14 / 52
朝食とフェラーリ
しおりを挟む
沙耶は五瀬家のキッチンで料理人の横田が作る朝食を取っていた。馨はまだ暗いうちに出掛けてもうおらず義久は離れで食事をしており、沙耶と結花と二人だけだった。
この五瀬家に沙耶が引っ越してきて数か月後の朝だ。
「人に作ってもらう朝食ってほんとにいいですね! 朝ゆっくり出来るのって想像以上に快適です」
「沙耶さんは朝食を作る担当だったの?」
「そうですね、小学校を卒業する頃からずっとですね」
「そ、そんなに子供の時から?!」
「お兄さんから聞いているかもしれないですけど、私、高野家の養女なんです」
「それは知らなかったな」
「母が亡くなって天涯孤独の身になった私を親類でもないのに引き取ってくれたんです。だから恩返しの為にも、私は何でもしようと思っていたので」
「なんか偉いね。てか何で私に敬語?」
「なんとなく?」
結花はプッと吹き出した。
「明日も朝食は作ってもらって食べようね、沙耶さん」
「はい!」
朝食後、沙耶は仕事の支度のために自室へ戻った。
馨の部屋の隣、随分広い部屋だった。昔は二部屋だったのを文化財に指定される前に改造して広くしたらしい。重厚な家具が部屋に据え置かれて、涼と買い物した洋服類がすでに洋服ダンスに収まっている。現代的な便利さはないが、こういう木製の家具に囲まれていると落ち着いた暖かな気持ちになるから不思議だ。
「今日はドラマの収録ね、何を着て行こうかなぁ。・・でもこんなの着て行ったら景子に叱られるな」
涼が選んだお洒落な服ではなく、いつものパーカーと大きめの地味なズボンを履いて、まだ食堂にいる結花に声を掛けた。
「仕事に行ってきます。今日はドラマの収録なのでかなり遅くなると思います」
「いってらっしゃ・・沙耶さん、その恰好でTV局へ行くの?」
「ええ、仕事の時は景子が指定する物を着ないといけないので」
「そ、そうなんだ」
何か動きやすい服装が求められるのだろうか? と結花は考えた。(確かヘアメイクもするんだったわよね、だから・・だから?)
ヘアメイクさんってお洒落なイメージがあるけど、本当はヘアメイクさんはお洒落しちゃダメとか? 結花が考えているうちに沙耶はもう玄関を出ていた。
「ま、いいや。今度池田さんにでも聞いてみようっと」
______
今日のドラマの収録は富士山TVの第3スタジオで行われる予定だった。沙耶が景子用の控室に入ると珍しく景子の芸能事務所の沢本副社長が来ていた。
沙耶も同じ事務所に所属しており、景子のマネージャー兼ヘアメイク担当として事務所から給料をもらっていた。時には景子以外のタレントのヘアメイクに駆り出される事も多かった。沙耶のヘアメイクの腕は一流なのだ。
「あ、沢本さん。おはようございます」
「沙耶ちゃん、おはよう。今日はね、うちの事務所の新人を連れてきたのよ。景子ちゃんのドラマのエキストラとして使って貰う約束を取り付けてあるの」
「おはようございます。ユウミと言います、よろしくお願いします!」
まだ高校生くらいの素晴らしく可愛らしい顔をした女子だった。沙耶に深々と頭を下げている。
「私は石井沙耶と言います。ただのヘアメイク担当なのでどうぞお気軽に・・」
「沙耶ちゃんてば相変わらず謙虚なんだから。この人は景子ちゃんのマネージャーもやってるの、うちの事務所でも指折りの働き者よ」
沢本は新人のユウミに向き直った。「じゃ、沙耶ちゃんにメイクして貰ってね」
沙耶がユウミにメイクをし始めると突風にように景子が入って来た。そして見知らぬ女の子にメイクをしている沙耶に向かって噛みついた。
「ちょっと私を先にしてよ! リハに遅れちゃうじゃない。そもそもあんたが出て行ってから・・」
「景子ちゃん、おーはーよーぅ」
「あっ、沢本さん! いらしてたんですね。おはようございます」
「その子は、事務所の新人よ。今日の撮影にエキストラとして出るから面倒見てあげてよね」
「ユウミといいます、よろし・・」
