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43エミリア、いたたまれなくなる

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 アンドーゼ先生が持ってきたのは1枚の紙きれだった。年月を経て、紙は少し黄色く変色している。

「婚約証書・・しかもこれは」
「そうですよ、エミリア様があなたと結婚する為に用意した物です。偶然に私の手に入った物ですが、私はこれを捨てることが出来ませんでした。でも捨てなくて正解でしたね」

 これは小さなエミリア様が前世の僕に渡したものだ。これをどうして僕に? まさか先生は気づいて・・。

「さあこれを持ってもう一度エミリア様と話しなさい、まだ遅くはありませんよ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「せっかくだものモーガン卿もぜひご一緒に!」

 間の悪い事にお母様とお父様がちょうど帰宅した時に、帰ろうとしたアレクと玄関で鉢合わせてしまった。年代物の果実酒を持ってきたアレクを、お母様は夕食に誘ったのだ。


「アカデミー時代からの友人は貴重な存在よね。鉱山事業の方でもエミリアに知恵を貸してくださっているんでしょう? なんて素敵なパートナーかしら!」

 パートナーだなんて、まるで私とアレクが付き合っているみたいな言い方! この先、お母様が何を言い出すか手に取るように分かるわ。

「ご令嬢の手腕も見事ですよ、私の助言などは無いにも等しいささやかな物です。でも公私ともにいいパートナーになれたらという一縷の望みを持って、公爵家に通わせて頂いていますが」

 何てこと! アレクが先に言い出してしまったわ! だめよ、そんな事を言ったらまさにお母様の思うつぼだわ。私はカーティスにだってまだ返事をしていないのに。それにテーブルに用意されたもう一人分の席が気になる。今日のディナーに来客があるなんて聞いてない。

「すみません、遅れました」そう言って入室したのはカーティスだった。

「大丈夫、つい先ほど始めたばかりだ。さ、君もそこへ掛けて」

 カーティスを呼んだのはお父様だった。カーティス家の領地は海に面した場所にある。そこにある港から夫婦で旅に出る計画を、カーティスに相談するためにこの夕食に誘ったらしかった。でもそれなら二人で話し合えばいいものを、よりによってアレクとカーティスが顔を突き合わせることになるなんて。いえ、突然アレクを夕食に招いたのはお母様だわ、お母様の気まぐれなんて昨日や今日に始まった事ではないけれど。

「モーガン卿もいらしていたんですね」

 にこやかな笑みを浮かべてカーティスはモーガンを見たが、果たして心内も同じような気持ちだろうか?

「モーガン卿がねいいワインが手に入ったからと、お裾分けにいらしてくれたのよ。それで急遽ディナーにお誘いしたの」

「うん、確かにいいワインだ。この年は不作だったと思っていたが、いやいやどうして・・」

 お母様もお父様も私の気苦労なんてどこ吹く風ね。

「そういえばモーガン卿からのお裾分けで、騎士団でも菓子を頂きました。そのうちエミリア様のお部屋は、卿からの贈り物で埋め尽くされてしまいそうですね」

 カーティスはアレクが持ってきたワインに口を付けながら言う。物で釣る様な行為はいかがなものか、と暗に言っているのだ。

「僕は闇雲に贈り物をしている訳ではありませんよ。アカデミーで寝食を共にし、お付き合いした中で得たエミリアの趣味や嗜好に合う物を厳選しています」

「お側にお仕えしている年月に至っては、私は誰にも引けを取りません。エミリア様がまだ少女の頃から・・」

「年月ではなく、どれだけ深い愛情を抱いているかの方が大事だと思いますがね」

 あああ、いい年をした二人がなんて子供じみた言い争いを。お母様は面白がってニヤニヤしているし、お父様はまるで聞こえないような振りをして、もくもくと食事を進めている。二人とも、いたたまれない私の気持ちを察してほしいわ!

「それはもちろんです、ですから私は長年の思いを胸にエミリア様に求婚しました!」

 とどめの一発だった。

「まぁ、素敵!」お母様は大喜びで手をぱちん、と叩いた。
「ブフッ、ごほっごほっ」お父様はむせて、スープをこぼしている。

 アレクは「しまった」という顔で、テーブルの上の拳をぎゅっと握った。そして次の瞬間、みんなの視線は一斉に私に注がれた。

「なっ、ど、どうして私を見るのです!」

「エミリア! まさかカーティス副団長の求婚を受けるのか?!」
「まったく、母親にも内緒にしているなんて‥それで、どうなの? エミリア」

「私は・・まだお返事していませんわ!」



 その後、お父様がカーティスに目的の話題を振ってくれたので、私の話は逸れた。お母様もこれ以上からかうと、私が本気で怒ると悟って求婚の話題はやめてくれた。帰り際にアレクは「よく考えてくれ」と「後日僕も正式に挨拶しに来る」を私に言い残した。アレクの事だからきっと2、3日中にやって来るに違いない。

 予想通りにアレクは3日後、公爵邸にやって来た。

 カーティスにチクリとやられたからか、持参したのはいつもに比べると控えめな花束を一つだけ。

「僕が来ることは予告してあったけど、何をしに来たかは予想がついているんだろう?」

「そうね・・」

 なら、話が早いとアレクはジャケットのポケットから無造作に箱を取り出した。

「これは僕の気持ち。またカーティス副団長に何を言われるか分からないが、求婚と贈り物はつきものだからね」

 アレクが箱から取り出したのは大きなパールが中央に飾られたネックレスだった。細かな金細工とパールの周りには青い石が飾られている。私が断る間もなく、アレクは私の首にそれを掛けた。

「ゴールド色の真珠は本当に希少なんだ。本当はもっと早く求婚に来たかったけど、真珠探しに時間をくってしまってね」

「アレク・・これは受け取れないわ。こんな高価な・・」
「そんな事言わないで、エミリア。君がカーティスを選んだとしても、これはちょっと豪華な誕生日プレゼントぐらいに思ってほしい」

 そこへ新人の若いメイドがエレンと一緒にお茶を運んできた。エレンが新人メイドの教育係なのだ。そのメイドが去り際にチラッと私の襟元に視線を走らせた。ゴールドに輝く大粒の真珠に目を奪われたのだろうか。

 アレクはお茶が来てからは、二人の事についての一切を口に出さなかった。仕事の話を少し、他愛ない世間話を少しして暇を告げた。

「僕は諦めの悪い男だって自覚してる、でもこれで最後にするよ」

 部屋を去り際にアレクはそう言って笑った。もう既に半ば諦めたような、吹っ切れたような潔い笑顔だった。

「アレクってば、まだどちらにとも決めていないのに、自己完結してしまって」

 そう思いつつ、私自身にも考える時間が必要だ。二人の事、お父様が私に言ってくれた事・・。考え事をするのにぴったりの場所はあそこしかない。もう少しで日が暮れる時間だが、暗くなるまでには私の気持ちも固まるかもしれない。

 何年か前に雹の被害を受けて半壊した東のガゼボだったが、今は元通りに修復されている。いつもの習慣で本を片手にやって来たが、本の内容は少しも頭に入ってこなかった。

 と、草を踏みしめ駆けてくる足音に振り返ると、騎士団のある方角からルーカスがこちらに向かって走って来た。

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