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#序2
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「ありさん、アンヘルって知ってます?」
と日野拓也が尋ねてきた。
『ありさん』というのは俺の名前、『有江杉人』というのをもじったものだ。
俺は有江でも杉人でも呼び捨ててくれていいと言ったのだが、日野は「一応先輩だから」と『さん』をつけ、俺が「それは気持ち悪い」と訴えたところ『ありさん』が折衷案となった。
日野は会社の後輩で日野が入社したての頃、トイレがどこかわからずウロチョロしていたのを俺が声をかけて知り合った。
今ではこうして休日に飯を共にする仲になっている。
「アンヘルって、あの最近流行ってて、自分らのシェアハウスを『不健康家屋』とか呼んでるやべーバンドだろ?知ってる。つーか今ライブ来てんだろ、駅のとこのアリーナ。」
初の全国ツアーということで日本中を回る予定で最初にうちのとこに来てるんだったかな。
あまりの人気に政治家すらライブに行ってると聞いたが俺はその辺疎いからわからんな。
「そのアリーナライブなんですけど、ついさっき爆破事件だか事故だかあったらしいんですよ。怪我人も多数いるらしくて。ほら、今日のライブ首相も来るって噂でしたし、一部ではテロじゃないかーって。」
日野は声量を増して話す。
彼はこういった話に興味があるらしい。
昼間の喫茶店でする話ではないと思うが。
「テロねぇ。俺らには関係ない話だろ。お前はそんなことより彼女と喧嘩中なんだろ?そっちの方が重大事案だぞ。」
日野には田村さんという高校からの同級生の彼女がいる。
最近喧嘩してしばらく連絡を取っていないらしい。
「うっ、今一番痛いところを…。」
日野は苦い顔をして胸を押さえた。
「麻依、高校の時と思いっきり変わっちゃったんすよ。いや別にそれがどうとかじゃなくて。僕と付き合ってから変わったような気もするし、もしかしたら僕がストレスだったのかなって。それを会社の受付の子に相談してたんすけど、どうやらそれを浮気と勘違いしたらしくて。」
深刻な顔をして話す。
こいつと彼女はとても仲が良かったし結婚するものだと思ってたが、これをきっかけに別れるなんてこともあるのかもしれない。
日野はそれが心配なのだろう。
「言い訳にしちゃ素晴らしいな。」
「言い訳じゃないですって!」
日野が全力で否定する。
俺は笑いながらすぐ右を通る車を見た。
この喫茶店にはテラスがあってそこにもテーブルがあり俺たちはそこに座っている。
外気に触れながらの食事は優雅でいいのだが、実質外にいるのと同じで隣の道路から車の音だとかがとても聞こえる。
そして今すぐそこに止まった車で嫌な予感がした。
「選挙カー、ですね。」
日野が言うが、そんなこと見たらわかる。
中から同じ色の服を着た何人かとマイクを持ちタスキをした中年男性が一人でてきた。
これは多分、演説をするのだろう。
「そういえばもうすぐ選挙ありましたね。あの人は確か、外交に力を入れるとかでアメリカと対等に渡り合えるようにするとか言ってる…」
日野が言い終わる前に演説が始まる。
「御通行中のみなさん!わたくし、〇〇党の松木定信でございます!」
ただでさえでかそうな声がスピーカーでさらにガンガン鳴っている。もはや公害だ。
まともに食事も出来ない。
「おい、日野。場所変えようぜ。」
日野も了解した。すると松木の声が聞こえる。
「みなさん!先ほど駅近くのアリーナで起こった爆発をご存知でしょう。あれはどうせ、イスラム国のテロに決まっております!日本は舐められているのです!」
これはひどいな。憶測でものを言い過ぎだ。差別と言ってもいい。
