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第一章:鬼頭神駆は誤解が解けない

三十二話

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 時刻は鬼頭パーティが東雲東高校を出た頃。
 体育館に避難していた人々は心穏やかではなかった。
警察・自衛隊などに連絡はつかず、怪我人の為の救急車も呼べない。
 
 怪我人以外も皆、体調が悪そうだ。
野犬の遠吠えや魚頭の叫び声で、ほとんどの者が満足に眠れていない。
 精神的な疲労が溜まっていく。

「ふぅ……! よし、次の人っ」

 そんな者たちのなかで、慎太郎は【手当】による治療を行っていた。
 体育館の隅に仕切りカーテンを置いて作られた簡易スペース。
 葛西先生が診察と応急処置。 慎之介が【手当】による治療を試みる。
 しかし酷い怪我にはあまり効果が無く、そういった者たちにはしっかりとした治療が必要だった。

 カーテンをシャッと開けて入ってきたのは、背の高い美人。
 手に竹刀を持つ、九条だ。

「服部。 休憩だよ」

「は、はい……」

 慎之介は九条に監視されている。
 慎之介が手当による直接患部に触る治療方法を行うため、九条は慎之介がセクハラをしないか厳しく監視している――と言うわけではなく、また無理して倒れないか、その監視であった。

「慎之介君、ありがとうね……おかげで腰痛が治ったわ」

「はい! どういたしましてっ」

 避難してきた近所のおばあさん。
 最初のブラックアウトで倒れた時に腰を痛めたらしい。
 お礼よ、と言って黒い包装紙の飴を慎之介に渡した。
 疲れていたのか。 慎之介は意外と好物なソレをすぐ開けて口に放り込んだ。

「甘いっ!」

「うふふ。 お家に帰れれば、皆にあげられるんだけどねぇ?」

「うーん、まだ危ないからダメだよ~~?」

 朗らかに笑うおばあさんは、九条にも一つ飴を渡してゆっくりと去っていった。 九条はスッと胸ポケットにそれを仕舞う。

 
 外はバケモノたちの声は聞こえず、川の音だけが聞こえていた。

「静かだね」

「うん……」

 朝食を手に持ち、体育館から武道場へ。
 独特のにおいのする天井の高い建物。 柔道用の畳と剣道用の床が半々。 登下校時などは隣のサイクリングロードを通れば、練習の声がよく響いて聞こえた。 東雲東高校の剣道部は強豪ではないが、練習熱心な部活だった。 もっとも女子部員は九条を入れて二人しかいなかったが。

 『刹那』

 そう書かれた古ぼけた横断幕が、剣道部側の壁に掛けられていた。

「九条さん」

 きちんと靴と靴下を脱いで二人が入ると、声を掛けられた。

「市川先輩?」

「志保を見かけなかったかい?」

 背の高い黒髪短髪の男。
 大人びた顔立ちの凛々しいイケメン。 学ランを着ていなければ、高校生には見えない。 そんな彼は表情を失ったような、大切な何かを失ってしまったような顔で、九条に質問をした。

「いえ……見かけていません」 

「そうか……」

 そう言って、男は去っていく。
 靴を履いたままだった。 土足厳禁の剣道場だというのに。

「……」

 九条はその背中に危険なモノを感じた。
 礼節を重んじる市川先輩。
 男子剣道部の部長だ。 そして志保先輩とは恋人同士。 おっとりとした可愛らしい彼女を、市川先輩は何よりも大切にしていた。 そんな市川先輩の背中を見つめる九条は、一つ大きくため息を吐いた。

「大丈夫かな……?」

「……さぁね」

 二人になった武道場。
朝ごはんを食べながら束の間の休息を取る。
 基本的に慎之介が喋り、九条が相槌を打つ。
 話題はピンチを救ってくれたヒーローの話に。

「凄かったですね、鬼頭さん!」

「……彼は、一年生だから。 さん付けはしなくていいと思うけど」

「う……。 無理だよ……?」

 無理もないかと、九条はタキシードを着た金髪筋肉の戦いぶりを思い出す。 
 滅茶苦茶だ。
 あんな重い机を振り回し、大跳躍から空中で投げ槍を叩き落とす。
 規格外の怪物。

「……」

 九条は未だ剣道で一度も勝つことの出来ていない、天才のことを思い出した。
 きっとこんな状況でも、いつもの不敵な笑みを浮かべているんだろうなと。 

「九条さん?」

 九条は竹刀を振るう。
 スキルの恩恵で身体能力の上がった肉体を確かめるように。

 今なら、彼女に勝てるだろうか?

「……」

 たとえ勝てたとしても……。
 
 彼女は【剣術】スキルを購入していない。
 それは今まで積み上げてきた物を否定されるようで。 スキルという才能に似た物を認めたくない、そんな思いがあるのかもしれない。

 素振りを繰り返す九条のヴィジョンには未だ、不敵に笑う天才に勝てる見込みはなかった。   


◇◆◇


 ライフラインは途絶え、未知の敵が近くに存在している。

 教師、生徒、集まった人達の協力の下。 正門と裏門のバリケードを堅め、敵の襲撃に備える。 
 動けるものは協力的だった。 彼らを突き動かすのは恐怖。 それだけ未知の敵が脅威だったのだろう。

 バットやスコップ、防災倉庫からだしたバールなど。 武器になりそうな物を集めた。
 慎之介がバリケードから突き出せる槍を作った方がいいと、自作の槍を片手に力説していると。 裏門側から出ていく集団が見える。 バットなどで武装した集団だ。

「えっ!?」

「っ! どこに行くつもりだ! お前らっ!?」

 教師の一人が声を荒らげる。

「決まってるだろ! 助けに行く!!」

 一人の生徒が声を荒らげる。 

「市川先輩っ……」

 竹刀を持つ生徒に慎之介は呟く。
 教師の制止を無視して武装した集団は、サイクリングロードを進んでいく。 その集団には生徒以外の者も多い。 私服の中年男性、おそらく父親達。

「生徒を、私の子供を見捨てて、――何をしていたんだッッ!!」

「っ……」

 教師を一喝。 
その集団が向かうのはサイクリングロードの先、大きな公園がある場所。
 魚頭たちがおそらく拠点としているであろう場所だ。

 殺されてしまった生徒、校庭に運ばれた生徒、それに生き延びた生徒。
 それら以外の生徒たちはどうしたのか?
魚頭たちの帰った公園に攫われていると、彼らは思っているのだろう。  いや、信じていると言うべきか。

 そんな生徒たちを救うために立ち上がった武装集団である。

「私たちが助けるっ!!」

 先頭を行く偉丈夫。
 禿げた頭が哀愁を誘う眼鏡のおっさんは吠えた。

「ど、どうしよう? 九条さん……」

「……」

 九条は無謀だと思っていても、彼らを止めることができない。
 何と言えば、彼らを止められるのか分からないからだ。
 何と市川先輩に声を掛ければ、彼を止めることができるのか? 九条には分からなかった。 

 学校に残る者たちは、彼らを無言で見送るしかなかった。


――キコォオオオオ!

「「っ!」」

――オオォーーン!

 
 しばらくして、東雲東高校の周囲で魚頭と野犬たちの威嚇音が木霊した。 
 茜色に染まる空。
 帰らない武装した集団の代わりに、魚頭と野犬が東雲東高校を襲撃する。
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