「そうなんですかぁ・・分かりました。でも時間が無いから、ほんと沙耶、早くして!」
ユウミの挨拶は無視して景子は沙耶をせっついた。
沙耶は大急ぎで景子の着替えを手伝い、髪を整えメイクを施した。ぎりぎりでリハの声が掛かった。
「じゃユウミも一緒にスタジオに入りましょう。よく見て勉強するのよ。先輩方への挨拶はきっちりね!」
ユウミの出番が終わると沢本はユウミを連れて帰って行った。
今日の撮影は遅くなりそうな予感はしていたが、悪い予感ほど的中するものだ。今回のドラマのディレクターは完ぺき主義で有名なのだ。ちょっとした事でも撮り直しが続き、終わったのは終電の時間がとっくに過ぎた頃だった。
(もう馨さんは寝ちゃったかな。でも今から帰るって連絡は入れた方がいいよね)
沙耶はLINEで連絡を入れるとすぐ返事が返ってきた。『局前のバス停に迎えに行く』
(えっ、一応タクシー代が出るから平気なのに・・)大丈夫だとすぐLINEを入れたが今度は返事が来なかった。
(あれ、もう出ちゃったのかな。迎えに来るって車で来るってこと??)
沙耶がスマホでやり取りしいると景子が近付いて来た。
「はぁぁ疲れた。タクシー乗り場、並んでるんだろうな。疲れたから荷物持ってね」
タクシーの停車場には10人ほどが並んでいた。こんなのはよくある事だったから、さすがに景子も文句も言わずに列に並んだ。
沙耶もとりあえず並んだが程なくするとバス停に1台のフェラーリが止まった。
(ん・・あれかな・・)運転席にはサングラスをかけた馨らしきシルエットが見える。沙耶は景子の荷物を返した。
「迎えに来てくれたみたいなの、じゃあおやすみなさい」
荷物を戻された景子は一瞬意味が分からなかった。だがフェラーリに乗り込む沙耶を見て景子は自分の目を疑った。
(はぁ? 沙耶の結婚相手がフェラーリで迎えに来たっていうの? 嘘でしょ・・)
前に並んでいる二人の会話が聞こえてきた。
「おお~フェラーリか。いい色だなぁ、あれ5千万はするやつだよな」
「速いんだろうなあ。って5千万かよ! いやぁ庶民には夢のまた夢だね」
この五瀬家に沙耶が引っ越してきて数か月後の朝だ。
「人に作ってもらう朝食ってほんとにいいですね! 朝ゆっくり出来るのって想像以上に快適です」
「沙耶さんは朝食を作る担当だったの?」
「そうですね、小学校を卒業する頃からずっとですね」
「そ、そんなに子供の時から?!」
「お兄さんから聞いているかもしれないですけど、私、高野家の養女なんです」
「それは知らなかったな」
「母が亡くなって天涯孤独の身になった私を親類でもないのに引き取ってくれたんです。だから恩返しの為にも、私は何でもしようと思っていたので」
「なんか偉いね。てか何で私に敬語?」
「なんとなく?」
結花はプッと吹き出した。
「明日も朝食は作ってもらって食べようね、沙耶さん」
「はい!」
朝食後、沙耶は仕事の支度のために自室へ戻った。
馨の部屋の隣、随分広い部屋だった。昔は二部屋だったのを文化財に指定される前に改造して広くしたらしい。重厚な家具が部屋に据え置かれて、涼と買い物した洋服類がすでに洋服ダンスに収まっている。現代的な便利さはないが、こういう木製の家具に囲まれていると落ち着いた暖かな気持ちになるから不思議だ。
「今日はドラマの収録ね、何を着て行こうかなぁ。・・でもこんなの着て行ったら景子に叱られるな」
涼が選んだお洒落な服ではなく、いつものパーカーと大きめの地味なズボンを履いて、まだ食堂にいる結花に声を掛けた。
「仕事に行ってきます。今日はドラマの収録なのでかなり遅くなると思います」
「いってらっしゃ・・沙耶さん、その恰好でTV局へ行くの?」
「ええ、仕事の時は景子が指定する物を着ないといけないので」
「そ、そうなんだ」
何か動きやすい服装が求められるのだろうか? と結花は考えた。(確かヘアメイクもするんだったわよね、だから・・だから?)
