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33・ケルベロス2

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 夜明けだって?!
 
 宏樹が顎をしゃくって見せた方向に俺も顔を上げた。いつの間にこんなに明るくなってたんだ?! 東の空にはもう太陽が顔を見せている。

 夜が明けてしまった! 宏樹はただの人間に戻っちまう!

「ど、どうしよう‥そうだ、ディアンちゃん! い、今から家に電話して‥」

 俺は慌てふためきながらポケットのスマホに手を掛けようとした。

「よせ、ディアンが1人で勝てるかどうか分からない」宏樹はじっとケルベロスとにらみ合いながら声だけ俺に掛けてきた。

 その隙にもケルベロスは3つの頭を代わる代わる振りながらゆっくりとこちらに近づいてくる。

「うわっ、よせ来るな!」俺は思わず手にしていた特大のレジ袋を奴に投げつけた。

 もちろんケルベロスには届かなかった。俺たちは後ずさり、ケルベロスは近づいてくる‥。

 だがふとケルベロスの歩みが止まった。目の前に落ちているレジ袋の匂いをクンクンと嗅いでいる。そのまま真ん中の頭が牙と前足を使って器用にレジ袋を破くと中のカステラが地面にばら撒かれた。

 そしてなんとケルベロスはそのカステラを包装紙ごと食べ始めたではないか!
 俺たちの事はそっちのけで夢中になってカステラを貪り食っている。カステラはあっという間に無くなってしまった。ケルベロスはよだれを垂らしながらじいぃっと俺の手元を見つめている。

「な、なんだ‥もっと欲しいのか??」

 宏樹は何かに気づいたようで、自分の足元に落ちているレジ袋からカステラを取り出し、わざわざ包装紙を破いてケルベロスに投げてやった。

 パクッ。大きな口を開けてケルベロスはカステラをキャッチした。宏樹は次から次へとカステラを奴に向かって放り投げた。

「早くお前も投げろ」呆けて見ていた俺に宏樹は促した。

 3つのデカイ口に向かってカステラを次々放り投げる様はまるで玉入れ競争だ。はからずもここは小学校のグラウンドだしな!

 もう残り少なくなってきた所で俺は賭けに出た。思い切ってあのセリフを叫んでみたのだ。

「おすわり!!」

 神は俺を見捨てなかった! ケルベロスは一瞬きょとんとしたが、ドシンっとその尻を地面に落としてお座りをしたのだ!

 俺と宏樹は顔を見合わせた。俺は残りのカステラを全部抱えてケルベロスに近づいた。

「お前っ‥」宏樹は止めようとしたが俺の方が早かった。

 俺が近付いてもケルベロスは大人しくお座りをしている。残りのカステラを差し出して俺は言った。

「もうこれしかないんだ。これを食べたらゲームの世界へ戻ってくれないか?」

 少し間があった。だがケルベロスはゆっくりと頭を下げて俺の両手からカステラを口に運んだ。そうして立ち上がると元来た方向へのっしのっしと歩き始めた。

 グラウンドの端の辺りでケルベロスの姿は霧に包まれたように見えなくなった。

「か、帰ったのか?」宏樹も唖然としてケルベロスの消えたグラウンドを見ている。

「はぁぁぁぁぁぁ」

 今更ながら俺の足はガタガタと震え出し、立っていられなくなった俺は地面に膝をついた。手もブルブル震えてる。

「見直したぞ、直巳」宏樹は俺に手を差し出しながら言った。

 俺はその手を借りてどうにか立ち上がった。「ははっ、俺だってやる時にはやるさ!」

「今日だけは言わせといてやる」
「じゃあ帰るか」
「その前に‥」

 歩き出そうとした俺に宏樹が待ったをかけた。宏樹の視線は地面に注がれる。

「ああ~~忘れてたぁ」

 結局俺はまた膝をついてグラウンドに散乱したカステラの包装紙を片付けにかかった。




「なんですと? 直巳がケルベロスを追い払ったのですかにゃ?」
「そうだぜ! これで少しはディアンちゃんも俺の事見直しただろ?」

 ディアンは俺には答えず、くるっと振り返り宏樹に疑問の眼差しを投げかけた。

「事実だ。まぁケルベロスが甘い物が好きだという事に気づいたのは俺だがな」
「にゃ~んだ。やっぱりですか」

 にゃ~んだじゃねぇよ。せっかく俺が勇気を振り絞ってケルベロスを手なずけたってのに。

「いやぁでも今回はやばかった」
「ボスが引き連れている雑魚クリーチャーはどこにでも現れるが、どうやらボスは我々の前だけに現れる様だな」

「宏樹は元々ゲームの中に居たんだから関連があると思うけどさ。なんで俺の前にも出てくるんだ?」
「俺と一緒にいるからか?」

 ・・なんて調子で話し込んでいたらもう11時半を回っていた。

「やべ、俺今日、大谷と昼飯食いに行く約束してんだ」

 

 るり子さんが俺に助けられたと聞いた大谷は、お礼に飯をおごると言い出したのだ。大谷は車を出してくれて、俺たちは美味いと評判のハンバーグ専門店へ繰り出した。

「親が金出してくれたから好きな物頼めよ」そう大谷は言って財布を叩いた。

 確かにハンバーグ専門店だけあって美味いしデカイし、サラダバーもボリューム満点で大満足だった。食後にアイスクリームを食べながら、俺は気になっていたことを大谷に聞いてみた。

「お前の姉さんさ、今家に戻って来てるんだって?」
「ああ、戻って来てからそろそろ半年になるかな」

「ふうん、そうなんだ。なんか婚約はダメになったって言ってたけど」

 俺は努めて何気ない風を装って聞いてみた。そう、これはさっきの延長線上にある話に過ぎないという感じで。

「うん、そうなんだ。結婚するために同棲してたんだけど相手の男が浮気してんのがバレてさ。それも元カノだったらしくて。更にはその元カノとの間に子供まで出来ちゃっててさ‥」

「うわ‥」
「姉貴、家に帰ってきた時はげっそり痩せてやつれてて酷かったよ。最近やっと体重も元に戻って元気になってきたんだ」
「その男、殺してやりてぇな」俺はアイスクリームのスプーンをガチャンとテーブルに置いた。

 そんな俺を見て大谷は微笑を洩らした。

「なんだよ?」 
「お前、まだ姉貴の事好きなんだな?」

「っ! な、何言ってんだよ、そんな訳ないだろ。それに『まだ』って‥」
「今だってカノジョいないんだろ? 顔に似合わず純情なヤツ。俺が気づいてないとでも思ったか? バレバレだよ」

 顔に似合わずってのが余計だよ。それに俺は純情なんかじゃない!

「姉貴がお前の事どう思ってるかは知らないけどさ。俺はお前の味方だぜ」


 よし! 弟の承諾は得たな。宏樹にきっかけも作って貰った事だし、るり子さんを誘ってみよう!


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