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第一章:鬼頭神駆は誤解が解けない

五十一話

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「ごめんなさい」

 そう呟いた玉木さんは、走り出した。

「ははっ――はあっっ!?」

 よたよたと。
 俺から離れようとしている。
 怖いから?
 違う。
 彼女の言葉は意思が籠っていた。
 囮になるつもりか。
 
「ふざけんなっ!」

「「ガルアッッ!」」

 俺は吠えた。
 彼女を追いかけて首根っこを捕まえたいが、双頭の野犬はそれを許さない。
 周りを取り囲んでいた野犬はハイエナのように彼女をつけ狙う。

「くっ!!」

「「ウ゛ゥウゥ」」

 こちらの動揺を見抜いたように、双頭の野犬は隙を窺う。
 槍を躱し狙っている。 俺が追いかけようとすれば即座に飛びかかってくるだろう。 歪なひし形の瞳がそう語っている。

 どうすればいい?
 野犬が彼女に迫ってる。
 考えている暇はない! 
 一か八か。
 俺はまだ使ったことのないカードの名前を唱えた。

『ウルフハート!!』
 
 狼のイラストが描かれたカード。
 詳細不明。
 タキシードの内ポケットに入れてあったそれが震えた。
 
「っ!」

――ドクンッ。

 心臓を思いっきり叩かれたような衝撃。
 そして心臓から体中に何かが流れ込む。
 熱い、熱い、熱い。

 力が――漲るッ!

「――ウルァアアアアアアアア!!」

 戦意高揚。
 身体能力強化。
 それに『咆哮』。
 ウルフハートの効果だ。 使用したことで使い方を理解した。

「「グルァッ!!」」

「シッ!」

 大口を開ける二つの頭。
 爪の攻撃も合わさり手数では負ける。
 ブラックホーンリアを一瞬だけ起動させ足場にし、空中機動で対抗する。

「「――グルッッ!?」」

 こいつ。 左右の動きには強いけど、上下に弱いな。
 右頭の噛みつきを斜め上に躱し、空を足場に三角飛びで裏を取る。

「うらあッッ!!」

 槍を両手で持ち空を踏みしめ、渾身の突きを放つ。
 僅かに発光する穂先は、首を守る硬い皮膚を破り胸元まで貫通した。

「「――ガァッ!?」」

 最後のブレスも無し。
 背から一撃で急所を狙うのがベストか。

「――」

 玉木さんの悲鳴が聞こえた。
 
 俺は駆ける。

 邪魔な駄犬は吹き飛ばせ!

「キャゥ――」

「……爆ぜろ」
 
 すぐに追いついた。
 玉木さんに噛みついていた野犬を握りつぶし、俺は怒りを、野犬どもにぶつけた。


『――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』


 『咆哮』の効果か、双頭の野犬を倒したこともあり野犬たちは去っていった。

「……」

「あぁ……」

 ボロボロの玉木さん。
 でも俺を見て、僅かに微笑んだ。


◇◆◇


 彼女を背負い、俺は歩く。
 BBQセットは置いてきた。 
 ポーションの手持ちはゼロ。 全部使いきった。 火傷や噛み傷が酷かったけど、致命傷は無かったので多分平気だろう。 破傷風とか変な病気も怖いので、病気用ポーションも含めて全部使ったのだ。
 ドロップ品は拾ってきていないので、後で取りに行かないとな。

「スゥ……スゥ……」

 可愛い寝息である。
 赤黒いオーラは消えた。
 怪物の気配もないので、ひとまずは平気のようだ。

「……」

 しかし、どうしたものか?
 あの怪物のラッシュは、赤黒いオーラが影響しているとみて間違いないだろう。 
 彼女の意思で発動させたようには見えなかった。
 無意識で? もしくは誰かの仕業なのか……。
 考えても分からない。 帽子を被った猫に聞くとしよう。

「着いた」

 相変わらずの猫型ハウス。
 狭いドアを開け物で溢れる店内を進んでいく。
 帽子を被った店主は、今日も暇そうに椅子に座っていた。

「いらっしゃい。 人族」

 パタンと、読んでいた本を閉じカウンターの奥に移動する。

「本日は何をお求めですかな?」

 帽子のつばからギラリと、猫の瞳が見つめてくる。
 猫髭をさすって伸ばし、俺が背負っている玉木さんを見ているようだ。

「ふむ? これはまた珍しい。 悪神の加護をお持ちのようですね。 まぁ運が良いか悪いかは、人それぞれですがね?」

 おしゃべり好きの猫は続ける。
 頼んでいないのに説明してくれるとは有能な猫である。

「悪神の加護。 人族の間では『呪い』とも言われていますね。 強力な怨念に悪神が応える、もしくはただの気まぐれかもしれませんし。 そうそう、呪いの武具と言われる物も悪神の加護を受けているんですよ?」

 呪いの武具とかあるんだ。
 怖いね!

「武具ならば解呪も承りましょう。 もちろん、お代は頂きますがね。 悪神の加護についてはどうすることもできません。 あくまで加護ですから、私ごときではどうにも」

 首を横に振る猫。
 一呼吸おいて、背負っている玉木さんをジッと見つめる。

「悪神の加護が呪いと言われるゆえん。 それは理不尽な対価や試練を要求されるからなのですよ。 強力な魔力を得る代わりに魔法が使えなくなったり、人族主義の国で獣人として生まれさせられたり、と。 試練に打ち勝てればいいのです。 まぁ大抵の者は耐えられずに不幸になるようですが」

 クフフ……と、帽子を被った猫は変な笑い声を上げる。

「その雌は、幸運に恵まれたようですがね?」

「……」

 あの怪物の襲撃が試練だったのか。
 ということは、玉木さんはもう平気ってこと?
 
 俺は、玉木さんを猫が座っていた椅子に腰かけさせた。
 衣服は焼け焦げてたし、噛まれた場所を治療するときに破っちゃったから、下着姿なのだけど。

「あれ……?」

 明るめのショートヘアの綺麗なお姉さん。
 そんな玉木さんがグレードアップしている。
 髪の色は緑玉色エメラルドに、顔立ちも外人のモデルさんのような透明感のある美貌に、そしてなにより耳が細長くて尖っていて……。

「……エルフ?」

 まるでゲームやアニメに出てくるような、エルフの麗人。
 俺がジッと観察していると。
 パチリと、瞼を上げた。
 空色の瞳と目が合う。

「ぁあ、シンク君っ!」

「!」

 気が付いた玉木さんは、椅子から飛び上がり抱き着いてきた。
 グレードアップしていたのは美貌だけではないようだ。
 ポヨヨンと、豊満な胸が音を奏でる。
 木実ちゃんクラスだ!

「よかったぁ、無事だったんだね。 ほんとうに、良かった!」

 抱き着いてきた玉木さんからは、今度は女性特有のイイ匂いがちゃんとした。 
 俺の胸に顔を埋めてぎゅっと抱きしめる彼女は泣いていた。

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