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第一章:鬼頭神駆は誤解が解けない
十一話:理科室
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『九条 茜』は窓の外を見た。
「……多いな」
サイクリングロードを移動する魚頭。
アリの行列のような、その光景を見て彼女はポツリと呟く。
こちらへ向かう者と別の場所に移動する者。 何かを求め移動しているようだった。
九条のその怜悧な顔は表情に乏しいが、嫌なものを見る目をしていた。
東校舎二階、理科室へと逃げ込んだ彼女ともう一人の男子学生。
そのもう一人を九条はチラリと窺う。
「ぷふぅ……」
水道の蛇口。 下向きに固定されているタイプの蛇口から流れる水を、横から飲んでいる男子学生。 長身の九条と比べて背が低く、あどけない顔をしている。 高二男子に可愛いという言葉を使うのは悪いと思うが、九条の中では可愛い男子生徒としか認識が無かった。
「えっと……?」
「あ……僕、『服部 慎之介』だよ? 一応、クラスメイトなんだけどね……」
「私は『九条 茜』……です」
「知ってるよ~~」
明らかにショックを受ける男子生徒。
九条はクラスメイトであることは知っていたが、名前は怪しいところだった。
申し訳なさそうに自己紹介する九条に、濡らした口元をシャツで拭く慎之介は笑って答えた。
「……」
男の子なのに、ゆるくふわっとした髪。 捲ったシャツから見える色白の肌に華奢な腕。 日々剣道に打ち込む自分のほうがよっぽど鍛えられている。
頼りない。
戦力にはならないと、九条は慎之介をそう評価した。
「これから、どうしようか?」
「ん?」
「みんなを助けないと……」
そう言った慎之介の言葉に、九条は溜息を吐きたくなるのをこらえた。
「どうやって?」
「それは……。 わからないよ……」
自分に期待の眼差しを向けてこないだけマシか、そう九条はジッと慎之介を見つめる。 焦ったように目をそらす慎之介。 僅かに頬が赤い。
期待されるのも頼られるのも、彼女は嫌だった。
勝手に期待して、勝手に落胆する。 そんな経験を彼女は多く受けていた。
ついてきたクラスメイトたちが職員室のほうへ向かってくれて、彼女はほっとしていたのも事実。 しかし、残った慎之介に少し強く言ってしまったことを反省していたりもする。 根は優しいのだろう。
「「……」」
沈黙に耐えかねた慎之介は理科室をふらふらと歩く。
その姿をぼんやりと見ながら、竹刀を握りしめる九条。
(たった一振りの竹刀で何ができる?)
自分は特別なんかじゃない。 彼女はそれを嫌というほど知っていた。
どれだけ努力しても勝てない。 圧倒的な才能の差。 何度も、何度も味わった。
だから、彼女は期待されるのが嫌だった。
(でも……)
それでもやめなかった剣道。 九条は手に持つ竹刀を強く握る。
「よし! これなら戦えるかもっ!」
「!」
慎之介は掃除用のモップに解剖用のメスを黒テープで括りつけていた。
槍のつもりだろうか? すぐに折れてしまいそうなソレを、嬉し気に九条に見せてきた。
「……そっちは危ないから、やめたら?」
「えぇ? でも強力だよ??」
準備室から持ってきたのか、逆の手には塩酸の瓶。
慎之介の場合、自爆してしまいそうな雰囲気が漂っている。
「これで、……戦えるかな?」
「……」
慎之介の手は震えていた。
けれど、上目遣いで見てくるその瞳は、九条をまっすぐに見つめていた。
「さぁね……」
今度は九条が目をそらす。 僅かに頬が赤いのは気のせいか?
◇◆◇
理科室のドアをスッと開ける。
「ハァッ!!」
「キォッ!?」
見えた魚頭。
九条はゆっくりと振り向く魚頭の喉元に、突きを繰り出す。
魚の頭と人の胴体をつなぐ細い首。
どうやら弱点らしい。
九条は竹刀が折れないように最低限の力で魚頭を倒す。
「九条さん、凄い!」
職員室側にいた魚頭たちに気づかれた。
細い通路を魚頭が二体同時に迫ってくる。
奴らの発する殺気に体が強張る。 それを振り払うように、九条は裂帛の咆哮を上げる。
「イヤァアアアア!!」
「コォ……」
「リャアアア!!」
「キコッ!」
一匹の頭部を打ち抜き、二匹目の爪と竹刀が交差する。
「っ!」
「九条さん!? ――うぉおおお!!」
魚頭の爪が九条の制服を破き傷を負わせる。
竹刀の一撃でよろける魚頭に、慎之介が槍を突き立てた。
「はあっ、はぁっ!!」
何度も、何度も突き立てる。
煙を上げ消え始めても、黒テープがずれメスが横を向いても。 魚頭が消えるまで慎之介は槍を突き立てた。
「はっ……はぁっ……?」
息を荒らげる慎之介は不思議な表情を浮かべた。
「声が、聞こえた?」
「……」
鬼頭の言うところの通知音。
魂魄の獲得を知らせるその声を聴き、慎之介は驚き、九条は得体の知れない恐怖を感じた。 頭に響く声。 普通に考えて自分がどうにかなってしまったのでは? と不安にもなる。
「……ステータス? メニュー? あっ!?」
「なに?」
急に虚空を見つめる慎之介。
辺りを警戒する九条は焦る。
思ったよりも魚頭の姿が少ないが。 しかし、上の階から聞こえてくる大きな笑い声に警戒心はマックスに跳ね上がっていた。
「メニュー、メニューだよ! 九条さん!!」
「?」
ぴょんぴょん跳ねる慎之介を、九条は大丈夫かなと優しい目を向ける。
