眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

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運命は変えられる

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トーマは俺を背中に庇うように立ち英雄ラグナロクに大剣を向ける。
そして一歩踏み出した。

俺はトーマの戦いの邪魔にならないようにノエルのところに急いだ。
まずは手を顔に近付けて呼吸を確認して……良かった、息をしている。
思ったより傷は浅いのかもしれない。

しかし、このまま手当てしないと体温がどんどん奪われて死んでしまうのには変わりがないように思えた。
俺には治癒魔法は使えない、俺に出来る事はただ一つ…

ノエルに魔力を渡して、ノエル自身の魔力で自然治療するしかない。

これは治療だ、トーマにしたキスとは違う。

ゲームではヒロイン大好きなノエルだったから今のノエルもそうかもしれない…ノエルにごめんなさいと小さく呟き軽くチュとキスをした。
………これがノエルのファーストキスだったら申し訳なさすぎる。
ペットにするようなキスだと思ってほしい、これはノーカウントだよ。

足元に魔法陣が現れた。
魔力を補給したからか、ノエルの瞼が震えてうっすらと目を開けた。
しかし、また閉じてしまった。

驚いて死んでないか呼吸の確認をすると、寝てしまったのか寝息が聞こえた。

ホッと一安心をしてから、トーマの方を見る。

トーマは英雄ラグナロクと剣を交えて押し合っていた。
一歩も譲らないその迫力に圧倒される。

先に剣を離したのは英雄ラグナロクだった。
それからトーマに向かって剣を振り回す。
火花が飛び散りトーマは剣を受けるのに精一杯で反撃が出来ない状態だった。

「どうした!魔力を使わないと私は倒せないぞ!」

「くっ…絶対に、使わないっ」

押され気味でも剣術のみで英雄ラグナロクを負かそうとしていた。
ただ見てる事しか出来ないなんて悔しい。

……トーマと一緒に戦えたら良いのに、魔力しか与えられないなんて…

部屋にいる時、少しでも剣の修行をしとけば良かったと悔やまれる。

英雄ラグナロクの重い一撃にトーマは顔を歪める。
ギリギリと剣を押し、少しでも力を抜いたら魔剣がトーマを襲うだろう。
笑いながら息子に魔力を使わすためなら傷を付ける事さえ構わないと思っている英雄ラグナロクは狂気のようだ。
何故、そこまでしてトーマを強くしたいのか。
…騎士団を継ぐだけが理由ではないように思えた。

「トーマ、お前は私だ…だから力を使え…この森全てを焼き払うお前の最強の力を!!」

「ふ、ざけんなっ…俺は俺だ…お前なんかに…負けるか!!」

英雄ラグナロクはトーマの気迫に驚いた。

その隙にゆっくりだが確実に魔剣を押し退けている。
英雄ラグナロクはすぐに我に返り力を込めるがトーマは体をずらして大剣を手から離した。
突然対抗していた力がなくなり大きくバランスを崩した。
そして大剣が地面に落ちる前にしゃがんで再び手に握った。

そして無防備となった英雄ラグナロクの腹に大剣を食い込ました。
いきなりの圧迫に一瞬息が止まったのが分かった。
あまりの痛みに意識が真っ白になる。

「…峰打ちだから安心しろ、次に目を覚ました時は冷たい牢獄の中だろうけど」

トーマが言い終わると同時に英雄ラグナロクは地面に倒れた。

トーマの荒い息のみが静かな空間に響いた。
相当疲れたのか大剣を地面に刺して寄りかかる。

俺は急いでトーマのところに駆け寄る。
凄い汗を掻いていて、自分の服の袖で拭うと腕を掴まれた。
驚いてる暇はなく抱き締められてそのまま二人共地面に倒れた。

俺の体重が掛かってトーマ重くないのだろうかと心配したが嬉しそうなトーマを見て口を閉じた。

「…姫、本当に姫なんだな」

「……今更だよ」

ギュッと強く抱き締められて、照れくさくてぽつりと呟いた。
俺も同じ気持ちだった……トーマ…トーマがいる…嬉しくて涙が出る。
トーマの胸に耳を当てて瞳を閉じると鼓動を感じる。
ちょっと早いな…ドキドキしてるって事なのかな。