まだ爆発については何もわかっていないのに。
選挙ではこいつは選ばれないだろう。
日野も同じ心情なのか嫌そうな顔をしている。
「フザケルナ!ブッコロス!」
隣のテーブルに座っていた男が声を荒げて立った。
見たところ日本人ではないらしい。外国の黒人系と見る。
カタコトの日本語から察するに日本育ちでもなさそうだ。
「オマエミタイナノガ!オレタチスミニククスルー!」
テーブルのナイフをもち、黒人系の男は選挙カーへ向かって行く。
「ありさん、あれまずいんじゃ。ってありさん!?」
男に近づき、男の肩に手を乗せる。
「ナンダ!オマエ!」
振り返って大声で言う。よほどお怒りらしい。
「まあ落ち着け。気持ちは分かる。あいつはクソだ。だがここでお前が手を出したらそれこそイメージが悪くなる。すまないが我慢してくれ。」
急に偉そうにいってしまった。それ以前に少々難しい日本語で理解できていないのでは、と思ったが通じたらしく男はフーッと息を吐いた後、椅子に戻った。
「ありさん、危ないですよ。あのまま刺されてたかもしれないんすよ。」
焦ったように日野が言う。
「まあそう言うな、気持ちは分かるだろ。ほら聞いてみろ。今やってんのは今の政府の外交批判だ、聞いてて気持ちいいやつはいねえよ。」
松木定信は先ほどのようなヘイトスピーチのようなものを続けている。
聞こえてしまっている人は皆気分が悪そうだ。
先ほどの外国人も堪えながらサンドイッチを頬張っている。
少しして誰も聞いていないと思ったのか選挙カーはどこかへ消えた。
「でも実際あの爆発はなんだったんでしょうね。犯人はともかくテロなんですかね?」
今度は興味ではなく、真剣に日野は考えている。
「俺たちがいくら考えたところで答えは出ないだろうな。ほら、お前はとっとと彼女について悩め。」
と言うと日野は余計頭を抱えた。
彼のリアクションが面白かったので、しばらく俺は笑いをこらえていた。
その後日野からカラオケに誘われたが俺は急に疲れが出たので家へ帰った。
と日野拓也が尋ねてきた。
『ありさん』というのは俺の名前、『有江杉人』というのをもじったものだ。
俺は有江でも杉人でも呼び捨ててくれていいと言ったのだが、日野は「一応先輩だから」と『さん』をつけ、俺が「それは気持ち悪い」と訴えたところ『ありさん』が折衷案となった。
日野は会社の後輩で日野が入社したての頃、トイレがどこかわからずウロチョロしていたのを俺が声をかけて知り合った。
今ではこうして休日に飯を共にする仲になっている。
「アンヘルって、あの最近流行ってて、自分らのシェアハウスを『不健康家屋』とか呼んでるやべーバンドだろ?知ってる。つーか今ライブ来てんだろ、駅のとこのアリーナ。」
初の全国ツアーということで日本中を回る予定で最初にうちのとこに来てるんだったかな。
あまりの人気に政治家すらライブに行ってると聞いたが俺はその辺疎いからわからんな。
「そのアリーナライブなんですけど、ついさっき爆破事件だか事故だかあったらしいんですよ。怪我人も多数いるらしくて。ほら、今日のライブ首相も来るって噂でしたし、一部ではテロじゃないかーって。」
日野は声量を増して話す。
彼はこういった話に興味があるらしい。
昼間の喫茶店でする話ではないと思うが。
「テロねぇ。俺らには関係ない話だろ。お前はそんなことより彼女と喧嘩中なんだろ?そっちの方が重大事案だぞ。」
日野には田村さんという高校からの同級生の彼女がいる。
最近喧嘩してしばらく連絡を取っていないらしい。
「うっ、今一番痛いところを…。」
日野は苦い顔をして胸を押さえた。
「麻依、高校の時と思いっきり変わっちゃったんすよ。いや別にそれがどうとかじゃなくて。僕と付き合ってから変わったような気もするし、もしかしたら僕がストレスだったのかなって。それを会社の受付の子に相談してたんすけど、どうやらそれを浮気と勘違いしたらしくて。」
