上 下
16 / 45

16ルーカス、願う

しおりを挟む

 私がエミリア様付きの執事に任命された辺りから、なんとなくおかしいと気づいていた。

 エミリア様に初めてお会いした時、あんな風に我がままで横暴で、怒り出すと狂暴になるのは寂しさのせいだと私はすぐに分かった。私がまだ子供の頃、隣家の末っ子がエミリア様と同じような境遇で、やはり寂しさからよく悪さをしていた。少し年上だった私も、その子供じみたいたずらの被害にあって辟易したものだ。

 父親のダーモットは軍人で家に居ないことが多く、母親は公爵としての務めや社交行事にしか興味がなく、娘にはほとんど見向きもしない。娘は自分の子供というより、公爵家を引き継がせるひとつの駒の様にしか思っていないのだろう。

 ダーモットが酒に酔った時に少しだけ夫婦の関係について漏らした事がある。
 リタにとって自分は都合のいい種馬であって、ただそれだけなのだと。彼は傷付いている様に見えた。本当はリタの事を愛していたのだろう。しかし彼女はそうではなかった。

 開き直って愛人を作ったりする男も多いが、真面目なダーモットは浮気などはせずに軍人としての仕事に没頭する事を選んだ。

 その結果ダーモットは娘を愛しているが、娘に会いたい気持ちよりリタと顔を突き合わせて自分が傷付く方を恐れたのだろう。休暇になっても公爵家に戻らない事が多かった。


 愛情に飢えているなら与えてやればいい。本質はとてもいい子だ。そう思って接したのがいけなかったのだろうか。

 好みの女性像を質問された辺りで、それは確信に変わった。だが所詮は子供だ、優しくされて嬉しい気持ちを愛情と混同したのだろう。たとえ本当に好意を持っていたとしても、いずれは自分に見合った相手を好きになり私の事は忘れるだろうと思っていた。

 しかし私の考えは甘かった。婚約証書まで持ち出して私と結婚するなどと言い出すとは!

 なんとかしてお嬢様を避けたがそれにも限度がある。偽の恋人を作って見たがすぐバレてしまった。

 お嬢様はとてもいい子だ。本当はとても繊細で心優しいのだ。見た目もさることながら、7歳の子供が大人びた口調で話すところも可愛らしい。

 あんな風に真っすぐな気持ちをぶつけられて、あの子に惹かれない人はいないだろう。私も釣り合う年齢だったら簡単に恋に落ちていたかもしれない。

 だがやはり私のような60過ぎの年寄りを好きになってはいけない。公爵家を捨てて駆け落ちするなど、とんでもない話だ。
 だがそれを実行してしまいそうな程の行動力があるのもまた事実で不安になった。

 だから私は最後の手段に出た。

 言い寄られて迷惑だ、私は実はお嬢様を嫌っていると突き放したのだ。
 これでお嬢様は随分と傷付いてしまうだろう。だが私の様な人間の為に人生を台無しにするよりはましだ。

 そして何事もやるなら徹底的にだ。

 私は公爵家を辞して、また戦場に戻って来た。無論、ダーモットは猛反対した。だが私は死ぬなら戦場で死にたい、ベッドの上で孤独な老人としてではなく、剣士として最後まで国に尽くして死んでいきたいと訴えた。

「あなたにそこまで言われてしまっては私はもう止める言葉が浮かんできません」そうダーモットはうなだれた。

 もちろんダーモットは娘の想いを知らない。それでいい。私がいなくなれば、私に対する執着も手放さざるをえなくなる。まだ幼いエミリア様だ、時が経てばこんな老いぼれの事は忘れるだろう。

 ダーモットにはもっと家に帰り、娘を可愛がれときつく言い渡した。私などより父親が傍に居て愛情を注いでやるほうが数倍いいに決まっている。

 さて・・戦場ではいつ何があるか分からない。だから手紙のひとつ位は残しておこうか。

 私は備品入れから便箋を取り出し、短い手紙を書き始めた。



「ギリゴール卿、物凄い数の魔物が押し寄せて来ていると連絡が入りました。前線は危険です。どうか後方支援に回って下さい」

 伝令の情報を伝えに司令官がわざわざ私の元にやって来た。

 大量発生の周期が早まったのかもしれぬ。この基地にソードマスターはもう一人いるが、魔物の大軍勢に一人では厳しい戦いを強いられるだろう。

「ここで引き下がってはソードマスターの名が廃る。私は最後まで皆の為に戦うぞ」
「・・では、お支度を手伝います!」

 司令官の後から入って来た戦士が、私に篭手を装着したりして戦の準備を手伝ってくれた。だが本心では無茶をすると思っているのだろう。その横顔には不安の影が差している。無理もない事だ。ソードマスターとはいえこの左足だからな。

 まだ若い・・20歳を過ぎたばかりだろうか。次の世代を担っていく若者よ、どうかこの老骨の戦いぶりを目に焼き付けておいて欲しい。



 魔物の軍勢は討伐隊の基地のすぐ傍まで進行して来ていた。
 魔物はアイスゴーレムの群れでこちらのソードマスターは水使いだ。アイスゴーレムは彼の攻撃のほとんどを凍らせてくるので相性が悪い。

 しかもアイスゴーレムの冷気で周囲の温度が下がり、他の戦士たちの動きも鈍い。仲間がどんどん氷漬けにされて行っている。

 大量発生への援軍の到着はまだしばらくかかるだろう。なんとか踏ん張るしかない。

 ゴーレムが飛ばしてくる氷塊を避けつつ雷撃を繰り出す。だが日が暮れかかり足元の水溜りが凍っていた事に私は気づかなかった。

 バランスを崩して片膝をついた所へ、ゴーレムの硬い拳の強烈な一撃が脳天を砕いた。私はそのままくずおれた。

 意識が遠ざかる。周囲の喧騒が聞こえなくなってきた‥。私は私の望み通り戦場で命を散らすことになったのだな。そうだ、これでいい。そう思いながら目を閉じると、誰かの笑顔が浮かんできた。幼いながらも時折見せる大人びた笑顔。それから・・ああ、拗ねてふくれっ面をした顔も可愛い。

 私の望み通り‥いや、私の本当の望みはあの子の幸せだ。どうか神がいるなら私の最後の望みを聞いて欲しい。

 どうかエミリア様に幸せが訪れますように。どうか・・どうか・・・・・。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん
恋愛
 人の心を持たない美しく残酷な公爵令息エリアスト。学園祭で伯爵令嬢アリスと出会ったことから、エリアストの世界は変わっていく。 ※残酷な表現があります。苦手な方はご遠慮ください。ご都合主義です。笑ってご容赦くださいませ。 *R5.1/28本編完結しました。数話お届けいたしました番外編、R5.2/9に最終話投稿いたしました。時々思い出してまた読んでくださると嬉しいです。ありがとうございました。 たくさんのお気に入り登録、エール、ありがとうございます!とても励みになります!これからもがんばって参ります! ※R5.6/1続編 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛 投稿いたしました。再度読み返してくださっている方、新たに読み始めてくださった方、すべての方に感謝申し上げます。これからもよろしくお願い申し上げます。 ※R5.7/24お気に入り登録200突破記念といたしまして、感謝を込めて一話お届けいたします。 ※R5.10/29らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R5.11/12お気に入り登録300突破記念といたしまして、感謝を込めて一話お届けいたします。 ※R6.1/27こちらの作品と、続編 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れる程の愛(前作) の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.10/29に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R6.11/17お気に入り登録500突破記念といたしまして、感謝を込めて一話お届けいたします。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...