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園田さん
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翌朝、結花はずっと馨と口をきかなかった。
馨もあえて結花をそのままにしておき、仕事に出掛けた。
「おはようございます社長。本日の予定は・・」涼は普段と何も変わった様子がない。
「涼、ツリーは届けてくれたか?」
「ええ、ちょっと予定外で結花ちゃんと一緒に行くことになりましたけど・・。あれ、結花ちゃんクッキーを持って帰りませんでした?」
「クッキー? 分からないな。昨日は結花の機嫌を損ねてしまってな」
「どうしたんですか? 兄妹喧嘩なんて珍しいですね」
「お前が沙耶と付き合ってるのは俺のせいだとさ」
「えええっ、何ですって! 僕が沙耶さんと付き合ってる? どうしてそんな話になるんですか」
「それは俺が聞きたい。沙耶本人が結花に話したそうだが」
初めは質の悪い馨の冗談だと思っていた涼は真顔になった。
「沙耶さんが正確には何と言ったか聞きました?」
「ああ。沙耶が涼の母親の事を思い出した話から始まって、涼が恋人だったから思い出せたのかもしれないと言う様な事を言っていたらしい」
「僕が沙耶さんにとって特別な人だから僕の母の事を真っ先に思い出したんだと、そういう事ですか?」
「そう結花は受け取ったし、沙耶も否定しなかったらしい」
「まるで記憶を失う前から僕と沙耶さんが恋人同士だったような言い方ですね。それは絶対にないですよ。というか現在も僕と沙耶さんはそういう仲ではないですからね。嫉妬に狂って僕を殺さないで下さいよ」
「なっ・・しかしどうも話がおかしな方向に行ってるな」
「あっ、そういえば昨日マンションに行った時、高野景子が居ましたよ。時々泊まりに来ていると言ってたな」
「「まさか」」二人同時に発した言葉はお互いの考えを皆まで言わずとも理解できる一言だった。
「どうしますか? 沙耶さんに直接、高野景子から何を吹き込まれたか確認しないと・・」
「そうだが・・沙耶が混乱してしまうだろうな」
「このまま僕が恋人だと勘違いしてるほうが問題ですよ」
色々話さなければいけない事が沢山あったが今の馨にはその時間が足りなかった。
京都に新しくホテルを建設中なのだが、外資系のホテルが数ブロック先に同じくホテルを建設予定であからさまに妨害めいた宣伝工作などを仕掛けて来ているのだ。
一番問題なのはこのホテルの目玉としてロビーに装飾予定の大きな絵画の件だった。契約書に不備があったため馨のホテルに納入予定の絵画がライバル先のホテルに横から買われてしまったのだ。
ホテルの竣工ははまだまだ先だったがロビーの大きな壁一面を埋める絵画の作成をこれから頼んだのでは間に合わない。絵画ではない別の物にするにもなかなかいいアイデアが出ず暗雲低迷が続いていた。
「京都色を前面に打ち出すホテルのコンセプトに基づいて、西陣織のタペストリーを飾るのはどうでしょうか?」
「京縫と組み合わせる案も出てます」
「京組紐と京扇子の組み合わせだとロビーのテーマカラーと合わせ易く、短期間での発注が見込めます」
どの案も馨が現地に行って実際に見ないことには話しが進まなかった。写真や動画では質感が得られず、実物を見てみると全く色が違ったりしていたからだ。
________
今日も京都から帰ってきた馨は疲労感を抱えながらリビングでひと息ついていた。
「旦那様、お夕食の支度が整いました。食堂へどうぞ」
リビングに入って来たのは60代位の温厚そうな女性だった。
「ああ、ありがとう。あれ、あなたは初めてお会いしますね?」
「はい、先週から通いで週4日来ています、園田と申します。よろしくお願いします」
そうだった。前の料理人は娘さんの出産を機に辞めたんだったな。
