眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

文字の大きさ
上 下
42 / 116

騎士さんの正体

しおりを挟む
俺と騎士さんの間に冷たい風が吹き荒れる。

この人は、もしかして…でも…

まだ信じられなくて下を向く。
あのセリフを知っているという事は少なくともゲーム内容を知っている事になる。
17年この世界にいるが、ゲームの存在を知っている人は一人もいなかった。

……騎士さんは静かに口にした。

「俺の名前はアルト・シグナム、本物のな」

「……本物」

騎士さんが言ったセリフはゲームで俺が死ぬ前、ヒロインを誘拐してトーマを挑発した時のセリフだ。
トーマは結果的にヒロインを助けだし俺と姉を殺した。

彼が俺というのは本当のような気がした。
しかし、ゲームとはビジュアルが違う。
俺の容姿に近いのは目の前の彼ではなく自分だ。

俺の容姿は美人な姉と違い平凡な容姿な筈だ。
彼は美しい容姿の青年だ、年齢も合わない。
俺は17歳で死んだ筈なのに…

「貴方が本物なら俺はいったい…」

「お前は本来ならゲームに登場しないモブだった、だけど…この世界にバグが生まれた」

「………バグ?」

「アルト・シグナムとして生まれてしまい、前世の記憶を持ちこの世界を破壊しようとする異端児だ」

…異端児、自分が…

確かにゲームのアルト・シグナムとは異なる事があった。
ランクだって魔力なしだし、一般学校に通ってるし、そして友達も出来てトーマとも出会った。
考えれば考えるほどゲームのアルト・シグナムと自分は違った。

それは偶然だと思っていた、けど…全て自分がアルト・シグナムじゃなかったとしたら?

騎士さんを見ると表情を変えずに俺に近付き俺の頬を撫でて顎を掴み目線を合わせる。

「俺はゲームを正しく導くために二人目のアルト・シグナムとしてお前より先に生まれた、お前はトーマ・ラグナロクに殺される…その未来を変えないために」

「………運命を変える事は?」

「やってみればいい、お前がどう抗っても俺が正す…死ぬ運命からは逃れられない」

騎士さんは手を離し、俺に背を向けて歩き出した。

自分は本来ゲームにいなかった人物で、彼の居場所を奪ったんだ。
…そんな自分に生きる価値はあるのだろうか。

もう、何も分からなくなった。

トーマにあんな事を言ったのはきっとトーマに不信感を植え付けて自分を敵としてゲームのように殺すように誘導したからだ。
トーマの最後のあの顔は裏切られたと思った顔のように思えた。

トーマに殺されるならいいのかも…と思えてきた。
お願いすれば姉は殺さないでくれるだろうか。

…少し一人で考えたい。

木に寄りかかり空を見る。

雲っていた、雨が降りそうだ。
濡れたら風邪引いてしまうだろうか。

ゴロゴロと鳴っている、本格的にヤバそうだ。

立ち上がると頭に冷たいなにかが落ちたと思ったらざーっと雨が本格的に降ってしまった。
早く雨宿りしなきゃと思うが足が重くその場から動けなくなった。
こんなに雨が降っていたら泣いても誰も分からないよね。
…ゲームから外れた自分を気にする人なんていないかもしれないけど…

家族だけじゃなく、ゲームにも必要とされていない存在だったんだ。
もう、自分がどうしたらいいか分からない。

下を向いていると影が見えた。

他の地面は雨を吸収して水溜まりが揺れていたが自分のところだけ雨が止んだようだった。
不思議に思い顔を上げる。

「…風邪引いちゃうよ?」

偽物の自分には眩しすぎるほどの笑みを浮かべていた少女が傘を差してくれた。
後ろには護衛の金髪の騎士がいた。

ゲームでは立ち絵がないから分からなかったが、こんなに可愛い子だったんだなと笑う。
このゲームのヒロインであるリンディと騎士副団長のノエルだ。

何故こんな森の中にいるか分からないが、ヒロインには言いたい事があった。
姉に気をつけて…とかいろいろ…

「あのっ!俺…」

「リンディ様行きましょう、こんなところで話してたら風邪を引いてしまいます」

「あっ、そうだね…貴方も」

リンディに手を握られ暖かな体温を感じた。
ゲームと同じ優しい子だ、彼女には傷付いてほしくない。
騎士さんはゲーム通りにするために彼女に危害を加える危険性がある。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花
BL
 候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。  即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。  しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……? ※★は性描写ありです。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

処理中です...