「落ち着いて……メニューが、なに……?」
そして、九条も驚いた表情で虚空を見つめるのだった。
「……多いな」
サイクリングロードを移動する魚頭。
アリの行列のような、その光景を見て彼女はポツリと呟く。
こちらへ向かう者と別の場所に移動する者。 何かを求め移動しているようだった。
九条のその怜悧な顔は表情に乏しいが、嫌なものを見る目をしていた。
東校舎二階、理科室へと逃げ込んだ彼女ともう一人の男子学生。
そのもう一人を九条はチラリと窺う。
「ぷふぅ……」
水道の蛇口。 下向きに固定されているタイプの蛇口から流れる水を、横から飲んでいる男子学生。 長身の九条と比べて背が低く、あどけない顔をしている。 高二男子に可愛いという言葉を使うのは悪いと思うが、九条の中では可愛い男子生徒としか認識が無かった。
「えっと……?」
「あ……僕、『服部 慎之介』だよ? 一応、クラスメイトなんだけどね……」
「私は『九条 茜』……です」
「知ってるよ~~」
明らかにショックを受ける男子生徒。
九条はクラスメイトであることは知っていたが、名前は怪しいところだった。
申し訳なさそうに自己紹介する九条に、濡らした口元をシャツで拭く慎之介は笑って答えた。
「……」
男の子なのに、ゆるくふわっとした髪。 捲ったシャツから見える色白の肌に華奢な腕。 日々剣道に打ち込む自分のほうがよっぽど鍛えられている。
頼りない。
戦力にはならないと、九条は慎之介をそう評価した。
「これから、どうしようか?」
「ん?」
「みんなを助けないと……」
そう言った慎之介の言葉に、九条は溜息を吐きたくなるのをこらえた。
「どうやって?」
「それは……。 わからないよ……」
自分に期待の眼差しを向けてこないだけマシか、そう九条はジッと慎之介を見つめる。 焦ったように目をそらす慎之介。 僅かに頬が赤い。
期待されるのも頼られるのも、彼女は嫌だった。
勝手に期待して、勝手に落胆する。 そんな経験を彼女は多く受けていた。
ついてきたクラスメイトたちが職員室のほうへ向かってくれて、彼女はほっとしていたのも事実。 しかし、残った慎之介に少し強く言ってしまったことを反省していたりもする。 根は優しいのだろう。
「「……」」
沈黙に耐えかねた慎之介は理科室をふらふらと歩く。
その姿をぼんやりと見ながら、竹刀を握りしめる九条。
(たった一振りの竹刀で何ができる?)
自分は特別なんかじゃない。 彼女はそれを嫌というほど知っていた。
どれだけ努力しても勝てない。 圧倒的な才能の差。 何度も、何度も味わった。
だから、彼女は期待されるのが嫌だった。
(でも……)
それでもやめなかった剣道。 九条は手に持つ竹刀を強く握る。
「よし! これなら戦えるかもっ!」
「!」
慎之介は掃除用のモップに解剖用のメスを黒テープで括りつけていた。
槍のつもりだろうか? すぐに折れてしまいそうなソレを、嬉し気に九条に見せてきた。
「……そっちは危ないから、やめたら?」
「えぇ? でも強力だよ??」
準備室から持ってきたのか、逆の手には塩酸の瓶。
慎之介の場合、自爆してしまいそうな雰囲気が漂っている。
「これで、……戦えるかな?」
「……」
慎之介の手は震えていた。
けれど、上目遣いで見てくるその瞳は、九条をまっすぐに見つめていた。
「さぁね……」
今度は九条が目をそらす。 僅かに頬が赤いのは気のせいか?
◇◆◇
理科室のドアをスッと開ける。
「ハァッ!!」
「キォッ!?」
見えた魚頭。
九条はゆっくりと振り向く魚頭の喉元に、突きを繰り出す。
魚の頭と人の胴体をつなぐ細い首。
どうやら弱点らしい。
九条は竹刀が折れないように最低限の力で魚頭を倒す。
「九条さん、凄い!」
職員室側にいた魚頭たちに気づかれた。
細い通路を魚頭が二体同時に迫ってくる。
奴らの発する殺気に体が強張る。 それを振り払うように、九条は裂帛の咆哮を上げる。
「イヤァアアアア!!」
「コォ……」
「リャアアア!!」
「キコッ!」
一匹の頭部を打ち抜き、二匹目の爪と竹刀が交差する。
「っ!」
「九条さん!? ――うぉおおお!!」
魚頭の爪が九条の制服を破き傷を負わせる。
竹刀の一撃でよろける魚頭に、慎之介が槍を突き立てた。
「はあっ、はぁっ!!」
何度も、何度も突き立てる。
煙を上げ消え始めても、黒テープがずれメスが横を向いても。 魚頭が消えるまで慎之介は槍を突き立てた。
「はっ……はぁっ……?」
息を荒らげる慎之介は不思議な表情を浮かべた。
「声が、聞こえた?」
「……」
鬼頭の言うところの通知音。
魂魄の獲得を知らせるその声を聴き、慎之介は驚き、九条は得体の知れない恐怖を感じた。 頭に響く声。 普通に考えて自分がどうにかなってしまったのでは? と不安にもなる。
「……ステータス? メニュー? あっ!?」
「なに?」
急に虚空を見つめる慎之介。
辺りを警戒する九条は焦る。
思ったよりも魚頭の姿が少ないが。 しかし、上の階から聞こえてくる大きな笑い声に警戒心はマックスに跳ね上がっていた。
「メニュー、メニューだよ! 九条さん!!」
「?」
ぴょんぴょん跳ねる慎之介を、九条は大丈夫かなと優しい目を向ける。
「落ち着いて……メニューが、なに……?」
そして、九条も驚いた表情で虚空を見つめるのだった。
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