食堂に行くと結花と義久が食事をしていた。あれ以来結花は馨に冷たく当たっていた。
「園田さん、お茶をもう1杯貰えるかな?」
「あ、私も欲しいな」食べ終わった結花はスマホを取り出して見ている。
「はい、どうぞ」園田が暖かいお茶を供していると、結花のスマホが目に入ったのか、ふとその手が止まった。
「あら、今の写真・・」
「ん? これ?」結花がスワイプすると園田はその写真を食い入るように見つめた。
「この方、沙耶ちゃんに似てるわ・・」
「え、園田さん 沙耶さんを知ってるの?」
「ああ、やっぱり沙耶ちゃんなのね。私、10年ほど前に高野さんと言うお宅で家政婦をしてまして」
馨も義久もこの偶然に目を丸くした。
「ええーーじゃあ園田さんは沙耶さんの子供の頃を知ってるんだ?」
「ええ、とても素直で可愛らしいお嬢さんでね。でも・・」園田は表情を曇らせ、何かを言い渋っていた。
「園田さん、沙耶さんは我々にとって大事な家族なんだ。沙耶さんについて何か知っているなら教えてくれないかね?」義久は優しい口調だがはっきりと要求した。
「沙耶ちゃん、高野家では使用人のような扱いでした。家の雑用から和菓子屋の掃除、景子ちゃんの面倒も沙耶ちゃんがやっていたし(同い年なのに)食事もみんなの残り物で栄養状態も悪く、ひどい有様でした。私が見るに見かねてこっそりおやつをあげたり、掃除を手伝ったりしているのがバレて私はクビになりました」
そこで彼女は大きなため息をついた。「だから高野家を辞めた後もずっと沙耶ちゃんの事が心配だったんです」
「想像していたよりずっと酷いな・・」
「まさか・・大人になってからもなのかな?」結花が信じられないといった顔つきで言った。
「園田さん、話してくれてありがとう。沙耶さんの近況はまた今度話してあげよう。とりあえず今は五瀬家の庇護のもとで暮らしているから経済面では問題ないだろう」
義久は厳しい表情をしていた。「馨、これは色々と調べてみる必要があるな」
馨も強く頷いた。
馨もあえて結花をそのままにしておき、仕事に出掛けた。
「おはようございます社長。本日の予定は・・」涼は普段と何も変わった様子がない。
「涼、ツリーは届けてくれたか?」
「ええ、ちょっと予定外で結花ちゃんと一緒に行くことになりましたけど・・。あれ、結花ちゃんクッキーを持って帰りませんでした?」
「クッキー? 分からないな。昨日は結花の機嫌を損ねてしまってな」
「どうしたんですか? 兄妹喧嘩なんて珍しいですね」
「お前が沙耶と付き合ってるのは俺のせいだとさ」
「えええっ、何ですって! 僕が沙耶さんと付き合ってる? どうしてそんな話になるんですか」
「それは俺が聞きたい。沙耶本人が結花に話したそうだが」
初めは質の悪い馨の冗談だと思っていた涼は真顔になった。
「沙耶さんが正確には何と言ったか聞きました?」
「ああ。沙耶が涼の母親の事を思い出した話から始まって、涼が恋人だったから思い出せたのかもしれないと言う様な事を言っていたらしい」
「僕が沙耶さんにとって特別な人だから僕の母の事を真っ先に思い出したんだと、そういう事ですか?」
「そう結花は受け取ったし、沙耶も否定しなかったらしい」
「まるで記憶を失う前から僕と沙耶さんが恋人同士だったような言い方ですね。それは絶対にないですよ。というか現在も僕と沙耶さんはそういう仲ではないですからね。嫉妬に狂って僕を殺さないで下さいよ」
「なっ・・しかしどうも話がおかしな方向に行ってるな」
「あっ、そういえば昨日マンションに行った時、高野景子が居ましたよ。時々泊まりに来ていると言ってたな」
「「まさか」」二人同時に発した言葉はお互いの考えを皆まで言わずとも理解できる一言だった。
「どうしますか? 沙耶さんに直接、高野景子から何を吹き込まれたか確認しないと・・」
「そうだが・・沙耶が混乱してしまうだろうな」
「このまま僕が恋人だと勘違いしてるほうが問題ですよ」
