33 / 42
33お茶会当日
しおりを挟むその日は風も無く穏やかな秋晴れに恵まれた。
「お天気まで小説通りね」
「ジュリエット様、何かおっしゃいましたか?」
あたしの後ろでせっせとお茶の支度をするミナに独り言を聞かれ、いいお天気になって良かったと笑って誤魔化した。
王宮の庭園の一角に設けられたお茶会の席はそれは豪華なものだった。テーブルに若草色のクロスが掛けられ、黄色い小花と沢山の淡いピンクのバラがこぼれる様に飾り付けられている。贅を尽くした茶器のセット、様々なお菓子も並べられ、後はゲストを待つだけとなっている。
とうとうこの日がやって来てしまった! ジュリエットに憑依したあたしがお茶会を開かなければ、悲劇は防げると思っていたのに甘かったわ。
でも今回あたしは毒物を購入していない。小説のジュリエットとは違って、自分のお茶に毒を入れる気なんてさらさらないからね。
リンは定刻通りにゴードンを伴って現れた。
「とてもいい香りがするわ! これは‥ラベンダーかしら?」
「そうですわ。ジュリエット様が今日の為に特別に取り寄せたお茶なんです」
ラベンダーティーを淹れる手を止めて、ミナがリンに微笑んだ。
「本当にいい香りだ。ラベンダーは君の好きな花だろう? 良かったねリン」
ゴードンは椅子を引いてリンをエスコートする。リンとゴードンが席に着くとお茶会が始まった。
「今日はライオネルも招待されていると聞いたが、あいつはまた遅刻か」
まったく、どうしようもない奴だと小さなため息をつくゴードン。
「リン様、お茶が冷めないうちにどうぞ」と、いい香りを漂わせ、湯気が上がるお茶をミナが促した。
リンがカップに手を掛ける。あたしはその光景を見て思わず身震いしてしまった。毒を飲んで倒れるリンの描写を思い出してしまったのだ。それを見たリンの手が止まり、心配そうにあたしに言った。
「ジュリエットさんは病み上がりでしたね。ひどい風邪にかかっていたと伺いました。そうだわ、私と席を交換しましょう。こちらは日当たりが良くて暖かいですから」
リンはサッと立ち上がった。「さあ遠慮ならさらずにどうぞ」
ああ、小説通りに進行していくわ。で、でも大丈夫よね? あたしは自分のカップに毒を入れたりしてないんだから、席を交換したところで何か起こるはずはないよね。
席を交換するとミナが素早くカップとソーサーもそれぞれ交換する。あまりにも素早い行動にあたしは目を見張った。
再びリンがカップに手を掛けた。口元までカップを持って行く・・。
「実は‥ジュリエットがこの茶会を開催すると聞いて、私は驚いたのだ」
ゴードンがくそ真面目な顔をしてあたしに話しかけた。リンはゴードンに注意を向け、手のカップが再び下ろされる。
「君はてっきりリンを嫌っていると思っていたからね。こんな風に私達を祝ってくれて嬉しいよ」
嬉しい、と言ったゴードンはあたしに笑みをくれた。ゴードンの笑顔も幸せそのものだ。こっちは何か起こるんじゃないかと、ハラハラしっぱなしなのに、いい気なもんよ。
「き、嫌っているなんてとんでもないわ」
そうよ、ジュリエットだってリンを嫌っていた訳じゃないわ。羨ましかっただけよ。
「では早速ジュリエットさんが用意して下さったお茶を頂きますわ」
リンはゴードンに満面の笑みを向けたあと、お茶に口をつけた・・。
「本当にいい香りで美味しいわ。ジュリエットさん、ありがとうございます」
ふた口目を口にしたリンが突然咳き込んだ。「ゴホッ、ぐふっ」
えっ! ちょ、なんで? あたしは毒なんて入れてないわよ!
