ヴァンパイアキング、コンビニでバイトする

山口三

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23・平和じゃない1日

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 宏樹とディアンがコウモリに遭遇した日、局地的に雹が降ったと天気予報で報道された。宏樹の使った氷結の術が雹と間違えられたのだ。
 だがそれ以降はコウモリの群れが目撃される事も被害を受ける人も現れなかった。

 また俺たちの世界は平和になった‥かのように見えた。


「おーい、宏樹。スペシャルチキン追加で5個揚げてくれえ」
「宏樹くん、その次コロッケ5個ね~」

 俺と宏樹は夕勤に入ったのだが、今日は戦争の様な忙しさだった。おまけに・・。

「こんばんわあ~松尾敏行です!」店中に響き渡る声で挨拶しながら彼が入って来た。

 ああ、来たよ、松尾君。

「こんばんわ。五十嵐君いる?」
「どっちの?」
「え? 五十嵐君。こんばんわ! 松尾敏行と申します!」

 彼は平日毎日コンビニにやってくる松尾君。30代位の痩せて小さい青年だ。障がい者施設での仕事帰りに20円くらいのお菓子を毎日買って行く。元気に挨拶して最後に握手を求めて去って行く。裏声みたいな甲高い声で、時々歌を歌っている事もある。

 全く害は無いのだが、老若男女問わず話しかけるものだから、彼の人柄を知らない人は何かされるのではと構えてしまうのだ。

「五十嵐君、それジーンズ?」
「そ、これジーンズ」

 この忙しいのに彼はしつこく話しかけてくる。俺のズボンを指さして彼は尋ねる。

「うん。これもジーンズ。それ買ったの?」自分のズボンを引っ張りながら彼は言う。
「うん、買ったの」俺も答える。

「じゃ、これ下さい」
「はい。26円頂きます」
「26円ね、はい。30円」
「4円のお返しです、ありがとうございました」
「はい。五十嵐君、明日はいる?」
「いや、俺休み」
「そ、いないの。じゃ明後日は?」
「いるよ」
「明日はいない。明後日はいる・・じゃあね」復唱し納得すると彼は帰っていく。

 松尾君の後姿を見送りながら「彼はいつも元気だねぇ」とオーナーが呟いた。

 と、隣の宏樹のレジで何やら女性客が揉めている。

「これは私が買った物なので見ないで下さい」

 時々来る中年の女性客が、レジを待っている同じく中年の女性客に文句を言っている。

「いや私は見てないわよ、タバコ買いたいからタバコ見たんだけど」
「でも私が会計してるのに・・」会計してるのに‥ぶつぶつぶつぶつ。その先は何を言っているのか聞き取れない。

「えええ、やだあ。私見てないのに。私何かした?」レジ待ちの客は不快そうにしながら宏樹に訴えている。

 すぐオーナーが割って入った。「いえ、ちょっとした思い違いだと思います。タバコの銘柄を見てたんですよね。宏樹君こちらの会計早くね~」
 
 オーナーはレジ待ちの客をなだめながら、文句を言った女性客を早く帰そうとしている。

 会計が終わった女性はさっさと出口に向かったが、その間もずっと独り言を言っている。そしてタバコを買って出て行こうとする男性客の後ろで「タバコを吸う人なんて死んじゃえばいいのよ」とまた小さな声でブツブツ言っている。

 文句を言われた女性は「やだ、あの人どうしたの? よく来る人なの? 怖いわぁ、私もうこの店に来れないわ。怖い怖い」とずっと宏樹に話しかけている。

 いや、それよりも早く帰って下さい。タバコ1個はもう買ったじゃないですか。あなたの後ろに長蛇の列が出来ているのに気づきませんか?
 この女性もよくタバコを1個買いにくるのだがお金を出すのも遅いし、周囲を全く気に留めない。

 次は70代位の男性客。メンチカツ1個お買い上げ。

「ありがとうございました。ソースはこちらにございますので、よろしかったらどうぞ」と俺はホットショーケースを手で示した。

「うるさい! 余計な事を言うな」

 その男性は鬼のような形相で俺を睨み付けながら帰って行った。
 ・・は? 

 次はトイレを貸してくれという30代位の女性客。

「あの‥トイレ汚れてましたよ」
「あ、すみません。掃除しておきます」

 そう言ってトイレを覗くと床に散乱する大、大、大! なんだよこれえ~どうして床に大が落ちてるんだよ~。ちゃんと便器の中にしてくれよ~。

 このクソ忙しいのに俺はトイレ掃除に時間を取られてしまった。

 トイレ掃除の道具を片付けに通路を通った時だった。お酒の棚からウイスキーの瓶を取ろうとしている男性客。3本並んでいる瓶の一番後ろから取ろうとしたせいで手前の1本が床に落ちて瓶が割れ、中身が床にぶちまけられた。ウイスキーのアルコール臭が辺りに充満する。

 その客は「ごめんね」と言ってすぐレジに向かって去ってしまった。これ1本300mlで2300円するんだぜ? 弁償する気は全くないの? てかウイスキーを後ろから取る事に何の意味があるんだよ? 賞味期限? なんでみんな後ろから商品を取ってくんだよぉ!!

 トイレ掃除道具をモップに取り換えて店内に戻って来てみると、誰かが床にこぼれたウイスキーを踏んで歩いたらしく、店内に点々とウイスキーの足跡がついて汚れがさらに広がっていた。

 だあああああ~~~~~踏むなよぉぉぉおお! 

 まずウイスキーを拭き取ってその後水拭き。1度じゃ綺麗にならない。アルコール臭も酷い。しかも店内が混んでるからなかなか掃除が出来ない。汚れはどんどん広がっていく・・。

 やっとなんとか拭き終わってレジに戻るとオーナーが客の一人に呼ばれて本のコーナーに行った。
 戻って来たオーナーがため息している。

「どうしたんですか。 クレームです?」
「う―ん、クレームっていうのかな・・」

 その客はどうやら週刊少年マンガの雑誌「チャンプ」を買いたいらしいのだが、全部立ち読みされていて本が買えないというのだ。立ち読みしてる人がその雑誌を買うか買わないかはこちらでは判断出来ない。だから取り上げるわけにもいかず、少し待ってもらう事にしたらしい。

 だが俺がコンビニで見ている限り、あれを立ち読みする人の9割は買わない。買う人は立ち読みなんかしないでさっさと買って行く。酷い場合だと1時間くらいかけて全部読んで行く奴もいる。ねえ立ち読みってほぼ窃盗じゃないの?


 21時を過ぎてやっと店内の混雑が落ち着いて来た。今日の戦争は終了しようとしている。

「はあ~~やっと落ち着いたね。俺、裏で発注かけてくるわ」そう言ってオーナーがバックヤードに下がった。

 宏樹と俺はレジの合間に商品の前出しや品出しを始める。忙しかった分、品出しも大量にある。
 大量のお菓子やらカップ麺を品出ししている時だった。

 宏樹のレジに立った女性客が、持っていた商品のペットボトルを床に落とした。今度はガラス瓶じゃなくて助かったよ。

「はい、どうぞ」俺が拾い上げてカウンターに置くと宏樹がバーコードをスキャンした。

 女性客からはありがとうの一言も無い。ま、いいけどさ。

 だがふと顔を上げて女性を見ると様子がおかしい。宏樹の顔を見て固まっている。いやぁいくら宏樹がイケメンだからってそんなあからさまに見とれなくても。

 だが女性の財布を持つ手が小さく震えている。

「ひ、宏樹さ‥ん?」

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