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43・落合宏樹のパソコン

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「あの時言おうとしたのは・・その・・俺は・・」

 くっそ、早く言え直巳! 何をウジウジしてるんだ! 好きだから、付き合って欲しいって言え!

「えーと・・だから、簡単に言いますと・・」

 ガ―ッ、と病室の扉がスライドする音が聞こえた。

「大谷さん、検温の時間ですよ~」

 看護師さんがカルテと体温計を持って現れた。「あら、弟さん? 年の離れた弟さんが居るって言ってましたね。可愛いわねぇ、ちゃんとお菓子まで持ってきてくれて」

 弟!? 可愛い!? 俺ってやっぱりそんな風にしか見えないんだ。普通は彼氏? とか聞くよね。
 俺がどんよりしてるとるり子さんは笑って体温計を受け取りながら言った。

「弟の友達なんです。お菓子、おひとつどうぞ。沢山頂いたので」

 俺もどうぞどうぞと言ったが、顔が引きつってるのが自分でも分かっていた。




 ・・・・・・結局。俺はるり子さんに告白出来なかった。

 俺ってなんて不甲斐ないふがいない奴なんだ。今日は2度目だぞ! しかも向こうから質問されたのに結局「俺ずっとカレー作る練習してたんです」なんて咄嗟とっさに言っちゃってさ。

「キャンプの時のカレーの事、そんなに気にしてたのね。でもそれなら今度ご馳走してね」ってるり子さんは言ってくれた。お、待てよ。それならカレーを口実にまた会う事が出来るじゃないか。これはこれで良しとするか!

 
 俺はスーパーに寄って買ったカレーの材料を抱えて家に帰った。段ボール箱にジャガイモやら人参やらを詰め込んで抱えてた俺は、玄関にあった荷物に気づかずつまずいた。

「いってぇぇぇ~~~」

 段ボールをひっくり返して玄関に野菜をばら撒きながら俺は悲鳴を上げた。

 宏樹が玄関にやって来て呆れた様に言った。「お前は一体何をやってるんだ」

「こんな所に荷物置いたの誰だよ? お陰で思いっきり足の小指ぶっつけたよ!」
「ああ、ジョンソンソフトウエアから持って来た落合宏樹の荷物だ。置きっぱなしだったな」

 宏樹は俺にお構いなしでその箱を持ってリビングに戻ってしまった。俺は散らばった野菜を拾い集めてキッチンに直行した。

「お~い、宏樹。美味いカレーの作り方教えてくれ~」

 声を掛けたが返事がない。

「お~い」

 だめだ。返事が無ければキッチンに来る様子もない。仕方なくこちらからリビングに入って行くと宏樹はノートパソコンにかじり付いていた。

「何をそんなに真剣に見てるんだ?」
「しっ! 声が聞こえない!」宏樹は画面を睨み付けたままで俺に人差し指を向けた。

 ムッとしたが俺も黙って画面を見てみた・・。



「じゃあ初めから俺を騙してたんですね!」

 オフィスらしき場所で言い争う二人の男の姿が画面に映し出されていた。画質は少し荒いが一人は間違いなく落合宏樹だ。髪型は違うがこのイケメンは見間違えようがない。もう一人は背中を向けていて顔は見えなかった。

「人聞きの悪い事を言うもんじゃない。まだ君の実力じゃせっかくのアイデアも日の目を見ないままで終わってしまうから私が手助けしてやったんじゃないか」

「でも上に話が通ってゲーム化が決定したら俺のアイデアだったって発表すると約束したじゃないですか?!」

「まあ・・君の次の作品は必ず私が世に送り出してやろう。それにここの室長の座ももうすぐ空きが出るから、君が室長になれば君のやりたいように出来るさ。次の室長は多分落合君、君だよ。それまでの辛抱だ」

「それは大迫室長が部長に昇格するからですよね? 俺のアイデアで」
「ハハ・・そういう事だね。私が部長になったら君を引き上げてやる。どうだね? それで手を打たないか?」

「あんたはクズだ。どうしてあんたみたいな親から由利香が生まれたのか不思議だよ」
「由利香と結婚したいなら、なおの事この提案を受け入れた方がいいんじゃないか?」

「俺たちは立派な大人だ、あんたの承諾なんて必要ないね。俺は早野さんに掛け合ってみるつもりです。この先の展開のプログラミング構想を持ってね」

「君も相当傲慢な男だな。ま、君が私の提案を断るだろうとは予想していたよ。私が何の手も打たなかったと思うかね?」


 落合宏樹と対面していたのは大迫伸二だったのか。ディアンの言ってたことは本当だったんだな。
 そう思いながら画面を見ていると、大迫伸二がデスクの上のキーボードに何かを打ち込み始めた。落合宏樹は大迫の行動が予想外だったのか、あっけに取られている。

 大迫がキーボードを打ち終えて再び落合宏樹の方を振り返ると同時にデスクのモニターから強い光が発した。見ているこっちが目を開けていられない程の強い光だった。

 画面の中の宏樹の『うわっっ』という声が聞こえた。薄目を開けて見ると光に包まれた落合宏樹がモザイクの様にバラバラになってモニターの中に吸い込まれて行く所だった!

 強い光ごと宏樹をすっかり飲み込んだモニターはまた普通の画面に戻ってしまった。

 大迫伸二は笑みを浮かべながらまた何かをキーボードで打ち込むとパソコンの電源を落として何事も無かったようにオフィスから出て行った。そのままずっと画像に変化は無く、翌日になったのか社員が出社して来て賑やかになり、映像はそこで終わった。

「これ・・人が吸い込まれたぞ!」
「黒幕は大迫伸二だったようだな。ディアンの話は本当だったという事か」

「おまっ・・やけに冷静だな」
「どうだろうな。確かに落ち着いてはいる。自分が落合宏樹だったと分かったにしては」

「そ、そういう事になるのか・・それじゃ全部思い出したのか?」
「いや、今だに何も思い出せん」

「ええっ?! じゃあなんで自分が落合宏樹だと断定できるんだ?」

「モニターの中に吸い込まれる瞬間、落合宏樹の体がモザイク状になっただろ? あれはゲームから出てきたクリーチャーが消える時と同じだ。落合宏樹がゲームの中に閉じ込められたのだとしたら・・」

「閉じ込められた宏樹がキングになってたって事か。フラッシュっバックがあったのは本物の落合宏樹だったからか」

「待てよ、同じようにゲームに閉じ込められたディアンは・・えーと高田順子だっけ? 彼女は名前を呼ばれただけですぐ記憶が蘇ったのに、なんでお前は何も思い出せないんだ? こんな映像まで見たのに」

「分からんな。大迫伸二に会った時も何故かいい印象を持てなかったが、ただそれだけだった。この映像を見て、やっぱりいけ好かない奴だと不快になるが、それ以上の事は何も浮かんでこない」

「そっかあ。だけどこの人ならゲームからクリーチャーが出てくるのを何とかする方法を知ってるんじゃないのか?」
「可能性はあるな」

直談判じかだんぱんしてみるか?」
「その価値はありそうだ」

 よし! 宏樹と俺の意見は一致した。ノートパソコンに入っている画像という証拠もある。これを突きつければ宏樹のアイデアを盗んだ事だけは証明出来る。その後の不思議な現象は何とも説明し難いが。

 そこへ宏樹のスマホが鳴った。会話している宏樹の眉がピクッとわずかに動いた。

「誰から?」言葉少なに会話を終えた宏樹に質問してみた。

「由利香さんからだ。大迫伸二がいなくなったそうだ」


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