眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

文字の大きさ
上 下
28 / 116

アルトとトーマ

しおりを挟む
そのまま俺をお姫様抱っこしてトーマは歩いていた。

なにが起きているんだ?こんなイベント…ゲームになかった。
俺とトーマの出会いはここじゃない、姉と一緒に現れて最初から敵だった。
でもそれだと死亡フラグだし、自分に人を傷付ける事が出来るとは思えない。

とりあえずまだ名乗ってないからセーフだ、どうにか離れないと…

腕を振りじたばたしていると肩を抱いていた力が強まり引き寄せられた。

「大人しくしないとキスして黙らせるぞ」

耳元に感じる吐息と共にじたばたしていた腕の動きが一瞬で止まった。

さすが乙女ゲームのキャラクターだ、女の子が好きそうなセリフを言うなぁ。
男の自分もちょっと冷めた感じの言い方にドキッとしてしまった。
……なんか男として負けたような感じがして少しだけ悔しかった。

ゲームをやっていた時、キャラクターのキザなセリフとか何とも思わなかったのに…自分が直接言われてるからだろうか。
女の子に感情移入はしなかったけど、ここまでセリフが似合う人物もそうそういないだろう…ゲームのキャラクターだけど…

大人しくなった俺は運ばれ、大きな屋敷が目の前に見えた。

表札には「聖騎士団寄宿舎」と書かれていたからトーマが暮らしている場所だろう。

ヤバいヤバい、俺がシグナムだってバレると殺される。

聖騎士団とシグナム家の因縁は深い、そんなところにのこのこやって来たら殺されに来たも同然だ。

カタカタと体を震わせていて、お姫様抱っこをしているトーマにも伝わり俺を心配したような顔をしていた。

「……なんか寄宿舎の中が騒がしそうだな、正面は止めて裏から入るか…………大丈夫、襲ったりしないから」

俺の頭を撫でてゲームではヒロインしか見せない筈の微笑みを見せて安心させる。
初めて出会った頃にも見たが、今は子供の無邪気な笑みではなく美しい大人の男性の笑みだった。

襲うって殺さないって事か?本当に信じていいのだろうか。

まだ俺だって名乗ってないし、今はトーマにとってはただの国民だ。
トーマはただの国民に酷い事をする人ではない、それは信じていいだろう。

俺が頷くとトーマは安心したような顔をして再び歩き出した。

屋敷を回り裏庭にやってきて、裏庭の扉を器用に片手で俺を抱えながら鍵を差し込み中に入った。
確かに誰かの話し声が聞こえている、感情的になり怒鳴る声も聞こえてビクッと驚いた。
トーマは俺に「大丈夫だ」と優しい声で話しながら階段を上った。

幸い声がするのはドアの向こう側の部屋でトーマ達には気付いていなかった。

トーマは自分の部屋の鍵を開けて入ると俺を下ろしてくれた。

やっと解放されて、ちょっとよろけたがやっぱり床に足がつく感触に感動していた。
なんで部屋に呼ばれたのか分からないままでいると、カチャと後ろから鍵を閉める音が聞こえた。

静かな部屋にやけに大きく響きビクッとして後ろを振り返る。

「…トーマ?」

「悪かったな、友人に嘘をついて…二人だけでゆっくり話がしたかっただけなんだ」

「……話」

「それより、なんで俺の名前を知ってるんだ?」

つい無意識にトーマの名を呼んでしまい、一気に緊張が走る。
ゲームの事がバレるのはあり得ないからそうじゃなくて、一度も自己紹介をしていないのに何故知ってるのか気になるだろう。

