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第一章:鬼頭神駆は誤解が解けない

四十七話:トイレの〇〇〇さん

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「ん……?」

 違和感。
 コンビニに向かい走っていると、不思議な感触を体で感じた。
 犬耳を使い周囲を警戒。 怪物の気配も、人の気配もない。
 信号は消え車は静かに止まっている。 走っていたせいで多少乱れた自分の呼吸音だけが聞こえる。
 
「……」

 静かすぎて不気味だ。
 エリアとしては、野犬や魚頭たちの拠点と思われる場所からは逆。
 西に十キロほど行けば大きな駅のある市街地。
 街に遊びに行こうと言えば駅周辺を示すらしい。 俺は一度も誘われたことがないのでよくわからないが。

「やめとくか……」

 嫌な感触だった。 敵意を感じたわけではないけど、西はやめとこう。
 得体が知れない。 
 南に行ってもコンビニはある。 そっちを目指す。 
無駄に駐車場の広い店員の質が最悪なコンビニがあるのだ。 

「ふぅ……」

 俺は少し戻り南のコンビニへ向け走り出す。



 鬼頭から一キロは離れ、建物で姿も確認できない場所。

「はぁぁ……。 美愛さん、大丈夫です。 離れていきました……」

「えぇ!? なんでぇ? つまんなぁ~~い!!」

 チェック柄の制服を着た女子高生たちがいた。
赤を基調としたその華やかな制服は、神鳴館女学院付属高校のもの。
公立高校とは素材から違う高級品。 お嬢様制服。 世の男性たちの欲望を煮えたぎらせる制服だ。 

「なにが『つまんない』ですか? 冗談じゃありませんよ……」

 機械的な弓を持った少女は溜息を吐く。
額からは汗が滴り、目には隈ができている。 
 世界がおかしくなってから満足に寝ていない。 
 手に入れてしまった能力。 それを友人に話したせいである。

「むぅ! じゃあ、次。 次の獲物はどこかな? ――栞ちゃん!」

「……」

 元気すぎる友人。
 全国からスポーツ特待生を招待する学校内においても、神童と呼ばれる。 自分より強い者を求め続けるバトルマニアの体力馬鹿。
 いわゆる変人であった。

「美愛さん。 一度戻りましょう……?」

「えぇ!? 後ちょっとだけ! もうちょっとでナニカ掴めそうな気がするんだよねぇ!!」

 『こうスパァンって!!』と、美愛と呼ばれた少女は刀を振るう。
 膝と肘にプロテクターを着けツインテールを揺らす。 鋭い踏み込みにチェック柄のスカートは捲れる。 
 振るわれた刀は僅かに発光していた。

「少しだけですよ……?」

「ひゃっほーい!!」

 周囲の安全確保という名の試し斬りは続く。
 彼女は笑いながら怪物を倒し続ける。


◇◆◇


 コンビニの窓ガラスは割られていた。
自動ドアは閉まった状態で壊され中は荒らされている。
 めちゃくちゃだ。 人が荒らしたのではなく、怪物の仕業だろう。

「……」

 散らばった弁当や……死体。
 嫌な光景と臭いに吐き気がする。

 店内を見渡すが敵はいない。
 パキパキと床に落ちた窓ガラスは鳴る。
 落ちていた缶詰を一つ、俺は拾い上げた。

「ふむ……」

 サバ缶である。 嫌いではない。
 バッグに忍ばせてしまおうか、いやしかし……。
 BBQ用の道具を脇に抱え缶詰と睨めっこしていると、物音がした。

ヵァン。

「!」

 トイレから。
何かが倒れたような音がした。
 誰かいるのか?

 コンコン。

 壁に面したスライド式のドア。
ノックしてみるが返事はない。
しかし俺の犬耳は中に人がいることを感じ取る。
息遣いと気配がはっきりと分かる。
 荒い呼吸だ。 

 コンコン。

「……」

 ひょっとして危険な状態なのか?
 そう思った俺はドアを開ける。 簡単な作りの鍵だ。 丸いくぼみに小銭をはめて回せばロックを外せる。 

「ん……」

 ドアは少しだけしか開かない。
中で何かが邪魔をしているのだ。 一度戻し、強引にドアを開けた。

ゴン!

「うぅぅ……!」

 うめき声と異臭のするトイレの中には、店員の制服を着た女が倒れていた。 いつも臭いトイレだが、それにもまして臭い。
 俺は店員をトイレから引きずり出す。

「ぅぁ……、助けて……」

 俺に助けを求めている。
断じて俺に許しを求めているわけではないと思う。

「お、お願い、します……助けを……」

 いつもの豚女《オーク》店員じゃない。
 ショートヘアの綺麗なお姉さんである。
 ぐったりとして意識朦朧。 必死に助けを求めている。
 体をチェック。 怪我はしていなそうだ。 スレンダーながらかなり魅力的なお尻と胸をお持ちですね……。 木実ちゃんほどではないけど! 俺は首を少し上げさせピンク色の液体を口に流し込む。

「んっ!? んっ、んぁっ、んぅ……」

「……」

 飲ませたのは体力ポーション。
店員服の女は、艶めかしい声を出しながら飲み込んだ。
 
「ふぁっ……はっ、はっ……」

 体を半分起こし頭を振っている。
そして俺の方を向いた。

「あ、助けてくれてありがっ――!?」

「……」

 そしてやっぱり驚くのである。
ビクッ、と肩を震わせ後ずさる。 背を壁につけこちらを見つめる。
 叫ぶのはやめてほしいな。 怪物がやってきてしまうから。
 けれどお姉さんは叫ぶことはなかった。

「……ありがとう。 命の恩人よっ」

 そう言って抱き着いてきた。

「……」

 トイレの臭いのするお姉さんは泣いていた。

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