深刻な顔をして話す。
こいつと彼女はとても仲が良かったし結婚するものだと思ってたが、これをきっかけに別れるなんてこともあるのかもしれない。
日野はそれが心配なのだろう。
「言い訳にしちゃ素晴らしいな。」
「言い訳じゃないですって!」
日野が全力で否定する。
俺は笑いながらすぐ右を通る車を見た。
この喫茶店にはテラスがあってそこにもテーブルがあり俺たちはそこに座っている。
外気に触れながらの食事は優雅でいいのだが、実質外にいるのと同じで隣の道路から車の音だとかがとても聞こえる。
そして今すぐそこに止まった車で嫌な予感がした。
「選挙カー、ですね。」
日野が言うが、そんなこと見たらわかる。
中から同じ色の服を着た何人かとマイクを持ちタスキをした中年男性が一人でてきた。
これは多分、演説をするのだろう。
「そういえばもうすぐ選挙ありましたね。あの人は確か、外交に力を入れるとかでアメリカと対等に渡り合えるようにするとか言ってる…」
日野が言い終わる前に演説が始まる。
「御通行中のみなさん!わたくし、〇〇党の松木定信でございます!」
ただでさえでかそうな声がスピーカーでさらにガンガン鳴っている。もはや公害だ。
まともに食事も出来ない。
「おい、日野。場所変えようぜ。」
日野も了解した。すると松木の声が聞こえる。
「みなさん!先ほど駅近くのアリーナで起こった爆発をご存知でしょう。あれはどうせ、イスラム国のテロに決まっております!日本は舐められているのです!」
これはひどいな。憶測でものを言い過ぎだ。差別と言ってもいい。
まだ爆発については何もわかっていないのに。
選挙ではこいつは選ばれないだろう。
日野も同じ心情なのか嫌そうな顔をしている。
「フザケルナ!ブッコロス!」
隣のテーブルに座っていた男が声を荒げて立った。
見たところ日本人ではないらしい。外国の黒人系と見る。
カタコトの日本語から察するに日本育ちでもなさそうだ。
「オマエミタイナノガ!オレタチスミニククスルー!」
テーブルのナイフをもち、黒人系の男は選挙カーへ向かって行く。
「ありさん、あれまずいんじゃ。ってありさん!?」
男に近づき、男の肩に手を乗せる。
「ナンダ!オマエ!」
振り返って大声で言う。よほどお怒りらしい。
「まあ落ち着け。気持ちは分かる。あいつはクソだ。だがここでお前が手を出したらそれこそイメージが悪くなる。すまないが我慢してくれ。」
急に偉そうにいってしまった。それ以前に少々難しい日本語で理解できていないのでは、と思ったが通じたらしく男はフーッと息を吐いた後、椅子に戻った。
「ありさん、危ないですよ。あのまま刺されてたかもしれないんすよ。」
焦ったように日野が言う。
「まあそう言うな、気持ちは分かるだろ。ほら聞いてみろ。今やってんのは今の政府の外交批判だ、聞いてて気持ちいいやつはいねえよ。」
松木定信は先ほどのようなヘイトスピーチのようなものを続けている。
聞こえてしまっている人は皆気分が悪そうだ。
先ほどの外国人も堪えながらサンドイッチを頬張っている。
少しして誰も聞いていないと思ったのか選挙カーはどこかへ消えた。
「でも実際あの爆発はなんだったんでしょうね。犯人はともかくテロなんですかね?」
今度は興味ではなく、真剣に日野は考えている。
「俺たちがいくら考えたところで答えは出ないだろうな。ほら、お前はとっとと彼女について悩め。」
と言うと日野は余計頭を抱えた。
彼のリアクションが面白かったので、しばらく俺は笑いをこらえていた。
その後日野からカラオケに誘われたが俺は急に疲れが出たので家へ帰った。
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