上 下
11 / 45

11エミリア、作戦を開始する

しおりを挟む

 よし、そうと決まったら行動あるのみ! ルーカスにはあたしの事を好きになって貰うわ!

 まずはあたしと一緒にいる時間を増やさなくちゃね。



「お母様、ルーカスをあたし付きの執事にして下さい」
「えっ、ウォーデンさんを? 何故かしら?」

「チャリティイベントの日、ルーカスはあたしを助けてくれました。そのお礼に執事見習いからあたし付き執事に昇格させてあげたいんです」

 お母様に対する言い訳はちゃんと前もって考えて置いたわ。

「そうね、ウォーデンさんが屋敷に来てからもう1年近くになるし執事見習いは卒業してもいい頃ね」
「じゃあ!」

「・・でもエミリア付きの執事にする必要はないわ。あなたにはアンがいるでしょう?」
「アンは最近ずっと忙しいんです。だからもう一人必要です!」

「そうねぇ、ではアンがまた通常に戻るまでの処置としましょう」
「ありがとうございます!」

 ルーカスをあたし付きの執事にしてもらった日、さっそくお茶の支度をルーカスに任せる事にした。

「ルーカスもそこに座って」

 お茶をカップに注いでいたルーカスは少し驚いた顔をした。

「一緒にお茶をしようって言ってるの」

「執事と向かい合ってお茶をするのですか?」

「そうよ。あたしがそうしたいんだもの、いいじゃない」

 これは作戦その1。名付けて『優しくしてあげる!』よ。誰だって優しくされたら嬉しいもんでしょ。

「ルーカスはどのケーキが好き? あたしが取ってあげるわ」
「ケーキですか。わたしはあまり甘い物は好みませんから・・」

「せっかく! せっかくあたしがっ!」
「あっ、では‥そのチーズケーキを」

 チーズケーキは3段構えの大きなケーキスタンドの真ん中にあった。

 取ろうと手を伸ばしたけど届かない。椅子から立ち上がっても微妙に届かない。あたしは椅子の上に立って精一杯腕を伸ばし、ケーキ用のトングでチーズケーキをお皿に移そうと頑張った。

 ケーキはかろうじて掴めた。でもケーキをお皿に乗せようとした瞬間、足元がぐらついた。

「あっ」

 椅子の上でバランスを取ろうと腕を振り、踏ん張ったおかげで転ぶことはなかった。トングもしっかり握ったままだ。

「ふう~危なかった。あれっケーキがない!」手にしたトングの中にケーキがない!

 目の前のルーカスはあたしが椅子から転びそうになって慌てて立ち上がっていた。あたしがキョロキョロとケーキを探しているとルーカスが立ったまま言った。

「こちらに・・」

 ルーカスの指さす方へ視線を移すと・・あああああ、ルーカスの頭の上に崩れたチーズケーキが見事に乗っかっていた。

 苦笑いしているルーカスは頭の上からチーズケーキを取って自分のお皿の上に戻した。

「お嬢様はどれがよろしいですか? お嬢様の分は私がお取りしましょう」

 頭の上にケーキの欠片を付けたままなのにルーカスは優しく言った。カァァ~~ッ! また自分の顔が赤くなっているのが分かる。

 だめじゃない、あたしを好きになって貰う為に優しくしてるのに、あたしがもっと好きになってるじゃない!



 次よ、次! 作戦その2、『これ受け取って!』プレゼント作戦よ! 優しくするといっても分かりにくいわ。やっぱり形で表すのが大事よ!

 ルーカスが欲しい物をプレゼントして喜んで貰うわ! でも何が欲しいのか分からないわね・・。

「ねえルーカス、この公爵家に来て1年が過ぎたけど何か困ってることは無い? 足りない物とか・・」
「特に無いですね」

 そ、即答なの? それじゃあたしが困るのよ!

「服はどう?」
「制服がありますし、普段着は少しで足ります」

 女だったら宝石やら流行のドレス、化粧品に香水やあれやこれや‥欲しい物が沢山あるけど、男の人の欲しい物なんてさっぱりだわ・・。

「じゃあ・・懐中時計とか指輪はどう?」
「宝飾品は身につけないですね。仕事の邪魔になりますから。懐中時計は1つ持っています。ひとつあれば十分ですからね」

「何か・・何か欲しい物はないの?」
「そうですねぇ・・」

 ルーカスは考え込んで、何度も首を左右に捻っている。

 じゃあもう仕方ない、最後の手段。現金よ、現金!

