眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

文字の大きさ
上 下
96 / 116

足止め・トーマ視点

しおりを挟む
目を覚まして最初に見たのは真っ暗な天井だった。

いや、ここが室内かどうかなんて分からないからそれは正しくない。
俺は本を読んでいた筈だ。

ここに来る時はいつも嫌な事が起きた後だ。
だから疑ってしまう。

またなにか間違えてしまったのではないのか。
今回は姫は無事な筈だから俺になにかあったのかもしれない。
立ち上がると砂嵐のテレビの横で動くものがあった。

「自家製の漬物って手間が掛かるんだよねぇ…美味しいけど」

フードの子供は何故か茶色いツボで漬物を作っていた、臭い。

ゲーム以外にもしているんだな、ここに住んでいるのか?
とりあえず、今回はどうやったら帰れるんだ?

もうやり直しをしないと言っていたが、そうなるともう二度と姫に会えなくなる。

俺は子供に近付くと子供はぬか漬けを作るのをやめてこちらを見た。
もう、会う事はないと思っていたんだけどな。

「どうしたの?座ってなよ」

「帰りたいんだ、帰る方法を知ってるか?」

「そう焦るなよ、今アルトは大事な事をしてる…それが終わったら会えるからさ」

そう言った子供は再びぬか漬けを作っていた。

姫がなにかをしている?なにかってなんだ?

この場所にいるのか?

子供はゲームをしていないという事は俺達になにかあったわけじゃない、そう思っていいのだろうか。

ツボを端に置き、台所の水を出して手を洗っていた。
台所なんて今まであっただろうか。

のんびりと「もうちょいでお湯が沸けるからこれでも食べて待っててな!」と俺の目の前に煎餅が入った器を置いた。
こんなところで長居はしてられない。

「アルトはこの世界にいるんだな」

「ん?あー、まぁね…多分上手くやったらここに来れるから待ってなよ」

「…それって、来れない場合があるって事か?」

俺の言葉に何も言わない子供に不安になる。
もしかしたら姫は危険な目に合ってるかもしれないのか、だとしたら助けに行かなくては…
二度と、誰にも傷つけさせない。

俺はそのまま歩き出そうとして何かに服の袖が引っかかった。
それを見ると子供の小さな手だった。

その手…漬物触ってなかったか?

「ちょい待てって、アルトなら大丈夫だって…信じて待てよ…好きなんだろ?」

「好きだからこそだ、アルトが困っているなら助けたい」

「…お前、あれか…童貞か」

馬鹿にしたような子供の声に眉を寄せる。
童貞ではない、アルト…姫とそういう行為をした事がある。
心が通じ合ってからはそんな暇はなくてしていなかったが…

そもそも童貞だと言うなら目の前の子供だろう。
その歳で経験なんてないし、神はそんな事をするのか?

子供だと言って大人をからかうもんじゃないだろと呆れたため息を吐く。

「あ、今いやらしい事考えてたでしょ?アルトに言っちゃうよ」

「………お前が先に言ったんだろ」

「俺が言ったのは恋愛童貞って事、アルト以外好きになった事がないから付き合い方が分からない…大人の余裕をアルトに見せたいけど、今のトーマ…ダサいよ」

なにか言い返したいのに言葉に詰まる。

仕方ないだろ、俺の初恋はアルトで…ずっと想い続けていたんだから…
ダサいと言われ、こんなに棘が胸に突き刺さる経験がなくて戸惑った。
確かにアルトを前にすると大人の余裕がなくなる時がある。

好きで、独り占めしたくて、俺を見てほしくて、大好きで…

俺は恋愛に関してはまだ子供なのだろうと思った。

「アルトはほっとくと大変な時かあるけど、信じて待つ事も愛だよ」

「…アルトの事は信じてる」

「そう?じゃあ今邪魔するなよ、アルトはトーマの全てを受け入れようとしている…これは愛の試練でもあるんだ、アレの正体が分からずアルトが怯えてしまったら殺されてしまうだろう」

「!?」

「…でも、信じて待つんだろ?」

俺の服の袖を下にくいくいと引っ張り、俺はされるがまま座った。
俺の前にさっきの煎餅を出した。

なにか食べる気にはなれず下を向く。

あのゲームは姫の行動を写してはくれないのだろうか。
ただ待つだけでも、とても苦しい。

姫はなにと戦っているのだろう。

「ねぇ、気になってたんだけどさ」

「……なんだ?」

「なんでアルトとか姫とかいろんな呼び方してるの?わけわかんなくならないの?」

煎餅を掴みボリボリと噛み砕きながら聞いてくる。
わけわかんなくはならないだろ、姫と呼ぶのはアルトだけなんだから…

でも特に意識はしていなかった、感情が高ぶるとアルトと呼んでいた気はするが…普通の時も呼んだりする。
どっちもアルトだから、アルトが嫌にならないのなら呼び名を統一する必要もないだろう。
それに姫と呼ぶのは多分俺だけだから特別な感じがして悪くない。

「別に…」と素っ気なく答えると自分から聞いたくせに興味なさげに「ふーん」と言ってノイズのテレビ画面を見つめている。
俺にはうるさい砂嵐にしか聞こえないがこいつにはなにが見えてるんだ?

「あ…マズイかも」

「…は?アルトになにかあったのか?」

俺の質問に答えず首を傾げる子供にどんどん不安になる。
なんだ?なにが起きているんだ?

その時だった、幻聴のようなものが聞こえた。
俺を呼ぶ、アルトの声だ。
それを聞きアルトになにかあったのではないかと不安が募る。

やっぱりただ黙って帰りを待ってられない。
俺とアルトは心が通じ合った恋人同士だろ、もうお互い一人なんかじゃない。
二人で解決出来る事は二人で解決すればいい…俺はそう思う。

恋愛童貞だと言われても構わない、まだ子供でいい…二人で大人になっていけばいい。

行こうと立ち上がると子供が俺の服の袖を掴んだ。

「どこ行くの?」

「…姫のところに……俺はもう待つのはごめんだ」

歩き出そうとするが強く掴まれて振り払おうと子供の手を掴むが、子供の力だと思えないくらい強く握られて離れない。
なんでそんなに行かせたくないのか理解出来ない。

この子供は俺達の事をずっと見ていたなら分かっている筈だ、俺は大人しく出来るほど冷たい人間でも心が広い人間でもない。

また子供は「これだから恋愛童貞は」と言っていて、とうとう頭にきて子供の腕を振り払った。
本当の子供ならこんな事はしないが相手が神様だと子供ではないだろう。

アルトを助けてくれたことは感謝してる、でもだからこそ大切なアルトを守りたいんだ…今度こそ…

「だから!アルトを探しに行かなきゃいけないって言ってるだろ!」

「待ってればいいじゃん、行き違いになったらどうするの?」

そんな言い合いをしていた時、背中に衝撃と共に暖かな温もりを感じた。
すぐにそれがアルトだと分かった。

会いたかったその温もりを抱きしめた。

本当に会いたかった。

お互い体を少し離して見つめ合った。
その時違和感を感じた。

…なんで、アルトに?

その時あの少年が言っていたやばい事ってこれの事なのかって思っていた。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花
BL
 候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。  即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。  しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……? ※★は性描写ありです。

処理中です...