俺も……ずっとこの時間が続けば良いのに…

トーマは俺の体ごと上半身を起こした。
お互い目線が絡み合う。

するとそうする事が当然のように自然とトーマは俺にキスをした。
トーマは今回のキスで魔力が戻った感覚がしただろうから俺の力の事は知ったのかもしれない。
……いや、初めてのキスじゃないから既に分かってたかもしれないが…

でも詳しくは知らないのかもしれない、だからもっと俺とキスをしたら強くなると勘違いをしているのかも…
ちゃんと説明しないと…

「と、トーマ…あのね…俺の力は魔力を補給するだけのものだから魔力を使ってないトーマは何度もキスする必要はないんだよ?」

説明下手だが俺の言いたい事は伝わっているだろうか。
顔色を伺う、トーマは眉を寄せて悲しげな顔をしていた。

ごっ、ごめんトーマ!男に無駄なキスさせて…すぐに説明すれば良かったよね!

二人の間に沈黙が訪れる。
俺はトーマに拒絶されるのが怖くてびくびくと肩を震わせていた。

やがてトーマは口を開いた。

「…今のキスは魔力がどうのとは関係ない」

「…………え?」

「この意味が分からないほど君は鈍感なのか?」

まっすぐ俺をトーマは見つめていた。
俺の頬が赤く色付いた。

えっ…でも…それって…

自分の都合のいい解釈かもしれない。
トーマも同じ気持ちなんじゃないかって…

俺のこの気持ち、トーマに伝えても良いの?

勘違いかもしれない、でも優しく微笑んで俺の流した涙を拭ってくれるトーマがいたら言える気がした。

「トーマ、あの…俺…トーマの事が…」

「茶番は終わりだ、トーマ・ラグナロク」

俺の声と第三者の声が重なる。
横を見ると金色に輝く大砲が見えた。
トーマが俺と一緒に立ち上がる。

きっと俺とずっと一緒いるために腕を掴んでいたが、俺はその腕を外してトーマを押した。
お互いその場から離れるとさっきまで俺達がいたところが大砲の魔力の弾丸により抉れた。

トーマは俺を見て驚いていた。
俺は大丈夫だとトーマに笑った。

大砲を再びトーマに向ける騎士さんに駆け寄る。

こうする事が一番だと思った。

英雄ラグナロクとの戦いでトーマはとても疲れている。
なのに騎士さんともなんて無理に決まっている。
騎士さんはトーマに殺してもらうように仕向けるためにトーマか、眠ってるノエルを傷付ける危険性が高い。
逃げるにしてもノエルと英雄ラグナロクを担いだら上手く逃げられないだろう。
その無防備な背中を狙われたら終わりだ。

この場の誰もが傷付かない方法がただ一つ、俺がシグナム家に戻る事。
なんとか騎士さんと帰ってトーマが安心して逃げれる時間を作らなくては…
きっと帰ったら父の罰が待ち受けているだろう…それでも俺はトーマ達が傷付けられるよりマシだと思った。 

「姫!必ず、必ず迎えに行くからっ!だから待っていてくれ!」

トーマは俺の考えを理解したのかそう叫んだ。

ポロポロと涙を流しながら必死に頷いた。
…トーマ、君がこのゲームの結末を変えてくれる事を信じて待ってるよ。

騎士さんの傍にやって来て大砲に手を添える。
騎士さんは素直に大砲を下ろした。

「死ぬチャンスはまだいくらでもある」…そう言われたような気がした。
このゲームでアルトが死ぬフラグが多いのは分かってる。
…でも、未来は…ゲームは変えられるとはこの時強く思った。

だって今日死ぬ筈だった英雄ラグナロクはこうして生きてトーマに捕らえられたから…

騎士さんはアルトだけど俺ではないから英雄ラグナロクを見逃した。
俺達はトーマ達に背を向け、歩き始めた。
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