眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

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大切な家族との別れ

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知らなかったとはいえ俺は自分の失態に落ち込んでいた。

気を付けよう気を付けよう思っていたのにまさかあの少年が攻略キャラの一人、トーマ・ラグナロクだとは思いもしなかった。
帰ってきてからすっかり忘れていて思い出すまで3日も掛かってしまった。

トーマを思い出したのは何でもない普通の朝食での事だった。

朝食に出てきたプチトマトを見て、そういえばあの少年もこんな感じに髪が赤かったな…黒い部分もあったけど…
プチトマト…トマト…トマ…トーマ!
アホな思い出し方だが一人で失敗を恥じて朝食が喉に通らなかった。
グランに心配掛けてしまった、悪い事しちゃったな…反省。

そういえばグランに花を生けといてと花束を渡しててっきり自室に飾ってくれると思っていたがあれは何処に行ったのだろうか。
あれから見かけないし、グランに聞いても笑ってはぐらかされる。

夕飯の時、グランに聞いてみよう。
夕飯を食べ終わり食後の紅茶を淹れるグランを見る。

「ねぇグラン、あの薔薇の花束の事なんだけど」

「そんな事よりアルト様、アルト様にプレゼントがあるんですよ!」

思った通りまたはぐらかされた…グラン、何かしたのか?
不満げにグランを見ると俺の前に俺の顔くらいの大きな箱を置いた。

何だろうと薔薇の話を忘れてワクワクと箱を見つめる。

勿体ぶりながら開けるグランにちょっとイラッとしながら待っていると俺の瞳がよりキラキラと輝いた。
グランはそんな俺を見て自分の事のように優しく微笑んでいた。

そうか、だから今日の夕飯はいつもより豪華で自分の好きなものばかりだったのか。

「お誕生日、おめでとうございます!」

俺の前には一人では食べきれないほどの大きな苺のショートケーキが置いてあった。
グランは食堂の電気を消し、ケーキに刺さった蝋燭の先端に触れると小さな火がついた。

魔力ランクZのグランだが、俺みたいな魔力なしではないからこれくらいは出来る。
俺に「消していいですよ」と言い思いっきり吹いた。

蝋燭でかろうじて見えていた視界が真っ暗になったと思ったらグランが電気を付けた。
ケーキを切り分けて俺の前に置いて残りは隣に置いておく。

「ご両親からのプレゼントです」

「ありがとう!」

俺は知っていた、両親のプレゼントではない事くらい。
グランはとても優しいから自分で買ってきたのにそう言わない。
だから俺は優しいグランに笑顔でお礼を言う、プレゼントは素直に嬉しい。

そんな悲しい嘘を付かなくてもいい、自分にはグランがいるだけでいいのだから…

ケーキはとても甘くて美味しかった、でもちょっとしょっぱい。
これは涙の味だろうか…生前も今も両親に甘えられない…甘える事を知らない少年は5歳になった。

俺は知らなかった、グランとお別れが近付いている事に…






ーーー

その日グランは珍しく父に呼び出されて行ってしまった。
俺は大人しく真っ白な紙にクレヨンで絵を描いていた。
5歳の絵にしては可愛げもない可笑しな相関図が出来上がった。
つまり今後自分は何をすればいいのか作戦について考えていた。

攻略キャラは4人、サブ攻略キャラも数えたらもっといるだろう…ゲーム開始がヒロイン姉共に18歳からだ。
姉がヒロインと出会うのはヒロインがまだこの王都に来て間もない時だ。
姉は既に攻略キャラの一人のトーマと知り合いでトーマに差し入れを持ってきて断られた時に二人は出会う。

この時ヒロインはトーマと出会い、元々幼馴染みだったが小さい頃に別れていて再会を喜んだ。
姉は仲の良い二人を見つけてヒロインに酷い嫉妬を覚える。

姉がトーマといつ出会ったのか分かれば楽だが、姉のエピソードなんてないから分からない。
とりあえずトーマと姉を出会わせなければ姉はきっと嫉妬はしない。

残念だが自分は目立った動きが出来ない、なんせアルトという人物は物語の中盤に初登場し…しかもトーマルートにしか存在しないキャラだった。
だから変なタイミングで現れてゲームの世界を変な方向なんかに行かせたら真っ先に死亡ルートだろう。
だから表立って行動はしないが、影で姉を導かなくてはならない。

そこで動けない俺の代わりにグランの出番がやってくる。
グランは姉の騎士として常に一緒に居て守っていた。
登場はアルトよりも早い、しかし何故姉の騎士なのに姉の死亡フラグの時助けなかったか疑問だろう。

当然だ、物語中盤でグランは姉の数々の悪事を手伝わされて嫌になっていたところヒロインに救われヒロインの口付けを受け契約して姉とは敵対関係になった。
グランはサブ攻略キャラのわりに、ちゃんとヒロインと恋愛していた…確かにグランは優しいから悪役とか似合わないだろう。
そしてグランと入れ替わりにやってきたのはアルトだ。

トーマルートに入らなければ姉は何もする事なくそのまま出てこなくなるしアルトも登場しない。
ゲームの世界に入ったからってゲームを追う必要はない。
俺は名無しモブでいい、将来は美味しいパン屋さんを経営してひっそりと暮らす…それが幸せだ。

よくグランが買ってきてくれるパン屋のクルミパンがお気に入りだ、また食べたいなと相関図を描いていた筈だが端にパンの絵を描き始めた。

やがて部屋のドアが開いた、見なくても分かる…この部屋に入ってくるのはグランだけだ。

パンの絵を夢中で描いていたら背中が少し重くなった。
いつものスキンシップだとちょっと潰れながら小さくため息を吐いた。

「…グラン、重い」

「ごめんなさい、もう少しだけこうさせてください」

「グラン?」

俺を抱き締める手に僅かに力が入り、少し震えている気がした。
後ろを振り返るとグランは下を向いていて表情が分からない。

声もいつもと違い弱々しい、父になにか言われたのだろうか。

グランの頭を撫でて慰めるとより抱き締める力が強まりちょっと苦しかった。
でも、何故か俺よりグランの方が辛そうに思えて何も言わずジッとした。

しばらくすると落ち着いたのか俺から離れて目を擦って下を向いていた。
泣いていたのか、あのグランが…よほどの事だろう…俺には何故泣いているのか分からなかった。

「グラン、お父様に叱られたの?俺がお父様にグランは悪くないって言ってくるよ!」

「やめてください、そんな事をしたらアルト様が傷付いてしまいます…その気持ちだけで僕は幸せです」

グランはその気持ちは嘘ではないのか、本当に嬉しそうな顔をした。
でも目が赤く腫れている…泣いたのかそれがとても痛々しい。

グランは俺が0歳の時から俺を大切に育ててくれた、俺のたった一人の理解者だ。
姉が大きくなるまでずっと一緒にいるものだと信じていた…ゲームでも姉とヒロインが出会ったその日にグランは姉の護衛騎士になったから…

だからグランから聞かされたその言葉が衝撃的だった。

「僕はアルト様が嫌と言うまでずっとお側に居て見守って居たかったです…でも、それももう出来ません」

「…え?」

「ヴィクトリア様の6歳の誕生日に僕はヴィクトリア様を守る騎士になったのです、だから今までのようにいられません」

グランが姉の騎士になるのは分かっていた…でも早すぎる。
ゲームの通りだがなんか違う展開に固まる俺をグランは悲しげに見つめる。

早すぎる別れにまだ一緒にいられると思っていた俺はショックを受けていた。
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