ヘアメイクさんってお洒落なイメージがあるけど、本当はヘアメイクさんはお洒落しちゃダメとか? 結花が考えているうちに沙耶はもう玄関を出ていた。
「ま、いいや。今度池田さんにでも聞いてみようっと」
______
今日のドラマの収録は富士山TVの第3スタジオで行われる予定だった。沙耶が景子用の控室に入ると珍しく景子の芸能事務所の沢本副社長が来ていた。
沙耶も同じ事務所に所属しており、景子のマネージャー兼ヘアメイク担当として事務所から給料をもらっていた。時には景子以外のタレントのヘアメイクに駆り出される事も多かった。沙耶のヘアメイクの腕は一流なのだ。
「あ、沢本さん。おはようございます」
「沙耶ちゃん、おはよう。今日はね、うちの事務所の新人を連れてきたのよ。景子ちゃんのドラマのエキストラとして使って貰う約束を取り付けてあるの」
「おはようございます。ユウミと言います、よろしくお願いします!」
まだ高校生くらいの素晴らしく可愛らしい顔をした女子だった。沙耶に深々と頭を下げている。
「私は石井沙耶と言います。ただのヘアメイク担当なのでどうぞお気軽に・・」
「沙耶ちゃんてば相変わらず謙虚なんだから。この人は景子ちゃんのマネージャーもやってるの、うちの事務所でも指折りの働き者よ」
沢本は新人のユウミに向き直った。「じゃ、沙耶ちゃんにメイクして貰ってね」
沙耶がユウミにメイクをし始めると突風にように景子が入って来た。そして見知らぬ女の子にメイクをしている沙耶に向かって噛みついた。
「ちょっと私を先にしてよ! リハに遅れちゃうじゃない。そもそもあんたが出て行ってから・・」
「景子ちゃん、おーはーよーぅ」
「あっ、沢本さん! いらしてたんですね。おはようございます」
「その子は、事務所の新人よ。今日の撮影にエキストラとして出るから面倒見てあげてよね」
「ユウミといいます、よろし・・」
「そうなんですかぁ・・分かりました。でも時間が無いから、ほんと沙耶、早くして!」
ユウミの挨拶は無視して景子は沙耶をせっついた。
沙耶は大急ぎで景子の着替えを手伝い、髪を整えメイクを施した。ぎりぎりでリハの声が掛かった。
「じゃユウミも一緒にスタジオに入りましょう。よく見て勉強するのよ。先輩方への挨拶はきっちりね!」
ユウミの出番が終わると沢本はユウミを連れて帰って行った。
今日の撮影は遅くなりそうな予感はしていたが、悪い予感ほど的中するものだ。今回のドラマのディレクターは完ぺき主義で有名なのだ。ちょっとした事でも撮り直しが続き、終わったのは終電の時間がとっくに過ぎた頃だった。
(もう馨さんは寝ちゃったかな。でも今から帰るって連絡は入れた方がいいよね)
沙耶はLINEで連絡を入れるとすぐ返事が返ってきた。『局前のバス停に迎えに行く』
(えっ、一応タクシー代が出るから平気なのに・・)大丈夫だとすぐLINEを入れたが今度は返事が来なかった。
(あれ、もう出ちゃったのかな。迎えに来るって車で来るってこと??)