なにかトーマが納得するようないい言い訳はないのか。
頭をフル回転させて考えろ、考えるんだアルト!えーっと、えーっと……

全然思い付かず焦る俺を見てトーマは我慢出来ず笑った。
何処か笑われるポイントがあっただろうかと俺は呆然とトーマを見る。

「悪い、困らせるつもりはなかったがころころ変わる顔が面白くてな……分かってる、パレードで知っていたのだろ?」

パレード……そうだ、確か音楽と共にアナウンスでトーマの説明をしていたのを聞いてたっけ。
それ以前にトーマの事を知ってたからそこまで思い付かなかった。

とりあえず嘘になってしまうが自然な理由が出来て頷いた。
良かった……トーマとキスした時にトーマと口を滑らせなくて…もうそれだったら言い訳出来ない。

トーマにソファに座るように言われ、座るとトーマは部屋に備え付けられているキッチンに向かった。
こぽこぽと湯を沸かしている音が聞こえてトーマはこちらを見ていた。

「俺だけ名前を知ってると不公平だな、名前…今度こそ教えてくれないか?」

「……でも」

「君の口から聞きたいんだ」

まるでもう名前を知ってるような言い方だなと思いながら、名前は教えるわけにはいかないよなと悩む。
…偽名使うとか?でも適当に名前つけて呼ばれてすぐに返事出来る気がしない。
アルト・シグナムだなんて名乗ったら変な死亡フラグが…

彼には悪いけど余計な事は言わずに黙る事にした、こんな平凡の名前を知ったってトーマには何の特もないし。

トーマはトレイに二人分の紅茶とケーキを乗せてやってきた。

紅茶とケーキを俺の前に出して「食べていい」と言われたからいただきますをしてまず喉が渇いたから紅茶を一口飲む。
ほんのりバニラの香りと優しい甘さ、これはグランの紅茶を超えたのではないか?美味しい。

「……どうしても教えてくれないのか?」

「うっ、ごめんなさい」

「人それぞれいろんな事情がある気にするな」

トーマはそれ以上聞こうとしなくて優しいなと思う。
昔の事は忘れてるだろうし一度会っただけなのに家にも入れて…警戒心がなさすぎも危ないけどね。

向かいのソファにトーマは座って紅茶を一口飲み込む。
正装もよく似合い何処かの貴族みたいで様になっている。
一般人丸出しのTシャツにズボンの自分とは大違いだ。

ケーキも果肉が豪勢に使われたフルーツタルトで頬が緩むほど美味しい。

「名前がないと不便だな、俺が君を名付けてもいいか?」

「へ?…あ、はい」

トーマの言ってる意味が分からずとりあえず頷いた。
名付けるってあだ名みたいなものだろう、それならいいかな。

名前を名乗らない自分が悪いから何でも受け入れるが、反応しづらいあだ名だとちょっと困るかな。
でもなんかあだ名って初めての事だし友達みたいでワクワクする。

トーマはジッと俺を見つめて少しの間沈黙があり、口を開いた。

そして俺の嫌な予感はとても当たると身に染みて分かる。

「………め」

「ん?」

「うん、なんかしっくり来るな…やはり騎士には姫だろう」

トーマは一人で納得していて俺は置いてきぼりで首を傾げた。
よく分からないが確かに騎士は姫を守るのがおとぎ話でもよくある。

ゲームでもトーマが仕えて守るのは姫であるヒロイン。
勿論国民や王族の人達を守ったりするが、ヒロインへの想いが人一倍なだけだ。
トーマにはヒロインが必要、ヒロインのためなら強くなるのだから…

それでなんで今のタイミングで騎士と姫の話になるのだろうか。

最後のタルトをひと切れフォークで刺して口に放り込む。

「君と居て確認するまでもなかった、この胸の鼓動は…君はパーティーで会った子なんだね」

「……覚えてたんだ」

「忘れた日なんてなかった、ずっとずっと君は俺のお姫様だった」

「…………はい?」

「姫、今日からそう呼ぶよ」

あれ?あれれ?空耳?何だか変な事になっていませんか?

短い時間しか会っていなかったのにあの小さい頃を覚えていたのは驚きだった。
しかし、お姫様ってなんですか?なんで俺がお姫様?

………可笑しいな、男として生まれた筈なんだけどなー…
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花
BL
 候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。  即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。  しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……? ※★は性描写ありです。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

処理中です...