒したのに、雑魚が群れてくる。
 骨の棍棒を持つ動く白骨死体《スケルトン》。 腕を伸ばし大口を開け噛みつこうとする動く腐った死体《ゾンビ》。
 ゾンビに噛まれたらゾンビ化するんだろうか?

「ハァッ!!」

 試してみる気は無いので、一気に殲滅する。


◇◆◇


「はぁ、はぁ、はぁ……?」

「エネミーが止んだ……?」

 門の前で防衛戦を繰り広げていた少女たちの手が止まる。
 敵の姿が見えなくなったのだ。
 夜が明けるまで攻め続けてくる敵の姿が、パタリと止んだ。

「栞さん、どうなっているんでしょうか?」

「……」

「栞さん?」

 『一ノ瀬 栞』は虚空を見つめる。
 遠く。
 たった一人戦う男の姿を見ているのだ。

(倒した……)

 心配して声を掛ける者の声も聞こえない。
 
(一人で、あんなにあっさりと……?)
 
 栞は震えを押さえるように、両手を交差し悶える。

(ふふふ。 凄いですね。 これはなんとしてでも手に入れなければ!)

 たとえ友人の破瓜が散ろうとも。
 黒髪の美しい少女は腹黒い思考に呑まれる。

(足りなければ私を、いえ、皆を差し出してでも……)

「あれれ? 今日はあの首なし、来なかったね?」

「……えぇ。 そうですね」

「今度こそ倒してやる! って思ってたのに~~!!」 

「……」

 前回の襲撃で殺されかけたことを忘れたんだろうか? と、栞は能天気な友人を呆れた表情で見た。

 破壊されてしまった門。
 首なし騎士の圧倒的な力で物理的に破壊された。
多くの怪我人を、犠牲者を出した。 それでもなお討伐には至らなかった。

「欲しいです」

「えっ? 何を??」

「いえ。 ……なんでもありませんよ?」

 圧倒的な力を超える、悪魔的な力。
 栞は見つめる。
 たった一人、敵を殲滅し続ける悪魔的な男の姿を。

「ふふふ……」

「だ、大丈夫!? 寝た方がいいよぉ~~栞ちゃん!!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

隠しキャラに転生したけど監禁なんて聞いてない!

BL / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:2,125

18禁乙女ゲーム…ハードだ(色んな意味で)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:269pt お気に入り:2,816

一妻多夫の奥様は悩み多し

BL / 連載中 24h.ポイント:163pt お気に入り:678

獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

BL / 連載中 24h.ポイント:19,355pt お気に入り:2,404

底辺αは箱庭で溺愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:9,725pt お気に入り:1,231

腐違い貴婦人会に出席したら、今何故か騎士団長の妻をしてます…

BL / 連載中 24h.ポイント:6,482pt お気に入り:2,456

【本編完結】異世界に召喚されわがまま言ったらガチャのスキルをもらった

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:296

処理中です...