眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

文字の大きさ
上 下
45 / 116

信用してはいけない、信じたい・トーマ視点

しおりを挟む
ノエルの放った空中への発砲は騎士団員に助けを呼ぶ時に使われる方法だった。

近くにいる騎士団員だけでも現場に駆けつけるが幸いなのか、寄宿舎とはそう遠くない森の中だったからかなりの大人数が駆けつける事が出来た。

その光景は俺にとって信じたくないものだった。

先に向かったベリルは仕留め損なったのか穴が開いた地面に立っていた。
敵を睨み付け警戒しながらノエルとリンディがこちらにやってくる。

あの女は嫌でも見覚えがあった、シグナム家の令嬢だ。
そして、あの時一緒にいた男の横には姫がいた。
姫が連れてかれたあの時から姫に聞きたい事が沢山あった。

姫の本心は何処にある?

パレードのあの日は姫が計画して俺に会う事は不可能に近かった、俺の気まぐれだったからだ。
あの時から殺そうと思ってた?それとももっと前から?

姫は本当に自分の意思なのか、もしかしてシグナム家の誰かに…たとえばそこの女とかに弱味を握られて無理矢理手伝わされたのではないのか?
…だとしたら、どうにかして助けなくてはならない。

でも、もし…あの男の言う通り自分の意思だったら…どうすればいいか分からない。

殺したいほど、存在が嫌なら…姫に殺されるのも一つの答えなのかもしれない。
…しかし、もう俺の命は俺だけのものじゃない。
騎士団に捧げた命を自分勝手に落とすわけにはいかない。

ベリルは姫がリンディに魔法を使おうとしたという。
……まさか、そんなあり得ない。
姫はゼロの魔法使い…魔力はない筈だ、使える筈はない。

周りはそんな事を知らないからか好き勝手言っている。
…姫の事、一ミリも知らないくせに…と怒りが湧いたが殴り付けるわけにもいかず、無視する。

姫が連れてかれた時、一瞬目が合った気がしてつい逸らしてしまう。
会わせる顔がない………ごめん。

「まだ今なら間に合う、追おう!」

「…いや、深追いは良くない…今は泥だらけのリンディをどうにかしないと風邪を引く」

「しかし団長!もしまた襲ってきたら…」

「その時は俺が相手をする、リンディには指一本触れさせない」

俺の真剣な眼差しを見て騎士団員は黙った。
あれはワープ魔法だ、もう追えないから無駄な時間を過ごすよりリンディ周辺の護衛を強化した方が有意義だろう。

姫はこうなる事を知っていた、俺にリンディのピンチを先に教えたからだ。
あれはどういう意味なのか、宣戦布告のつもりなのか。
 
雨はいつの間にか止んでいて、傘を畳む。

リンディは俺の横を歩いた。

「トーマ、なんか顔色悪いけど大丈夫?」

「…大丈夫だ」

「悩みがあるなら聞くよ、幼馴染みでしょ!」

リンディは笑う、俺は空を眺めて足を止めた。

彼も今、同じ空の下にいる。
…手を伸ばしたら触れられるのに、触れる事が出来ない。

名前を何故隠すのか最初は分からなかった、シグナム家の息子だと知られたくなかったんだな。
言ってくれれば良かったのに、軽蔑なんかしない…だって姫は姫だから…
計画のために隠す必要があったのなら言えるわけないかと苦笑いする。

「信じたいのに、信じちゃいけないんだ」 

「……え?」

「俺一人の問題なら簡単に信用出来る、でも…騎士団を巻き込む事になってしまう…他の奴らを危険な目に遭わせられない」

姫は絶対に裏切らないと言い切れない、もし裏切られても俺だけならなにがあっても平気だが、今はこの国の人々の命を守る立場だ…賭けは出来ない。

そんな自分が、酷く気持ち悪くて嫌悪する。

好きな人を信用出来ない自分が、もしかしたら本当にリンディを殺そうとした?と思う自分が嫌だった。
こんな自分に、姫を愛する資格なんてない。

リンディに言っても何の事か分からないだろうなと「忘れてくれ」と言う。
リンディは少し考えて少し先を歩く俺の背中に語りかけた。

「よく分からないけど、あのね…さっきの黒髪の男の子…私の事を助けてくれたんだよ」

「………え?」

「いきなり一緒に地面に転がるからびっくりしちゃったけど、彼は優しい子なんだなって分かるよ」

リンディの言葉に目を見開いた。

優しい、そうだな…彼は優しい子なんだ……忘れていた。

初めて会った時、心配して寝た俺を起こしてくれた……彼を好きになったきっかけを忘れるところだった。
全て姫の隣にいた男が言った事、ベリルの発言に関しては姫は魔法を使いたくても使えないから信用していない。
本人の口から何も聞いていないじゃないか。

他人の言葉を信用して、姫の言葉を信用しないなんて…未来の旦那失格だな。

もう一度許されるなら、君に会いたい。
どんな結果になっても、俺は姫ではなく姫を信じようと思った自分の見る目を信じようと決意した。

「トーマ様、ちょっとよろしいですか?」

「……リカルドか」

てっきり先に行ったと思ったリカルドがトーマとリンディが来るのを待っていた。
側にはグランがいた、グランは素手での攻撃を得意とするが…何故か手から血が垂れていて驚いた。
どうしたのかと聞くと「自分のじゃないので心配しないで下さい、ちょっとうるさいハエを仕留めただけです」と言い何の話か分からないが深くは聞くのは止めよう。

この二人が俺に話したい事なんて珍しいと思いながら聞く事にした。
きっと寄宿舎では話しづらい内容なのだろう。

そして後から聞いた話だが、姫の悪口を言った騎士団員が何人か病院に運ばれたそうだ。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花
BL
 候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。  即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。  しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……? ※★は性描写ありです。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

処理中です...