眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

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アルトの力

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目の前にトーマがいた筈なのに、気が付いたら自室のベランダに座っていた。

俺の目の前にはガリュー先生がいた、転送してくれたのか。
ガリュー先生は焦った様子で汗を掻いていた。
ピッピから見てて俺の状況は分かってるから心配掛けてしまった。

説教を覚悟していたら、何も言わずガリュー先生は俺を抱き寄せた。

震えるガリュー先生の背中に手を回す。

「良かった、本当に…」

「心配掛けて、ごめんなさい」

「坊っちゃんが無事なら、それでいい」

俺の肩にピッピが乗っている、いつの間にいたんだろう。
ガリュー先生に強引にズボンを脱がされ、俺は椅子に座り傷の手当てをしてもらう。
いつもは見上げるのに今はガリュー先生を見下ろしている、変な感じがした。

怪我は決して浅いものではなかったと知っているガリュー先生は浅い傷に驚いていた。
多分トーマだと思うが、どうしようか…ピッピがいつからいたのか分からないがもう誤魔化せないだろうか。
ガリュー先生の治癒魔法で痛みが嘘のように引いていく。

「あの、ガリュー先生」

「言わなくていい、坊っちゃんが何故外に行ったのか分かってるから……この傷を治した相手は見ていないが、アイツだろう」

全てお見通しのガリュー先生に何も言えなかった。

ガリュー先生は裏切り者の俺をどうするだろうか、父に突き出す?それとも殺されるのかな。
殺すなら痛みがない方がありがたいな…と考えていた。

不思議とあの騎士達に殺される瞬間より怖くなかった。
ガリュー先生は俺の大切な家族だからかな、ガリュー先生になら俺…

考えが顔に出ていたのだろうか、ガリュー先生はため息を吐きグリグリと俺の頭を少々乱暴に撫でた。

「誰にもこの事を言うつもりはない、だから安心しろ」

「でも俺、敵であるトーマに話しちゃったし」

「寝ている相手に話したって向こうは覚えてないだろう、それに俺はそんな事よりもっと重要な事があるんだ」

「…重要な、事?」

ガリュー先生は立ち上がり俺に顔を近付けた。
びっくりして目を丸くする。

ガリュー先生のその瞳が、その顔がとても真剣でちょっと怖かった。
トーマに作戦がバレるより大事な事っていったいなんだろう。

そういえば騎士さんがいない、まだ話しているのだろうか。
…そちらも気になっていた。

「坊っちゃんって確か、生まれながらに魔力ゼロなんだっけ?」

「え?うん、0歳の魔力検査で魔力なしだって」

「…俺、医者の他に魔力研究所の研究員でもあるんだよ」

それは初めてガリュー先生と会った時に聞いたから知っている。
ガリュー先生は研究員の中でかなり上の人物だと教えてもらった。
子供の頃は何だがガリュー先生がかっこよく見えてキラキラした目で見ていたっけ。
今も尊敬は変わらない。

でもそれは今関係ない話だと思うんだけどと首を傾げる。
ガリュー先生は内緒話をするように小声で「これは研究所内でしか知らない極秘情報なんです」と言われた。

そんな極秘情報を俺なんかが知ってて良いのだろうかと不安だったがガリュー先生は「坊っちゃんは当事者だから特別」と言われた。

また首を傾げる。

「坊っちゃん、もしかして坊っちゃんは…ゼロの魔法使いなのか?」

「……ゼロの、魔法使い?」

何だろうそれ、ゲームにもそんなワードは存在しない。
理解していない俺にガリュー先生は一つ一つ丁寧に説明してくれた。
ゼロの魔法使い誕生の話を…






研究所内に保管されていて研究員と閲覧した数少ない人物以外知られていない存在、それがゼロの魔法使いだった。
当てはまる事はいくらでもあった。

魔力がないなんて普通じゃありえない、でもこうして俺がいる。
キスで魔力を分け与えるのは…もしかしてトーマとキスした時いつも変な違和感があった…これの事だったのか、そう思うと納得してしまう。

