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第一章:鬼頭神駆は誤解が解けない

四十九話

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 玉木さん。
 助け出したお姉さんの名前だ。 名札が制服についている。
 抱き着いたまましばらく泣いていたが、泣き止むとこちらをジッと見つめてきた。
 
 大学生くらいかな? ショートヘアの美人さんに見つめられ照れた俺は、立ち上がり買い物を続ける。

「ご、ごめんなさい。 ……臭かった?」

 プシューーと、玉木さんはスプレータイプの消臭剤を拾って掛けた。 
 そしてスポーツドリンクのペットボトルを開け、ゴクゴクと飲み干す。
 口からこぼれるのもお構いなしに。 よっぽど喉が渇いていたのだろう。

「ふぅ……。 それで、どうするのかしら?」

「?」

 またしてもジッと見つめられる。
 どうするって、今後の方針かな? とりあえず高校まで送るか、もしくはホームセンターでもいいかな。 帰りたい場所があるなら送ってもいいし。
 と、俺が黙って考えていると。

「ひと思いに殺す? それとも、嬲って楽しんでから……?」

「……」

 なんで殺すこと前提なんだよ!
 せっかく助けたのに、元気にしてから嬲って殺すって、俺はサイコパスかっ!?

「いいわ……あなたになら、殺されても……」

 ホワィッ!?
 どうしてそうなるのっ。
 それになぜそんな潤んだ瞳で見つめてくるんだ……。 
 俺は横を向いたまま額に手をやり、玉木さんをチラ見で観察する。
 
 ちょっと明るいショートヘア。 整った小顔に首筋がセクシー。
 胸もお尻も大人の女性の魅力を十分に醸し出している。
 こんなお姉さんに『おにぎりもあたためますか?』って聞かれたら速攻で恋に落ちるね。 

「あ……」

 ちょっと放置。
たぶん混乱しているんだろう。 落ち着くまで店内を物色。 傷跡からして野犬に襲われたっぽいな。 この辺も奴らのテリトリーらしい。

「……」
 
 冷凍食品も食い荒らされている。
 無事なのは缶詰ぐらいだな。
 おっ、上の方のおにぎりが少し生き残っている。 賞味期限的には死んでいるけど。

「……お買い上げかな?」

 律儀に買い物カゴに入れていたら、後ろからついてきていた玉木さんに茶化される。 パタパタと、カウンターの方に走っていった。
 だいぶ落ち着いたようである。 俺はカウンターの上にカゴを置いた。

「いらっしゃいませ。 いつもありがとうございます。 おにぎりはあたためますか?」

 ニコっと笑った玉木さん。 その接客、百点満点です。 いつもの豚女店員なんて比べ物にならないね!

「まだレンジも使えないみたい……。 何がどうなってるのかしら……」

 ずっとトイレに籠っていたのかな?
 まぁ『魔皇帝位争奪戦に巻き込まれたらしいよ!』とか言っても理解してもらえないよなぁ……。
 とりあえずお金を出そうと小銭しか入ってない財布を取り出す。
 
「お金はいいわよ。 賞味期限切れてるし、あなたが持っていかなくても、見つけた誰かが持って行ってしまうと思うわ。 だったらあなたに貰ってほしい……。 名前、聞いてもいいかしら?」

 そういえば名乗って無かった。 
 玉木さんはおにぎりと缶詰を袋に入れて渡してくれた。 好意に甘えてバッグにしまう。
 
「鬼頭……神駆」

「シンク君……。 ちょっと私より年下だよね? 二十歳くらいかな??」

 いえ、まだ十五歳ですけど。
 年上に見られるのはいつものことだからいいんだけどね。

「私は『玉木由佳莉』。 ほんとうに、助けてくれてありがとう。 シンク君」

「!」

 レジカウンターから出てきた玉木さんは、俺の肩に手を置いて顔を近づけた。 頬に唇が当たるほど近く。 いや実際に軽く触れた。 
 ホッペチューである。
 俺はビックリして一歩離れた。 動揺する俺に玉木さんは大人の笑みをみせる。
 この人は俺に気があるんじゃ? と、勘違いしてしまいそうな笑みだ。 しかし俺は彼女の異変に気づいた。

(えっ……?)

 彼女から何かが。
赤黒いオーラのような不吉な何かが溢れ出していた。
 タバコの煙のように燻らせ消えていく。
 何かのスキル……?

「あっ……ごめんなさい……嫌だった? 彼女がいるとか??」

 彼女はいない。
 ちょっと睨んでしまったから勘違いされた。
 しかし、玉木さんは気づいていないのか? 自分の意思ではないんだろうか。
 凄く嫌な予感がする……。

(んっ!?)

 犬耳はピクリと動く。
 周囲から集まってきている。

 怪物たちの気配を感じとる。

「えっ? どうしたの?」

 俺は玉木さんの手を取り急いで店から出た。
 心臓の鼓動が速まる。
 綺麗なお姉さんと手をつないだからじゃない。 
――嫌な予感が的中したからだ!

「「グルルッ!!」」
 
「きゃっ!?」

 野犬。
 コンビニから出てすぐ、二頭の野犬は襲い掛かってきた。
 玉木さんは驚き手を放してその場にうずくまる。

「らっ!」

 突っ込んでくる野犬に対し、突きを放つ。
 恐ろしく鋭い突きだ。

「グルッ!?」

 回避力の高い野犬を一撃で突き殺した。
 さらに接近した二頭目に蹴りを放つ。

「キャィッ!?」

 魂魄ランクがエリートになって。
 体のキレが全然違う。 
 強化されたのは威圧だけではないらしい。

「はっ、はっ、はっ……」

 玉木さんの呼吸が乱れている。
 怪我はないはずだが。
 トラウマ? 
 顔が真っ青で汗が凄い。
うずくまったまま動くことができないようだ。

「ごめんなさい……からだが……おかしいわ……」

「っ!?」

 赤黒い不吉なオーラ。
 今もまだ玉木さんから漏れ出ている。 さっきよりも色濃く量も多い。

「……行って、シンク君。 あなただけなら、……逃げられるでしょう?」

 下を向き息を荒げながら呟く。
 彼女を置いて逃げる? 残念ながらそんな選択肢は、俺にはない。

「……倒す」

「っ……」

 感覚を研ぎ澄ます。
 強化された五感。
 周囲を索敵する。

(全方位ッ……!?)

 集まってきている!

「私なんていいから……逃げてよ。 最低なのよ私は、……みんなを見捨てて生き残った……最低の卑怯者……」

 なんなんだ? 
 急に玉木さんがネガティブに。
 ブツブツと呟き出した。

「わ――ひゃっ!?」

 めんどくさい。
 抱きかかえ移動する。
 どう考えてもこの赤黒いオーラが原因だ。
 収まるまでひたすら逃げるしかない。

(万屋だな!)

 困ったときの帽子を被った猫。
 猫の万屋に行けば解決方法が見つかるはず。
 俺はブラックホーンリアを起動し、最短距離で突破を試みる。

(もってくれよ……!)

 抱きかかえた玉木さんは泣いていた。
 『わたしなんて……』と、弱音を吐く。
 けれど首に回された腕はしっかりと、俺にしがみついていた。

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