色々話さなければいけない事が沢山あったが今の馨にはその時間が足りなかった。
京都に新しくホテルを建設中なのだが、外資系のホテルが数ブロック先に同じくホテルを建設予定であからさまに妨害めいた宣伝工作などを仕掛けて来ているのだ。
一番問題なのはこのホテルの目玉としてロビーに装飾予定の大きな絵画の件だった。契約書に不備があったため馨のホテルに納入予定の絵画がライバル先のホテルに横から買われてしまったのだ。
ホテルの竣工ははまだまだ先だったがロビーの大きな壁一面を埋める絵画の作成をこれから頼んだのでは間に合わない。絵画ではない別の物にするにもなかなかいいアイデアが出ず暗雲低迷が続いていた。
「京都色を前面に打ち出すホテルのコンセプトに基づいて、西陣織のタペストリーを飾るのはどうでしょうか?」
「京縫と組み合わせる案も出てます」
「京組紐と京扇子の組み合わせだとロビーのテーマカラーと合わせ易く、短期間での発注が見込めます」
どの案も馨が現地に行って実際に見ないことには話しが進まなかった。写真や動画では質感が得られず、実物を見てみると全く色が違ったりしていたからだ。
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今日も京都から帰ってきた馨は疲労感を抱えながらリビングでひと息ついていた。
「旦那様、お夕食の支度が整いました。食堂へどうぞ」
リビングに入って来たのは60代位の温厚そうな女性だった。
「ああ、ありがとう。あれ、あなたは初めてお会いしますね?」
「はい、先週から通いで週4日来ています、園田と申します。よろしくお願いします」
そうだった。前の料理人は娘さんの出産を機に辞めたんだったな。
食堂に行くと結花と義久が食事をしていた。あれ以来結花は馨に冷たく当たっていた。
「園田さん、お茶をもう1杯貰えるかな?」
「あ、私も欲しいな」食べ終わった結花はスマホを取り出して見ている。
「はい、どうぞ」園田が暖かいお茶を供していると、結花のスマホが目に入ったのか、ふとその手が止まった。
「あら、今の写真・・」
「ん? これ?」結花がスワイプすると園田はその写真を食い入るように見つめた。
「この方、沙耶ちゃんに似てるわ・・」
「え、園田さん 沙耶さんを知ってるの?」
「ああ、やっぱり沙耶ちゃんなのね。私、10年ほど前に高野さんと言うお宅で家政婦をしてまして」
馨も義久もこの偶然に目を丸くした。
「ええーーじゃあ園田さんは沙耶さんの子供の頃を知ってるんだ?」
「ええ、とても素直で可愛らしいお嬢さんでね。でも・・」園田は表情を曇らせ、何かを言い渋っていた。
「園田さん、沙耶さんは我々にとって大事な家族なんだ。沙耶さんについて何か知っているなら教えてくれないかね?」義久は優しい口調だがはっきりと要求した。
「沙耶ちゃん、高野家では使用人のような扱いでした。家の雑用から和菓子屋の掃除、景子ちゃんの面倒も沙耶ちゃんがやっていたし(同い年なのに)食事もみんなの残り物で栄養状態も悪く、ひどい有様でした。私が見るに見かねてこっそりおやつをあげたり、掃除を手伝ったりしているのがバレて私はクビになりました」
そこで彼女は大きなため息をついた。「だから高野家を辞めた後もずっと沙耶ちゃんの事が心配だったんです」
「想像していたよりずっと酷いな・・」
「まさか・・大人になってからもなのかな?」結花が信じられないといった顔つきで言った。
「園田さん、話してくれてありがとう。沙耶さんの近況はまた今度話してあげよう。とりあえず今は五瀬家の庇護のもとで暮らしているから経済面では問題ないだろう」
義久は厳しい表情をしていた。「馨、これは色々と調べてみる必要があるな」
馨も強く頷いた。
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