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19ルーカスその2、エミリアと再会す

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 鏡に映った自分の顔を見た瞬間、ルーカス・ロスラミンとしての7年の人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
 
 私はロスラミン副団長の息子として生まれ変わっていたのか!

 生まれ変わりというものが本当にある事にも驚きだが、まさかこんな身近な所に生まれ変わるとは。しかもメイドが言う年号からするに、私は死んですぐこの体に生まれ変わったらしい。やはり私はアイスゴーレムにやられて死んでいたのだ。

 しかしどうしたものか。ロスラミン副団長は奇妙な顔をして私を見ている。7歳の息子が『鏡を取ってくれまいか』などという喋り方をしたせいだろう。
 
 幸いな事に私の中には新しいルーカスの記憶もしっかりとある。生まれ変わったのならこのルーカスとして生きて行くのが適応した生き方だろう。今は迷っている場合ではない。とりあえずなんとか取り繕わなければ。

「お、お父様‥僕、夢の中で年を取った王様になったんだよ。すごく沢山の家来を従えてた」

 これでなんとか誤魔化せただろうか? こういう喋り方の方がこの様な少年の声に合っているな。だが中身は60過ぎのじいさんだ。違和感がありまくりだ。

「そうだったのか。さあもう少し寝なさい。明日もう一度お医者様に見ていただいて、大丈夫なら家に帰ろう」
「ここはどこなの?」
「ここは騎士団の宿舎だ。私もここに泊まるから安心しなさい」 

 副団長・・お父様は私の毛布を掛け直して部屋を出て行った。

 ここはまだ公爵家の敷地内か。そして夢でなかったという事は先ほどのガゼボに居たのは本物のエミリアお嬢様か。あのガゼボがお好きなのは変わらないのだな、そう思うと笑みがこぼれた。

 あれから7年の歳月が流れたのか。お嬢様はさぞ私を恨んでいるだろう。成長されたお姿をもう一度拝見したいが無理な話か。しかしこの少年が私の生まれ変わりだとは誰も知らないのだから、もし出会ったら挨拶くらいしてもきっと平気だろう。


 翌日私はまた医者に診察を受けた。傷自体、大したことはないが馬車に揺られて帰宅するのはもう1日待った方がいいと言われた。

 もう起きても頭痛はしなくなった。午前中は騎士団の訓練を見学して過ごしたが、昼からはすることがない。暇を持て余した私は公爵邸の庭を散策するうちに、またあの東にあるガゼボに来ていた。

 庭の芝はまだ雨で湿っていて、一足毎に強い草の香りが立ち上る。今日は誰もいない・・。それもそのはず、あの雹の被害でガゼボの屋根には穴が開き、ベンチやテーブルも壊れたり、端が欠けたりして使い物にならなくなっていた。

 近くにあるバードバスは鋳物製で無事だった。だがその隣に設置されていたバードフィーダーは壊れて傾いていた。

「バードフィーダーも壊れてしまったのね」

 後ろで声がして振り返るとスラッとした美しい少女が立っていた。

 プラチナブロンドの髪がふわふわと顔の周りで揺れ、空色の大きな瞳がじっとバードフィーダーを見つめていた。だが陶器の様な白い肌は健在だったが薔薇色の頬は今は血色が悪く、また無表情のせいで人形っぽさが際立っている。エミリアお嬢様だ。

「あっ、あの、わた・・僕は騎士団の副団長をしているロスラミンの息子です」彼女に見とれていた私は慌てて自己紹介した。

 それでもお嬢様はバードフィーダーから目を離さず「そうなのね」とだけ言う。

「ルーカスと言います」そう付け足すと、お嬢様がぴくッと小さく反応してゆっくり私を見下ろした。

「ああ、アンが言ってたわね。雹でケガをしたんですって?」
「はい。ですがもう大丈夫です。お医者様は怪我自体は大したことがないとおっしゃってました!」
「それは良かったわ」

 『良かった』と言ってくれたが無表情のままで感情のこもらない声。とても『良かった』と思っている様には見えない。

「お嬢様はお怪我はありませんでしたか? あの日、ガゼボにいらしたと思いますが」
「よく見ているのね。私は風が強すぎて本を読んでいられなくなったから、すぐ屋敷に戻って無事だったわ」

 私に話しているというよりは独り言を言っているように、今度は壊れたガゼボの屋根を見上げていた。

「もう行かないと‥。ゆっくり休んで行くといいわ」

 お嬢様は最後に少しだけ微笑んで屋敷の方へ行ってしまった。

 7年経ってお嬢様はすっかり成長されていた。背も高くなり、お人形の様な顔以外はまるで別人のようだ。いや、お顔も表情が優れず、やんちゃで茶目っ気たっぷりだったあの頃とは全く違う。

 大人になられたからか? しかし7年経ったとはいえ14か15歳ではまだ少女だ。少しの会話だったが、あまりにも落ち着きすぎていて年齢よりずっと大人びて見える。まさかこの7年の間に何かあったのではないだろうな・・。

 ガゼボの前に突っ立ったまま考えていると、メイドが庭師を連れてやって来た。

「ベン、これなの。直せるかしら?」

 メイドはエレンだった。どうやらバードフィーダーの修理をさせたいらしい。彼女もぐっと大人になったな。以前はまだ少女の面影が残るメイドだったが、もうすっかりベテランの顔をしている。

「あら、こんにちは。あなたは‥」
「僕、ロスラミン家のルーカスと言います」
「まあ・・副団長様のご子息ですのね。もう起き上がって平気なのですか?」

 エレンにもお嬢様にしたと同じ説明をした。そんな事よりも私はお嬢様の様子の方が気にかかって仕方ない。まだここで働いているエレンならお嬢様の事をよく知っているだろう。

 ベンという庭師は壊れたバードフィーダーを外して言った。「これはもう古くなってますから新しく作り直した方がいいでしょう。早速取り掛かります」

 ベンが去るとすぐ私はエレンにお嬢様の事について質問してみた。

「ルーカス様がどうしてお嬢様の様子を元気がないと思われたか分かりませんけど・・」

 確かに。初対面なのになぜかと不思議に思うのも無理はない。普段からああいう素っ気ない人もいるのだから。それでも私は食い下がった。

「もう5年以上昔ですけれど、お嬢様がとても慕われていた執事がいたんです。でもその方は突然お屋敷をお辞めになって‥元々魔物討伐団の剣士でこの国の英雄と謳われた方だったんですが、また戦場に戻ってしまわれて・・」


 私の戦死の知らせを受けてから、エミリアお嬢様は人が変わったようになってしまったとエレンは話してくれた。滅多に笑わなくなり、ほとんどの事柄に興味を示さなくなったという。

「ウォーデンさんが辞めてすぐ、お嬢様の8歳のお誕生日が来たんです。今年のバースデーケーキは2段の特大ケーキにすると喜んでおられたのに、当日はケーキを一口しか召し上がらずにお部屋でふさぎ込んでしまって。戦死を知らされた時はもうほんとに・・見ていられませんでしたわ」

 何という事だ。お嬢様があんな風に無気力な様子になってしまったのは全て私のせいなのか!

 私がお嬢様の為と思ってお傍を離れたのは間違いだったのか? 時が経てば私の事など忘れてしまうというのは浅慮だったのか? だがあの状況ではあれが最善の選択だと信じていた・・いやしかし・・。


 騎士団の宿舎に戻ってからも私はずっと考え続けていた。

 私に責任がある事は間違いない。私はお嬢様の笑顔を取り戻したい。いや、なんとしてでも取り戻さなければいけない!

 きっとそれが私が生まれ変わった理由に違いない!
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