咳き込むリンに驚いたゴードンが背中をさすろうと手を伸ばしたが、その手は宙を舞った。リンは椅子から崩れ落ち、苦しそうに口元を押えるその手からは鮮血がしたたり落ちた。
「きゃーーーっ」ミナの後方に控えていたメイド達が悲鳴を上げた。
ゴードンが慌ててリンのそばに跪いた。「リン! なんてことだ‥誰か医者を、医者を呼べ!」
メイドの一人が王宮に向かおうと振り返ると、ライオネルが怪訝な顔をしてやってきた。
「なんの騒ぎだ?」
「リン様がお倒れになったのです。医者を呼んでまいります」
「それなら俺の方が足が速い、俺が呼んでこよう」
ライオネルはそう言うとすぐ踵を返して王宮へ走り去った。
あたしは席を立ちおろおろしていると、ゴードンがリンの侍女に水を持ってこさせ、リンに飲ませていた。
ライオネルはすぐ医者を連れて戻って来た。
「これは毒です! パラディ令嬢が口にした物に毒が混入されていたに違いありません」
「ゴードン、俺はブロナー先生と一緒に、リンを王宮に運んで手当てして貰う。ゴードンもすぐ来てくれ」
この騒ぎに王立騎士団が駆け付けた。ゴードンは厳しい顔つきで騎士団に指示を出した。
「ここに在るものを王宮に運び、毒の所在を明らかにするのだ。・・お茶を淹れたのはミナ、そなただったな」
ゴードンの鋭い視線を向けられたミナはワッと泣き崩れた。
「も、申し訳ございません。こんな‥こんな事になるなんて知らなかったんです。まさか毒物だったなんて!」
「知らなかったとはどういう事だ?」
「それは・・その・・」怯え、震えるミナはぎゅっと握った拳を口元に当てたまま俯いてしまった。
「ミナ・ロバーツ!」
ゴードンの怒声に怯えたミナが顔を上げた。その視線は宙を泳いだが、驚いて立ち尽くすあたしの元に辿り着いた。
視線の先に居るジュリエットにゴードンが詰問した。「ジュリエット、説明して貰おうか」
「わたくしにもさっぱり分かりません! どうしてこんな事に‥」
「でも、あの薬はジュリエット様が・・」
ミナはそう言いかけてハッと口をつぐんだ。
「ジュリエット‥君はミナを使ってリンに毒を盛ったのか! なんという卑怯な真似を」
怒りをあらわにしたゴードンは再び騎士団員に命じた。
「ジュリエット・クレイ、並びにミナ・ロバーツを王宮に監禁して、それぞれ見張りを付けて置け」
あたしは騎士団員二人に両腕を掴まれた。
「離して! 知らないって言ってるでしょう!」
「往生際が悪いぞ、ジュリエット!」
引きずられる様にして王宮に連れて行かれるあたしに、ゴードンは冷たい蔑みの視線を向けていた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました
平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。
王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。
ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。
しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。
ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?
俺の妹が悪役令嬢?そんなの兄の俺が許さない!
ねこ沢ふたよ
恋愛
女王アレーナを傀儡のように扱う宰相と言われる悪名高きグスタフ・エルグの息子、リオス・エルグ。彼は、妹シロノを溺愛している。妹の初恋は、王太子セシル。
はっきり言って、セシルは嫌いだ。無表情で人を見下しているように、周りとは何も話さない愛想のない奴。あんな奴は、嫌いだ。嫌いだが、妹が幸せになるならば、俺は、セシルの目をシロノに向けるために最大限の努力をしようじゃないか!!
誰だ!俺の可愛い、聡明で美しいシロノを悪役令嬢呼ばわりする奴は!!
妹溺愛お兄さんが、妹を正妃にするために、頑張るお話です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
アラフォーだから君とはムリ
天野アンジェラ
恋愛
38歳、既に恋愛に対して冷静になってしまっている優子。
18の出会いから優子を諦めきれないままの26歳、亮弥。
熱量の差を埋められない二人がたどり着く結末とは…?
***
優子と亮弥の交互視点で話が進みます。視点の切り替わりは読めばわかるようになっています。
1~3巻を1本にまとめて掲載、全部で34万字くらいあります。
2018年の小説なので、序盤の「8年前」は2010年くらいの時代感でお読みいただければ幸いです。
3巻の表紙に変えました。
2月22日完結しました。最後までおつき合いありがとうございました。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる