眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

文字の大きさ
上 下
79 / 116

惨劇・トーマ視点

しおりを挟む
城内は思ったより慌てていて、俺だけではなく周りも仲間を疑いだしていた。
俺はいなくなった状況をまず聞きたくて英雄ラグナロクを拘束していた看守を探した。

……しかし、俺が知っている看守の顔は何処にもいなかった。
そうか、アイツまでグルだったのか。

きっとこの混乱に紛れて逃げたのだろう。
城にいた俺の部下は全員いる事を確認して、今後の作戦を立てようと戻ろうとした時だった。

俺の隣にいた騎士が小さく呻き声を上げた。
それを確認するまでもなく、騎士は倒れた。

床に真っ赤な水溜まりが出来ていた。

俺達はいっせいに剣を構えた。

口元を歪ませて笑い俺を見るさっき探していた看守がそこにいた。
看守が手にした剣から真っ赤な血が滴り落ちていた。

「お前…」

「この国のため、この腐った世を正すため…英雄様ばんざい」

ぶつぶつと口にする気味の悪い看守を睨む。

ぶらぶらと力のない腕で剣を持っているかと思ったら看守は俺に向かって剣を振り下ろした。
寸前で剣で止めた。

城内で血生臭い戦闘は避けたいが、外に出ろと言って聞くような男には思えない。
剣を叩きつけるように俺の大剣にぶつけている。

他の騎士達もめちゃくちゃな戦い方をしている看守に近付けず緊張が走る。
俺は看守を押し退け峰打ちしようと剣を握る手に力を込めた。

「トーマ様!」と仲間の騎士が叫ぶ声がした。

誰かがトーマの背後に立っているのは背中に突き刺さる殺気で分かった。
しかし看守に気を取られていて背後まで防御するのは難しい。
シールド魔法を使う暇もなかった。

仲間の騎士達は俺が動きやすいように邪魔にならないように遠くにいたから今から助けに向かっても間に合わない。
もう一人いたなんて迂闊だった、何処かに隠れていたのだろう。

トーマは仕方なく大剣に力を込めて看守を峰打ちした。

看守が大剣の衝撃で腹を押さえ崩れた。

すぐに後ろを振り返ったら、後ろでも英雄ラグナロクの元部下である男が倒れていた。
騎士達は俺の身を案じて駆け寄ってくる。

「トーマ様大丈夫ですか?」

「…平気だ、グランありがとう」

「………いえ」

背後にいた奴を倒したのはグランだった。
得意の武術で殴って気絶させたのだろう。

死んでしまった俺の部下を弔ってやりたいが英雄ラグナロクの元部下を全て捕らえなくては騎士だけではない、今度は国民までに被害が及ぶかもしれない。
数人の部下に彼を安らかに寝かせてくれと頼み、他の騎士達と共に寄宿舎に戻るため走る。

もうノエルに書類が渡った頃だろう、なにか分かると思っていた。
目の前の光景を見るまでは………






目の前で真っ赤に揺れるものを呆然と見つめる。
部下が数人崩れ去る。
血の気が引いた。

嫌な事というのはよく重なるものだ。

「リンディ様ぁ!!」という声が聞こえる。
そういえば騎士の数人がリンディに恋しているとノエルが楽しげに話していたっけ…

まるで非現実のように受け入れられない現実に俺は近付いていく。
すぐに後ろにいたグランに腕を捕まれ止められる。

「離せ、グラン…」

「貴方まで死んだら誰がこの惨事を解決するのですか?」

冷静にグランはそう言うが内心俺同様に冷静ではないのだろう。
俺を掴む手が小刻みに震えていた。
グランはリカルドとよく一緒にいた、仲が良かったのかもしれない。

俺は目の前に迫る炎に焼かれた寄宿舎を眺めた。

もしかしたら、もしかしたら…運よく皆避難してるかもしれない。
そうだ、そう信じよう…じゃなくては俺は戦えなくなってしまう。

多くの部下を失い、幼馴染みを…親友を失ったなんて…そんな事…

姫は…アルトだけは助けなくては…

その時だった、耳を塞ぎたくなるような大きな爆発音がした。
地面も小刻みに揺れている、相当な爆発だと分かる。

街の中心地から黒い煙が見えた。
もしかして英雄ラグナロクがなにか仕掛けたのか!?
そう思っていたがグランが「あれは?」と呟き皆グランが見ている空を見た。

そして目を見開いた。

空を覆い尽くすように蠢く黒鳥のような物体。
一瞬なにか分からなかったがすぐに魔獣だと分かった。
あんなに大量な数、見た事がない。

そして魔獣が現れている場所には巨大な魔法陣が空を覆っていた。
あの黄色い魔法陣には見覚えがあった。

「……あ、ると?」

あれはゼロの魔法使いの力を発揮する時に現れた魔法陣だ。
しかし可笑しい、あんな大きな魔法陣初めてみた。

アルトになにかが起こっている、そう感じた。

街を襲っているのは魔獣のようで、英雄ラグナロクは魔獣を飼ってはいない筈だ…魔獣を従わせる術を知らないから…
ならばかつて魔獣で英雄ラグナロクと戦ったシグナム家だろう、それならアルトがいるのも納得だ。

この混乱に気付いて王都が崩れていく隙に王都を恐怖で支配しようとしているのか。

「トーマ様、ご命令を」

リンディの死が受け入れられない顔をしつつも皆、王都を救おうという強い瞳を向ける。

敵は二つ、英雄ラグナロクとシグナム…この混乱に紛れて他国の騎士が攻めてきたら王都は終わる。
早くこの最悪な地獄をどうにかしなくては…

とりあえず街に向かおうと全員で歩き出した。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花
BL
 候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。  即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。  しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……? ※★は性描写ありです。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

処理中です...