「お給金は足りてるの? 貯金をしたらお小遣いが全然ないとかじゃないかしら?」

 でも彼は余裕の笑みを浮かべて言った。「貯金は十分あるんです。以前の仕事では使う事がほとんど無くて貯まる一方でしたから」

 あああ~これじゃあプレゼント作戦も失敗に終わりそうね。あたしがガックリしてるとポンっとこぶしで手の平を叩いてルーカスが言った。

「そうだ! ひとつありましたよ!」
「えっ、何? なに?」

「グリーンにあげるリンゴが足りないのです」

 え? リンゴなの? それにグリーンって誰?

「グリーンはお嬢様のポニーの名前です。グリーンはリンゴが好物なのですが、青りんごしか食べないので、それを探すのに苦労しています」

 あのポニーの名前も知らなかったけど馬にそんな食べ物の趣向があるなんてもっと知らなかったわ。
 とりあえずルーカスが青りんごを探しているならそれをプレゼントするしかないわね。


 翌日あたしはエレンを従えて街の市場へ繰り出した。
 果物なんて普通なら公爵家出入りの業者に依頼したり、従者に買いに行かせたりするものだけど、そこは自分の足で買いに行かなくちゃね。あくまでもあたしからルーカスへのプレゼントなんだから。

 ・・・・でも。

「青りんごってこんなに売ってないのぉぉ」

 あたしとしたことが青りんごを甘く見ていたわ! 屋敷から一番近い街で探してみたら1個も無いなんて!

「平民の間ではどちらもよく食べるんですけど、貴族社会では赤いリンゴしか食べないらしいんです。公爵家の屋敷は王城に近しい都市部にありますから、貴族向けに赤いリンゴばかり置いているみたいです」

 八百屋から聞いて来た情報をエレンが教えてくれた。

「もう少し大きな市場へ行くわよ。見つけるまでは帰らないわ!」

 城下町には大きな市場が幾つもある。以前、首輪を買いに来た宝飾品店も城下町の店だ。

 市場の八百屋を巡る事2軒、3軒、4軒目でやっと一箱の青りんごが見つかった。小ぶりのリンゴが24個入っている。本当はもう一箱欲しかった。でも広い城下町を歩き回ってあたしはへとへとに疲れていた。

「今日は一箱で勘弁してやるわ。待ってなさい青りんご! 次は絶対2箱見つけてやる!」

 4軒目の八百屋を出ようとした時ふと棚に並べられた瓶に目が行った。ジャムの瓶だ。

「ねえエレン、このジャムも買うわ。色んな種類を混ぜて10個包んでもらって頂戴」

 会計を済ませたエレンはジャムが入った箱を抱えて出て来た。

「あ、あそこに馬車が迎えに来ていますね。ジャムも積み込みます」

 瓶詰の重いジャムの積み込みを手伝った御者が、帰宅の確認をしてきた。

「ううん、まだ帰らないわ。この前に行った宝飾品店の辺りまで行って頂戴」

 目的地に着くとあたしは御者とエレンにお使いを頼んだ。

「あそこに花屋があるでしょ? その裏の家にこのジャムを届けて欲しいの。パンをご馳走になったお礼に、って言っといて」

 エレンも御者も不思議そうな顔をしていた。でも戻って来るなりエレンは興奮気味に話し始めた。

「とても喜んでいましたよ! お嬢様位の年頃の男の子と妹だという小さな子が『ジャムだ~!』って飛びあがって喜んでました。母親は何度も何度も頭を下げて・・私は使いで来ただけですからと言ったら、お嬢様によろしくお伝えくださいと言ってました」

「しばらくは日曜以外にもジャムを食べられそうね」
「えっ?」
「なんでもないわ。さ、帰るわよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

結婚相手が見つからないので家を出ます~気づけばなぜか麗しき公爵様の婚約者(仮)になっていました~

Na20
恋愛
私、レイラ・ハーストンは結婚適齢期である十八歳になっても婚約者がいない。積極的に婿探しをするも全戦全敗の日々。 これはもう仕方がない。 結婚相手が見つからないので家は弟に任せて、私は家を出ることにしよう。 私はある日見つけた求人を手に、遠く離れたキルシュタイン公爵領へと向かうことしたのだった。 ※ご都合主義ですので軽い気持ちでさら~っとお読みください ※小説家になろう様でも掲載しています

処理中です...