ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

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7ライオネルの回想

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 夏の休暇が明けてからのジュリエットの様子は本当に奇妙だった。

 冷たい程に毅然としていた態度は影を潜め、ちょっとした事でも驚いたり興味を示したりといった表情が次々と顔に浮かんでいた。これまでの仮面の様に感情を表に出さない態度とは180度違っている。

 一番顕著だったのは食堂だな。

 アカデミーの食事は豪華な事で有名だが、ずらっと並ぶ食べ物に目を輝かせて悩む姿なんて初めて見たぜ。その上、もっと食べたいのを我慢して悶絶している姿もおかしくて俺は吹き出しそうになった。

 それに食堂ではいつも兄上の姿を追いかけていたのに、休暇が明けてからは兄上を避けていると言っても過言ではない様子だった。

 俺と兄上は騎士科だから普通科のジュリエットが俺たちと顔を合わせられるのは昼時の食堂くらいだ。今までは必ずと言っていい程兄上と同じテーブルについて一緒に食事しようとしていた。そして食後も行動を共にしたがった。

 それが最近は兄上に近づきもしなくなった。そのせいでゴードンは余計にリンといる時間が長くなった気がする。

 言葉遣いもおかしな時があるし、それを何とか誤魔化そうと焦っている姿は今までの彼女からはとても想像がつかない。

 まるで小さな子供の頃のジュリエットに戻ったみたいだ。

 小さな頃はよく兄上と3人で遊んだな。小さな体で一生懸命俺たちについて来ようとして必死になっている姿が今でも目に浮かぶ。

 俺がイタズラをしようとするのを止める兄上、それをハラハラして見てるジュリエット。

 噴水に絵の具をぶちまけた時は3人ともびしょ濡れ、絵の具まみれになって大笑いしたな。まぁ俺は後でこってり母上に絞られたが。

 ジュリエットが変わりだしたのは妃教育を受けだしてからだ。
 きっと母上みたいに口うるさい教育係りに品格がどうの淑女としての振る舞いがどうのと叩きこまれたに違いない。

 だがジュリエットが必死だったことを俺は知っている。ジュリエットはゴードンを好きだった。

 ジュリエットは心底ゴードンに惚れている。ジュリエットの目にはゴードンだけが映っていて、ジュリエットの生きる目的はゴードンと結婚する事だった。


 ある時俺たちがイタズラしたあの噴水で、ジュリエットが疲れた足を冷やしている所に遭遇した事がある。横に転がっていたのはびっくりするような高さのハイヒールだった。

 あの靴でダンスのレッスンをさせられたのだろう、目にはうっすら涙が浮かんでいた。夕暮れ時の噴水に足を沈めて憂いだ瞳をたたえた彼女は震えがくるほど美しかった。

 俺は物陰から見ていたが、彼女は俺に気づいた。俺は見とれていた事を大いに恥じた。だからあんな風に子供っぽい態度を取ってしまったんだ。

「お姫様、お履き物をお忘れですよ~」俺はジュリエットのヒールを拾い上げブラブラと振って見せた。

「あ、わたくしの靴。ライオネル様返してください」
「その濡れた足で靴を履くのか? あそこのベンチに置いといてやる。そのまま少し歩けは足も乾くだろう?」

 俺は離れた場所にあるベンチに靴を置いてその場を去った。本音を言えば俺はまともにジュリエットの顔を見られなかったのだ。

 ゴードンだったらきっとジュリエットの足を拭いてやったりしたんだろうが、俺には恥ずかしくてそんな真似は無理だった。

 だけどあの時のジュリエットの美しさは今でも忘れられない。

 そうだ、俺は子供の頃からジュリエットが好きだった。でも彼女の目はいつもゴードンを追いかけている。だから俺は何かとジュリエットに辛く当たってしまうのだ。自分の行動がいかに子供じみていてばかげているか分かっているのに・・。

 ジュリエットは厳しい妃教育を受けながら王族や高位貴族が王妃にふさわしいと思い描く立派なレディになった。
 父上も母上もジュリエットが王太子妃になる事に異存はなかった。俺もそのつもりで覚悟をしていた。


 だがアカデミーでゴードンがリンと出会ったことによって状況は一変した。

 ゴードンはリンとの婚約を国王陛下に願い出ている。まだ公にはなっていないが、父上も母上も概ね賛成の意を表している。母上も父上もゴードンに甘いのだ。

 ただ、ジュリエットに妃教育を受けさせていた手前クレイ公爵家の面目を潰さないための処遇を考えねばならない。
 それが解決すればあとはリンをどこかの高位貴族の家に養女縁組をして地位を上げるだけだ。

 公になっていない話ではあるがゴードンのアカデミーでのあからさまなリンへの態度で皆ほぼ予想しているだろう。

 そのリンに嫉妬してジュリエットがリンに辛く当たっているという噂もよく聞こえてきている。今は皆、見て見ぬ振りをしているが、リンとゴードンの婚約が正式に発表されれば態度を変える者も出てくるだろう。

 だが・・先ほどのジュリエットの態度は不可解だった。普段は冷たい表情の中に嫉妬の炎を燃え上がらせてリンを見ていたジュリエットがあんな風にリンを庇うとは。

 しかもあのドスの効いた啖呵で取り巻き3人を黙らせるなんて!
 
 

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