でも、悪役で終わる俺がそんな貴重な存在でいいのかと疑問だ。
自分で魔力は使えないから相手に貢ぐための力…

トーマの魔力放出と相性はいいが、キスで…となると力をあげるからキスして!なんて恥ずかしい事言えない。
なんか下心が見え見えの気がして頬が赤くなる。

照れている俺とは反対でガリュー先生は深刻な顔をしていた。

「坊っちゃん、坊っちゃんがゼロの魔法使いだと誰にも言わないで」

「…え?なんで?」

「言い方が悪いけど、坊っちゃんは例えるなら無限で溢れてくる銃の弾丸だ…今まで弾数があって無駄撃ちが出来なかったものが無限に撃てるようになる、シグナム様は坊っちゃんの力を知ったら利用するだろう」

それを想像してゾクッと鳥肌が立った。
もし、利用されたら…俺は人を殺す道具にされる?
直接手は出さなくても俺が補充した力で人が死ぬかもしれない。
それはもしかしたらグランやリカルド…トーマかもしれない。

嫌だ、そんな力……悪い事に使いたくない、使うなら昔話みたいに困ってる人を助ける力になりたい。

父ならきっと利用するだろう、だって父は利用できるものは血が繋がっていても利用するだろう。

「大丈夫だ、俺はたまたま坊っちゃんがトーマ・ラグナロクにキスをして不思議な光が出ているところを見てもしかしてって思ったんだから…それさえ見せなければ、ね」

「…う、ん」

不安げに揺れる俺の頭を撫でて「腹が減っただろ?夕食にしよう」と言ってガリュー先生は夕食を取りに部屋を出ていった。

残された俺は傷一つ残さず綺麗に治った足を眺めていた。
俺の力があればトーマの助けになるかもしれない。
トーマは言いふらす人ではないが、ガリュー先生みたいに誰かに見られて…それが父の耳に入ってしまうと思ったら一歩が踏み出せない。

今日の俺の行動でなにかが変わったならいいけど、寄宿舎の警備が厳重になるくらいだろうかとため息を吐く。

この力、何の意味があるんだ……争いの種になるかもしれないだけじゃないか。

椅子の上で足を曲げて小さくなる。
騎士さんは俺の力を知ってるのだろうか。

いや、多分知らない…騎士さんはゲーム内容しかわからないからゲームに出てきていないゼロの魔法使いの事は知らないだろう。
知ってたら多分、利用されていたからそれは良かったのだろうか。

ガチャと部屋のドアが開いた。
ガリュー先生だと思って椅子から立ち上がった。

「…騎士さん」

「話がある、来い」

今まで何処にいたのか分からない騎士さんが部屋に入ってきたと思ったら俺の返事を聞かずに腕を掴まれ部屋から出された。
強く握られ腕が痛かったが、言える雰囲気じゃなく黙って着いていく。

なんか騎士さん、ちょっとイライラしてる?

何処に連れてかれるのか分からなかったが、いつもの廊下とは雰囲気が違い薄暗い廊下を歩き多分この屋敷の中で一番デカい扉の前に立っていた。

変に緊張しながら騎士さんが扉を開けるのを待っていたら扉を開けてすぐに俺を中に押し込んだ。

足が絡まり転けると騎士さんが続いて入り扉を閉めた。

目の前を見て驚愕した。

広い部屋にいたのはシグナム家の戦闘用の使用人数名と姉と両親が揃っていた。

床に寝たままの俺を騎士さんが服の襟を掴み立たせる。
首が締まりぐえっと変な声が出てしまった、恥ずかしい。

周りは俺なんか眼中になくてすぐに父の方に向いた。

「全員揃ったな、それでは作戦会議を始める」

とうとうこの時が来たようだ。

ゲームの運命が変わる英雄ラグナロク暗殺計画。
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