上 下
20 / 52

義久の失言

しおりを挟む
 その週の日曜に結花と沙耶は買い物に出掛けた。自宅の前で記者が待ち構えていたが、沙耶が男性に変装して出掛けたおかげで気づかれずにやり過ごす事が出来た。

「あんなに沢山いるとは思わなかったね」
「帰りもこの作戦でいけるかちょっと不安ね・・さてと、まずは洋服からね」

 沙耶は人の洋服を見立てるのは気が楽だった。単に相手を素敵にしてあげればいいのだ。景子にとやかく言われることもない。

「あっ、これ可愛い。でも私に似合うかな?」
「どれ? ほんとだ可愛いね。結花ちゃんに似合うわよ、色はこっちのほうが顔色がよく見えるみたい」

 色んなショップを回って持ちきれない程の買い物を二人は楽しんだ。結花の買い物のはずが、勧められるままに沙耶も何着か購入してしまった。

 今回は結花と沙耶が二人で買い物に行くと知った義久が結花にクレジットカードを貸し与えたのだ。「好きなだけ、買ってこい」と。

 結花はこんな風に買い物を楽しむのは初めてだった。買い物の合間にカフェでひと息つきながらスイーツを食べたり、ファッション雑誌を見て話題のショップに足を運んだりした。

「もうこんな時間だね。楽しくて時間を忘れるってこういう事なんだね!」
「私も結花ちゃんと一緒でほんとに楽しかったわ。2軒目のカフェには絶対また行きましょうね」


 帰りは念のため沙耶は裏口から入ろうとしたが、裏口にも記者は張っており沙耶は二人の記者に捕まってしまった。片方の男がフラッシュを放ちながら沙耶の写真を撮っている。

「五瀬馨さんと結婚された石井沙耶さんですよね? ちょっとお話聞かせていただけませんか? アメリカで出会ったというのは事実ですか?」

「すみませんが、ノーコメントでお願いします」

 沙耶は中に入ろうとしたが記者は執拗に声をかけてきた。

「ちょっとでいいんです、出産のご予定日は? 妊娠してらっしゃるそうですが?」

 馨に言われた通り、それ以上は何も言わずに記者を振り切って沙耶は門を閉めた。


 裏口からは離れがすぐそこで、騒ぎを聞きつけて義久が出てきた。

「沙耶さん、大丈夫かい?」
「はい、ある事ない事を聞かれてびっくりしましたけど」

「マスコミには自粛するように私から声をかけておくから安心しなさい。・・せっかくだから少し歩こうか」

 義久は先立って静かな日本庭園の小道を歩き出した。池の鯉がたてる水音が時々聞こえてくる。

「ここでの生活には慣れたかね?」
「はい、人に作って貰う朝食がこんなに美味しいなんて知りませんでした!」

「ほう? 朝食かね。ハハハ、面白い感想だな。馨はちゃんと君を気にかけているかな?」
「はい。私には勿体ないほど・・」

「そうか、なら良かった。・・昔話になるが、私は仕事人間であまり家族を顧みなかった。五瀬家は古い家柄でね、昔から事業を手広くやって成功していたが、馨が生まれる前にはじけたバブル経済の影響を五瀬グループも少なからず受けた。私の代でこの家を没落させる訳にはいかないと必死でね」

「大変な時期だったんですね・・」

「ああ。ようやくひと段落ついてほっとしていると今度は無理が祟ったのか馨の母親が倒れてね、そのまま帰らぬ人となってしまった。悪い事は続くものでグループ会社のひとつがまた傾き始めてね、色々なしがらみから取引先のご令嬢と再婚することになってしまったんだが、母親を亡くしてまだ2年も経っていない馨には理解できない事だったようだ」

「それが結花さんのお母様なんですね?」

「そうだ。馨は新しい母親に懐かなくてね。あの女、真矢は家柄も良く教養も高かったが気位も高くてね、私の知らない所で随分と馨を虐めていたようなんだ。だが私はそれを知っていながら何も手を打たなかった。結花が生まれてからも馨は継母に執拗にいじめられ、支配的な母親の下で結花もすっかり母親に逆らえない子になってしまった」

 義久の手にぐっと力が入った。関節が白く浮き出る程その拳は固く握られていた。

「だから馨はあんな病気になってしまったんだよ」
「えっ、馨さんはどこかお悪いんですか?」

「むぅ、沙耶さんは・・。これはしまったな、君はてっきり馨の病気の事を知っている物だとばかり・・」
「すみません、私何も知らなくて‥でも馨さんが病気なら、何か私が出来る事は無いんでしょうか? 馨さんの病気ってどんな病気なんですか?」

 沙耶は必死になって義久に尋ねた。命に係わる深刻な病気だったらどうしよう・・その顔にはそう書いてあった。

「ううむ、私から話していいものか。だが馨の状態は以前よりずっと回復しているように見えるしな・・。沙耶さん、馨は女性恐怖症なんだよ」

「えっ?! 女性恐怖症です‥か?」

「そう、女性と話すのが苦手だったり、近くに女性がいると緊張して動悸が起きたり具合が悪くなったりする。継母に虐められたトラウマのせいだ」

「私と一緒にいて大丈夫なんでしょうか・・」
「それは本人にしか分からんが、傍から見てる分には平気に見えるな。無理している様には見えない」

「そうですか・・」
「こんな事を言っておいてなんだが、あまり気にしない事だ。馨が君に話してないのは何か理由があるからだろう。いつも通りに振る舞ってやってくれないか?」

「はい・・分かりました」

 そうは言ったものの、沙耶の心のうちは複雑な思いが交差していた。

(契約結婚にしたのはそういう理由からだったのね。でもどうして話してくれなかったのかしら。それに朝の見送りの時だって・・)

 あれから朝の見送り時には毎日馨の頬にキスしている事を想いだした沙耶は自分が恥ずかしくなってしまった。

(きっと馨さんは嫌だったに違いないわ。誰も見ていないからキスする必要なんてなかったのに・・。私が何も知らないから耐えてくれてたんだわ)

「これからは気を付けよう」一緒にいる間、馨に不快な思いをさせたくない。そう沙耶は呟いた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」 そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。 「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」 「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」  外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります

みゅー
恋愛
 私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……  それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

私、異世界で獣人になりました!

星宮歌
恋愛
 昔から、人とは違うことを自覚していた。  人としておかしいと思えるほどの身体能力。  視力も聴力も嗅覚も、人間とは思えないほどのもの。  早く、早くといつだって体を動かしたくて仕方のない日々。  ただ、だからこそ、私は異端として、家族からも、他の人達からも嫌われていた。  『化け物』という言葉だけが、私を指す呼び名。本当の名前なんて、一度だって呼ばれた記憶はない。  妹が居て、弟が居て……しかし、彼らと私が、まともに話したことは一度もない。  父親や母親という存在は、衣食住さえ与えておけば、後は何もしないで無視すれば良いとでも思ったのか、昔、罵られた記憶以外で話した記憶はない。  どこに行っても、異端を見る目、目、目。孤独で、安らぎなどどこにもないその世界で、私は、ある日、原因不明の病に陥った。 『動きたい、走りたい』  それなのに、皆、安静にするようにとしか言わない。それが、私を拘束する口実でもあったから。 『外に、出たい……』  病院という名の牢獄。どんなにもがいても、そこから抜け出すことは許されない。  私が苦しんでいても、誰も手を差し伸べてはくれない。 『助、けて……』  救いを求めながら、病に侵された体は衰弱して、そのまま……………。 「ほぎゃあ、おぎゃあっ」  目が覚めると、私は、赤子になっていた。しかも……。 「まぁ、可愛らしい豹の獣人ですわねぇ」  聞いたことのないはずの言葉で告げられた内容。  どうやら私は、異世界に転生したらしかった。 以前、片翼シリーズとして書いていたその設定を、ある程度取り入れながら、ちょっと違う世界を書いております。 言うなれば、『新片翼シリーズ』です。 それでは、どうぞ!

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

処理中です...