ヴァンパイアキング、コンビニでバイトする

山口三

文字の大きさ
上 下
5 / 59

5・ブーツが脱げない

しおりを挟む
 男に抱えられたまま夜空に浮かぶ俺は事態を把握できずに呆けていた。

「えっと・・それは翼かな?」振り返りながら恐る恐る男に尋ねた。

 逆光になって男の表情は読めなかったがその声からはなんの感情も読み取れなかった。

「そうだ。お前の居城を教えろ。そこへ向かうぞ」

(居城って家って事か? 俺、城に住んでる訳じゃないんだけどな)

「あっちだよ」とりあえず追っ手を撒く事は出来たから一安心だ。そんな安堵が冷静な返答へ導いた。

 

「ここがお前の居城だと?」

 一般的な木造2階建て、4LDKの家を見上げた男が言った。

「この世界では大体こんなもんだよ」

 あの翼を見た瞬間からこの男が別の世界から来た存在だと理性が俺に告げていた。そして何故だか俺はその理性の言葉を素直に受け入れていた。

 玄関に入り電気を付けた。「あ、それとここで靴を脱いで」そう言いながら男を振り返った俺は呆気に取られてまじまじと男を見つめた。

 男は黒い革のブーツを力づくで引っ張っている。「それ、紐をほどくんじゃないの?」

 いやそうじゃない! 靴の紐どころじゃない! さっきまでは暗くてこの男の容姿がよく見えていなかった。肩まで伸びた黒い髪に体にぴったりとした赤いスーツ。そして癪に障るくらいイケメンなその顔! 玄関の明るいLEDの照明の下にさっきまでゲームの中で戦っていた相手が立っていた。

「あ、あんた・・まさかヴァンパイアキング?」

「よく我の名を知っていたな」キングはニヤリと笑みを俺に向けた。

 玄関の地べたに座り込みブーツと格闘している人にドヤ顔されても・・。そう思いながらしゃがんでキングの靴ひもを解いてやった。

 とりあえずリビングに行きテーブルを挟んでソファに向かい合って腰かけた。

「で、何でヴァンパイアキングがここに居るわけ?」

 俺は真面目に尋ねた。何とか状況を整理したい。ゲームの中の登場人物が目の前にいるこの事実には何か真っ当な理由があるはずだ。そしてその答えを知っているのは今の所この男しかいない。

「それは我にも分からん」

「分からんって・・あんたってラスボスじゃん。あの地下100階ダンジョンの主なんでしょ? そんな凄い奴がなんで分かんないの?」

「我は凄いが分からんものは分からん。それはさておき、ここは我の知る世界ではないな?」
「多分ね。この世界に地下100階のダンジョンがあるなんて聞いた事もないよ」

(ていうか、あんたはゲームの中のキャラだよ。ここはリアルだから当然ダンジョンなんてあるわけない)

「あのさ・・多分あんたはゲームの世界から出てきちゃったんだよ」
「ゲームの世界? なんだそれは」

「ええと、この世界には娯楽でゲームと言うものがあって、あんたはその中の登場人物なんだよ」
「なぜお前がそれを知っている?」
「さっきまでそのゲームをやってたからだよ」

「証明しろ」
「ううん、困ったな。90階に戻されちゃったから100階に行くには時間がかかるんだよ」

「我も困っているのだ。ここがどこかも分からず、大勢従えていた眷属もいない。一人でこんな場所に放り出されて・・」迷子の子猫ちゃんの様な顔をしてキングは俺を見てくる。

(うわぁ、イケメンがこういう母性本能をくすぐる様な表情をすると女子はイチコロなんだろうな。だが俺は男だ。このままキングと関わってたらロクな事にならないに決まってる。もうお引き取り願おう)

 俺がそう考え腰を浮かそうとすると続けてキングが口を開いた。

「しかも喉が渇き腹も減っているのだ・・」キングもソファから立ち上がりかけた。

「ちょっ、ちょっと待った。俺の血を吸おうとか考えてるでしょ? 助けてあげた俺にそういう仕打ちはないんじゃない?!」

「いや、飛行してここまでお前を運び、窮地を救ったのは我だ」
「い、いやそうだけど。でもここは俺んちだから!」

 キングはもう一度ソファにゆったりと掛け直し、腕を組んで考え出した。

「ううむ、そうだな・・。ではこうしよう。我をしばらくここに置いてくれ。元の世界に帰れるまででいい。その代わりお前の命は保証する」

「うっ・・どうしようかなぁ」(俺にキングの言う事を聞く義務はないよな。助けて貰ったと言えばそうだけど、それはそもそもキングが蒔いた種なんだし・・)

「その条件が飲めないなら今ここでお前を頂くまでだがな」キングは不敵な笑みを浮かべた。

「そ、そ、それって脅迫じゃん!」
「そうとも言えるな」

「そんな横暴な事あるかっ!」
「お前に選択肢は一つしかないと思うがな」

――くそっ。なんでこんな奴と関わっちゃったんだよ俺は・・。

「分かったよ。約束は守ってくれよ」
「ああ、保証する・・」

 キングはそう言ったかと思うとテーブルをひらりと飛び越え襲い掛かってきた。
 俺は声を上げる暇もなくキングに掴みかかられた。首に鋭い衝撃が走る。キングの冷たい息が首筋にかかり背中がぞわぞわした。注射器で血液を採られるのとは違う、もっと強い感覚が襲って来た。

 俺はキングに血を吸われていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...