沙耶がスマホでやり取りしいると景子が近付いて来た。
「はぁぁ疲れた。タクシー乗り場、並んでるんだろうな。疲れたから荷物持ってね」
タクシーの停車場には10人ほどが並んでいた。こんなのはよくある事だったから、さすがに景子も文句も言わずに列に並んだ。
沙耶もとりあえず並んだが程なくするとバス停に1台のフェラーリが止まった。
(ん・・あれかな・・)運転席にはサングラスをかけた馨らしきシルエットが見える。沙耶は景子の荷物を返した。
「迎えに来てくれたみたいなの、じゃあおやすみなさい」
荷物を戻された景子は一瞬意味が分からなかった。だがフェラーリに乗り込む沙耶を見て景子は自分の目を疑った。
(はぁ? 沙耶の結婚相手がフェラーリで迎えに来たっていうの? 嘘でしょ・・)
前に並んでいる二人の会話が聞こえてきた。
「おお~フェラーリか。いい色だなぁ、あれ5千万はするやつだよな」
「速いんだろうなあ。って5千万かよ! いやぁ庶民には夢のまた夢だね」
1
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
ヤンチャな御曹司の恋愛事情
星野しずく
恋愛
桑原商事の次期社長である桑原俊介は元教育係で現在は秘書である佐竹優子と他人には言えない関係を続けていた。そんな未来のない関係を断ち切ろうとする優子だが、俊介は優子のことをどうしても諦められない。そんな折、優子のことを忘れられない元カレ伊波が海外から帰国する。禁断の恋の行方は果たして・・・。俊介は「好きな気持ちが止まらない」で岩崎和馬の同僚として登場。スピンオフのはずが、俊介のお話の方が長くなってしまいそうです。最後までお付き合いいただければ幸いです。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
限界王子様に「構ってくれないと、女遊びするぞ!」と脅され、塩対応令嬢は「お好きにどうぞ」と悪気なくオーバーキルする。
待鳥園子
恋愛
―――申し訳ありません。実は期限付きのお飾り婚約者なんです。―――
とある事情で王妃より依頼され多額の借金の返済や幼い弟の爵位を守るために、王太子ギャレットの婚約者を一時的に演じることになった貧乏侯爵令嬢ローレン。
最初はどうせ金目当てだろうと険悪な対応をしていたギャレットだったが、偶然泣いているところを目撃しローレンを気になり惹かれるように。
だが、ギャレットの本来の婚約者となるはずの令嬢や、成功報酬代わりにローレンの婚約者となる大富豪など、それぞれの思惑は様々入り乱れて!?
訳あって期限付きの婚約者を演じているはずの塩対応令嬢が、彼女を溺愛したくて堪らない脳筋王子様を悪気なく胸キュン対応でオーバーキルしていく恋物語。
男性アレルギー令嬢とオネエ皇太子の偽装結婚 ~なぜか溺愛されています~
富士とまと
恋愛
リリーは極度の男性アレルギー持ちだった。修道院に行きたいと言ったものの公爵令嬢と言う立場ゆえに父親に反対され、誰でもいいから結婚しろと迫られる。そんな中、婚約者探しに出かけた舞踏会で、アレルギーの出ない男性と出会った。いや、姿だけは男性だけれど、心は女性であるエミリオだ。
二人は友達になり、お互いの秘密を共有し、親を納得させるための偽装結婚をすることに。でも、実はエミリオには打ち明けてない秘密が一つあった。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚
日下奈緒
恋愛
仕事の契約を打ち切られ、年末をあと1か月残して就職活動に入ったつむぎ。ある日街で車に轢かれそうになるところを助けて貰ったのだが、突然週末婚を持ち出され……
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる