ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

文字の大きさ
上 下
14 / 42

14同居する二人

しおりを挟む

 目が覚めてみるとそこは見慣れたアカデミーの教室だった。

 ああ、良かった! わたくしは元の、自分の世界に戻ってきたのだわ。今はダンスのレッスン中かしら、わたくしの相手はミナがしてくれているのね。それにしても今の言葉は‥。

 周囲の生徒やダンスの講師までもが驚愕してわたくしを見ている。

「ゴホン。ミナ、足大丈夫? ちょっと休憩にしようか?」

 その時誰かがわたくしの口を借りてミナに話しかけた!

 これは‥どういう事なの? それにゴードン様とリンが婚約ですって?! わたくしはまたもや混乱に陥った。

 それにしても何て下手なダンスかしら。いつからわたくしはこんなにダンスが下手になったの? 妃教育でダンスもしっかりと叩きこまれたはずなのに、これは酷過ぎるわ。

 頭の中で声がする。何ですって? 食べれば優雅になるお菓子がないかですって? 

『なんて安直な! もう見ていられませんわ』わたくしは思わず声を上げた。だがミナには聞こえていないようだ。

 アッ! この声の主はもしかして和華なのではないかしら。

 先ほどの言葉遣いといい、この世界の子女が、しかもこのアカデミーに通うような子女があんな乱暴な物言いをするはずがないわ。

 わたくしが和華の体の中に入ってしまったと同じように和華もわたくしの中にいるのだとしたら説明がつく!

 和華はわたくしに気づいていない様ね。ミナがしゃべったと思っているわ。仕方ありません、もっと分かりやすく言って差し上げましょう。


『そうですわ、どうやらわたくしはあなたの頭の中にいるようですわ』
『あんた‥本当にジュリエットなの? 戻ってこられたのね? でもどうしてあたしはまだここに居るのよ』

『それはわたくしにも分かりませんわ』
『それならちょっとこれ代わってよ? こういうのはあんたの方が得意でしょ』
『やってみますわ。でもどうしたらいいのかしら・・そうね、一度目をつぶってみて下さらない?』

 視界が一度暗くなった。と、再び目を開けると目の前には不審そうな表情を浮かべたミナが立っている。そしてわたくしの手にはミナの手の感触があった。交代は成功した様ですわね。

「ミナ、お待たせしましたわ」

 ピアノの伴奏に合わせてわたくしはミナと踊り始めた。これは初心者向けの易しい曲だ、難しいステップも無い。
 これまでと打って変わって優雅に踊るわたくしを見て周囲の生徒と講師は再び驚き、目を瞬いている。

 曲が終わった。わたくしとミナはお辞儀をしてダンスを終えた。

「クレイ嬢、素晴らしかったですよ。これだけ踊れるのでしたらダンスの補講は必要ありませんね」
「はい。どうやら勘を取り戻せたようです。参加させて頂きありがとうございました」

 ダンスの講師も拍手してくれた。ここは上手く誤魔化せたようね。


 ダンスレッスンの補講が終わるとわたくしはすぐ屋敷に帰った。
 誰にも聞かれないように和華と落ち着いて話をしなくてはいけないのとゴードン様とリンの婚約に動揺していたからだ。

 わたくしは自室に戻るとしばらく誰も来ないようにとメイド達に念を押した。

『さっすがぁ本物は違うわ。あたしなんかどうやっても盆踊りになっちゃうもんな』
「それよりあなたは和華ですのね?」

『正解! いやあもう今まで大変だったんだから。ドレスは窮屈だしヒールのある靴は痛いし疲れるし、言葉遣いには気を付けなきゃいけないし、ご飯は少ないし、さっきのダンスだってあんた・・』

「ところでゴードン様とリンはいつ婚約なさったのです?」思わずわたくしは和華の終わらない愚痴を遮り質問してしまった。

『あっ、ああ~えっとそれは・・』

「気を使わなくて結構ですわ。わたくしがあなたの世界であなたの人生を見た様に、あなたもわたくしの人生を見たのでしょう? わたくしのゴードン様への想いを知ってしまったのね」

『うん、まあ‥そうね』

 和華は言葉や態度は乱暴だが心根は優しく正義感の強い人だ。わたくしを気遣って何と言おうか考えているのだろう。

『ええっと、あたしも二人の婚約を聞いたのはついさっきよ。今日発表されたらしいんだよ。あの‥あんまり落ち込まないで。妃教育だって何か別の事に役に立つかもしれないし。それに、えーっとゴードンなんて顔だけがいい王太子だし。あんたは超絶美人なんだからあんたと結婚したいって貴族はわんさか居るに違いないんだから・・』

 今日初めて言葉を交わしたわたくしの事をこれほど心配して慰めようとするなんて、おかしな人。

「フフッ。あなたこそわたくしの心配をしている場合ではないのではなくて? ジュリエット役のオーディションが迫っていますわよ」

『あああっ、それっ! どうしよう。あたし全然練習出来てないよぉ』
「それよりもまずお互いにどうやって元の世界に戻るかが先ですわね」

『あれっ、今あんたがここに居るって事は向こうのあたしはどうなってんの? まさか魂が抜けて死んだと思われるんじゃ』

「多分ですけれど大丈夫だと思いますわ。向こうの世界は夜であなたはベッドで寝ていますから」
『そっか。多少寝坊してもいつもの事だから誰も不審に思わないか。お母さんや兄さん達は元気にしてる?』

「ええ。初めてわたくしを見た時は『おかしくなった』と心配していましたけれど。それからお父様と上のお兄様が外洋からお帰りになりましたわ。」

『お、お父様ね‥あんたこそ向こうの世界で大変だったんじゃない? こことは何もかもが違い過ぎて』

(あたしには本の知識があったけどジュリエットにとっては驚きの連続だっただろうな。あんたは本の中の登場人物だって言った方がいいのかな? いや、まだこれからどうなるか分からないんだから言わない方がいいよね)

「ええ、驚いたなどと生易しい物ではなかったですわね。文明がとても発展していて、人々の考え方も価値観も随分と違っていますのね。でも少しずつ世の中の事を勉強して慣れて来ていますわ。スマホも使える様になりましたもの」

『ええーすごいじゃん! あたしなんかダンスひとつもまともに出来ないのに。あんたってホント努力家なんだね。でもこの状態が続くとまずいよね。あたしの目が覚めなくて死んだと思われて火葬なんかされたりしたら・・』

「もう一度目を閉じてみましょう。今度はあなたが元の世界に帰れるかもしれないわ」

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました

白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。 「会いたかったーー……!」 一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。 【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】

処理中です...