眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

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あれから…

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あれからの話をします。

力尽きて突然倒れたトーマは俺の膝の上で眠っていた。
トーマに起こしてくれと言われていたので口付けをする。
まるでそれは眠り姫にキスをする王子のようだった。
俺が王子って柄ではないし、王子より逞しい姫なんて格好つかないよな。

そんな事を考えていたらトーマの瞼が震えてゆっくりと開いた。

俺を写す綺麗な宝石のようなキラキラとした瞳が細められた。
何だか疲れが取れたような、とても晴れやかな笑みを向けられた。

その後シグナムの兵士を全員拘束したノエルが応援にやってきた。

「悪い!遅くなった、シグナム…は」

「もう終わったから大丈夫だ」

父はトーマが教えてくれた王子様に連れていかれた。
多分城に向かったのだろう、トーマはノエルに説明していた。

ノエルの報告として、兵士を城に向かって運び…姉は自首をしたらしい。
姉ももう父の命令に動かなくて済むから楽になっていればいいな。

街は無傷とは言えなかった。

父が放った魔獣の暴走は止まらなかった。
魔獣が止まったのは命令する父が意識を失ったから…
それまで激しく暴れていて騎士団の誰にも止める事が出来なかった。

魔獣はさっきまではまるで夢を見ていたかのように大人しくなり、自分の巣である山の向こう側に飛び立ってしまった。
もう二度と魔獣がこの街にやって来ないように警戒を強めると騎士団と王族で話し合ったらしい。
魔獣を従わせるシグナム家の血筋はもう俺と姉だけだが、父のような事はしないと誓える、だからあんな事にはならない。

どうやら王子であるクロスハーツ様はその場にいなくて行方が分からなくなったそうだ。
父を牢獄に押し込んだ後、見張りの騎士の目を盗み城から逃走したそうだ。
そんなに城が嫌だったのかな、シグナムを捕まえるのを手伝ってくれたお礼をしたかったんだけどなと落ち込んだ。

ガリュー先生は研究所に戻った。
シグナム家は壊滅したし、直接は関わっていないから見逃されたがガリュー先生自身は罪の意識を感じていて罪滅ぼしになればと国のためになる大きな研究をしている。
どんな研究か聞いてみたら企業秘密だと言われてしまったが、何だかシグナム家にいる時よりイキイキとしているガリュー先生を見て嬉しくなった。

ノエルとグランや他の騎士達は街の修復の手伝いをしている。
街は魔獣により半分ほどの建物が壊れてしまった。
でも街の人達は全員城にいたから無傷だった。
城だけは守ろうと戦った騎士達のおかげだな。

完全に元通りは時間が掛かるだろうが少しずつ皆で作っていった。

リンディは両親から心配の手紙が何通も送られていたらしかったが王都が大変な時だったから後回しにしていたそうだ。
近々ふるさとに帰るのだと言っていた。
まだ姫としては未熟だから両親を安心させたら戻ってくる、やっぱりゲームのヒロインだけあってリンディは心が強いなと思った。
リンディのふるさとは真っ赤な果実が名産みたいでお土産にちょっと期待している。

トーマは国王に呼ばれていた。

シグナムを捕縛してこの王都を救ったトーマに英雄という名誉とトーマの願いを何でも叶えようという内容だった。

トーマは国王に願った。

『俺が願うのは国民の安全と一日でも早く街が元通りになる事です』

名声と金に溺れた父を見たからか、トーマはそう伝えた。
自分に渡す金があるならば建物を直す材料費に使ってほしいと…

英雄と呼ばれるのも断ったが国王がそれだけは受け取ってくれと引き下がらなかった。
騒ぎ立てるようなイベントとかはしないのならと了承した。

何だかトーマが英雄だって思ったら遠い存在のように感じてしまい、口には出さないが寂しく思った。
トーマは全てお見通しなのか「俺はアルトと恋人同士になれて一番近くに感じるよ」と髪を上げておでこにキスされた。
口にするとお互い求めてしまうから仕方ない。
ちょっと恥ずかしかったが嬉しかった。

俺は学校に再び通い始めた。
保護者である両親はいないからトーマが代わりに保護者になってくれると言ってくれた。
トーマのおかげで俺は夢を追うために頑張っている。

しかし何もかも元通りではなかった。

俺が通っていた一般学校が魔獣によって灰になってしまった。
修復にはかなり時間が掛かるし、先に民家とか大切な建物を直しているから後回しになるだろう。

俺を含む一般生徒達は魔法学園に転校する事になった。
魔法学園ではやっぱり差別が激しくていろいろと苦労する事もあるけど、俺にはリカルドとルカがいるから大丈夫だ。
リカルドと俺はシグナム捕縛に協力していたが魔法学園の生徒達は勿論知らない。
言いふらす気はないけど複雑だなと俺達は目を合わせて苦笑いする。

魔法学園は全寮制が基本なんだけど俺は寮で暮らしていない。
急遽一般学校の生徒も受け入れたから空きがないみたいでしかも今回の騒動を起こしたシグナムの息子だからか怖がる生徒も少なくないようで俺は寮に入れなかった。
シグナムの家は魔獣研究の証拠とかで今騎士の人達が閉鎖してしまって帰れない。
どうしようかトーマに相談したらトーマの部屋に住まわせてもらう事になった。

トーマにそこまでしてもらっていくら恋人でも迷惑ではないかと不安だったがトーマは元からそのつもりだったと言ってくれた。
「騎士でもなんでもないリンディが住んでるんだから今さらアルトが来ても変わらない」と笑ってくれた。
最初は遠慮していたが、トーマとずっと一緒にいれる、それだけで俺にとってとても魅力的だった。
ただ、一緒のベッドで毎日寝るのはまだ恥ずかしいけど…

ノエルが頻繁に部屋に来てからかってくるからトーマが逆に見せつけるように俺に抱きつく光景は日常になっていた。
それを見ていつもノエルが悔しそうにしているのを見ると何しに来ているのかよく分からなくなる。

リカルドは正式に騎士団に入るにはまず学校を卒業しないといけないから勉学に専念していた。
体験入隊なのにあんなに凄い事になるなんて想わなかったと時々思い出しては興奮している。

ルカも普通だ、普通すぎてあれは全部妄想だったのかと思い始めていた。
ルカとは神様の話はしない、ルカの正体が何でも俺の友達には代わりないし……きっとルカもそう思っているだろう。

姉にはたまに面会している。
牢屋の居心地が最悪だと愚痴を言っているが、姉はカッコいい看守がいると新しい恋に目覚めそうだった。
そして頭を下げられた。

『…トーマを助けてくれてありがとう』と泣きながら…俺も泣きながら頷いた。

英雄ラグナロクもシグナム家同様牢屋の中だ。
それは国民全体に知れ渡った。

元々トーマの人望もありこの王都を救ったのは紛れもないトーマだから英雄ラグナロクの息子だからという偏見は皆抱かなかった。
英雄ラグナロクの部下らしき数人の騎士は城を後にして姿を消した。
英雄ラグナロクがいないと何も出来ない奴らだから心配はいらないが念のため警備の強化をするらしい。

俺は魔法学園の庭によく現れていたから食パンを手に持って野良猫にごはんをあげていた。
ある日の夕焼けが沈む夜、街灯の下にその野良猫達がいた。
トーマ猫と恋人なのかな、寄り添う小柄な猫も一緒にいた。

この子達のおかげで俺はトーマと再会出来た、きっとあの時出会わなかったら俺は深くトーマと関わらなかったのかな。
頭を撫でても逃げない、魔法学園に転校してから毎日餌をあげてるからかな。
不思議だ、ぽかぽかと暖かい……今日はちょっと冷えるのに…

そこで瞳がキラッと光ったように見える。

「……あれ?今…」
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