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11・ちょっと試しに

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 ムラシマに高い服はなかった。それはいい。

「それ全部買うのか!?」
「当たり前だろ、この世界の服は1枚も持ってないんだから」

 両手に山盛りの服が入った買い物カゴを持ってキングが俺の前に立った。俺は試着室から出てきた所だった。

 あーあ、この分じゃ俺の服は買えないな。このズボンは諦めるか。

 レジでは大量の買い物を二人の店員がさばいた。うんざりするような量だったが、今回もキングのイケメンスマイルでムラシマのお姉さんたちは嫌な顔一つせず接客に当たってくれた。

 靴はいいとして洋服の量が多すぎた。「一旦家に戻って置いて来ようぜ」俺の提案にキングの返答はこうだった。

「俺は先に買い物をしてるからお前が置いてこい」

 なんか俺っていいように使われてないか? 大量の洋服を抱え家に向かって歩いていた俺はひとり愚痴っていた。

 だが嫌な予感がする。あいつに食料品の買い物を任せたら、絶対とんでもないことになるに決まっている。俺は玄関先に洋服が入った袋を放り投げて急いでスーパーに戻った。


 キングは背が高いし明らかに凡人とは違うオーラが漂っている。自他共にイケメンだと自覚しているし、ただ顔の造りがいいだけではない魅力に溢れている。

 当然混雑しているスーパーでもその存在感ですぐキングを探し出すことが出来た。
 すれ違う女性は振り返り立ち止まってキングを見たり、肉を物色しているキングを、横から盗み見たりしていた。

 そして案の定・・・・ショッピングカートには食材がうずたかく積みこまれていた。上下2段に渡って。

「うわぁ・・」
「はじめて食った肉もあったぞ!」キングは嬉しそうにカートの中からマルシンミートボールをつまみ上げた。カートの中はほとんどそれで埋め尽くされ、売り場のミートボールを全て買い込んだようだった。

もう何も言うまい・・俺の口からはため息しか出てこなかった。

「野菜も食わないと健康によくないから野菜売り場へ行くぞ」

 適当に野菜をカート入れ、牛乳やパンを追加してレジに行った。マイバッグは3枚持って行ったが入りきらずレジ袋を追加で購入した。

 帰宅してからもキングはご機嫌だった。洋服を自分の部屋に持ち込み、その後は夕食の為のミートボールに取り掛かった。

「ちゃんとご飯も食えよ」
「ああ、このご飯とかいう白い物と肉は合うな。肉に掛かっているソースは何で作ったんだ?」
「ケチャップとソースを混ぜただけだよ。俺はそれにオールスパイスを混ぜるのが好みなんだ」

 二人で夕食を囲みながら俺はこの何日かで疑問に思っていたことをキングに質問した。

「ところでさ、キングってヴァンパイアだろ血が欲しくならないのか? ずっと人間の食事してるけど・・」

「むっ」キングは思いもよらない質問をされ返答に詰まっていた。

「それは・・確かに・・血を欲したのはこの世界に来た日だけかもしれぬ」
「人間の食事で問題ないから血がいらなくなったって事?」

「・・そうかもしれない」
「いやそれならいいだけどさ。血が欲しくて人間を襲ったりされたら困るから」
「この世界に来てからそういう衝動に駆られた事はない。安心しろ」

 

_________



 直巳に指摘されてはじめてキングはこの世界に来てからの自分を思い起こしていた。確かにこの世界に降り立った時の自分は渇いていた。喉の渇きを、空腹を覚え近くにいたカップルに襲い掛かった。

 この家に来た時も直巳の首筋に噛みつき血をすすった。だがその味は自分が求めていた物とは程遠い味だった。その後に食べた肉のうまさは・・。

 我はここに来てヴァンパイアではなく下等なグールにでもなり下がったのだろうか?

(いや、我はキングだ。ヴァンパイアの中の頂点に立つ至高の存在だ。世界が違ってもその事実は変わらない・・はずだが・・)


_______



 次の日は晴れて暑くなった。湿度も高くまだ夏に慣れていない体には息苦しささえ感じる。そろそろ梅雨が明けて本格的な夏の到来かもしれない。

 階下に降りて行くとキングはもう起き出してキッチンで何やらいい匂いを漂わせていた。

「今朝は何作ってんの?」
「卵焼き。昨日のご飯がうまかったからそれに合う和食のおかずを探し出した」

 フライパンを覗くと綺麗に成形された卵焼きが出来上がっていた。隣の鍋にはどうやら味噌汁もあるようだ。

「ご飯をよそえ」

 俺は言われるままにご飯をよそい、味噌汁を椀に注いだ。テーブルに置いて冷蔵庫から梅干しを取り出した。キングは卵焼きを綺麗に切りそろえて皿に乗せ、もう一つの皿にまたミートボールを乗せて朝食になった。

「・・また食うの?」
「そうだ。お前は食わなくていいぞ」

 そう言われると何が何でも食ってやろうという気がしてきた俺はミートボールに箸を伸ばした。
 するとキングはミートボールの皿をさっと自分の方へ引っ込めた。

「なんだよ?!」
「卵焼きからだ」
「は?」
「せっかく我が作ったのだから卵焼きから食え」

 まぁ確かに朝食を用意して貰ったんだから少しは敬意を表しとくか。

 俺は素直に卵焼きをひと切れ取って口に入れた。

「お、うまい」
「そうだろう」

 卵焼きの中には刻んだネギとしらすが入っていて、少し半熟な焼き具合もちょうど良かった。

 しかし細かい所にうるさい奴だな。まるで母さんみたいだ。



 朝食の後、俺は前日に実行できなかった思い付きをキングに提案した。

「キングさ、ちょっと試しに日光に当たって見ない?」
「な、なんて事を言いだすのだ。我を塵に返そうというのか!」

「そんなんじゃないよ。ちょっと窓から手を出すだけだって」
「お前は日光に当たる痛みを知らないからそんな事をぬかすのだ」

「でも考えてることがあるんだよ」
「我が沢山買い物をしたからか? 怒っているのか? もう服は買わないから・・」

 情けない顔をして後ずさるキングは、叱られた小学生が言い訳してるみたいで俺は内心で吹き出した。

「ちょっとだけ。ね、手じゃなくて指だけにしてみようか。うまく出来たら夕飯はまたミートボールにしようね」幼子に言い聞かせるようにキングを説き伏せる。

 リビングの窓の前でキングを手招く俺。キングは恐る恐る窓に近付いて来た。
 
 俺は窓を開けてキングの手首を掴み、逃げ腰になっているキングの手を窓の外へ出した。

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