35 / 49
第7章
五 あやかしと人間
しおりを挟む
五
「あの。もしかして、田野前さんも。その——」
「聞きましたよ。あなた、我々の正体をまったくの偶然で言い当ててしまった人間なんですって? なかなかのスキルをお持ちかとお見受けします。前世では何を?」
「えっ……。そんなことわかりません!」
「そうですが。ご紹介が遅れました。私は輪廻転生の禊を課せられたあやかし、玉藻前でございます。彼、天童くんとはもう長い付き合いでございます」
そして田野前はカウンター椅子に座ると、話をはじめた。
「あのお話。私も読ませていただきました。アイデアをパクられたあやかしの彼に同情してしまい、今後の展開に非常に興味を持っております」
「えっ、読んでくださったのですか?」
「もちろん。なにせよ、我々の世界線と瓜二つのお話でしたので。そこでアベノメイさん。厚かましいかと思われるかもしれませんが、あの彼に弁護士先生をご紹介して差し上げるという展開にするのはいかがですか?」
「えっ? 弁護士先生……?」
「僭越ながら、あのお話の続きを書かれる際のご助言でございます。私、知り合いに小さな訴訟を扱う弁護士先生と繋がりがあるんです。あやかしは人間を裁く側の職業には付けませんので、弁護士探しは難航するのは必至」
「あ、あの……。あれはお話の中の展開なので、実際に紹介していただかなくても大丈夫なんですが……」
「なんと。そうなのですか? あまりにリアルに書かれていたので、てっきりノンフィクションと思って読んでおりました。確か、鞍馬天さんも同じような目に遭われていましたよねえ。天童さん?」
「鞍馬さんをご存知なのですか?」
「もちろんです。彼とはお会いしたことはありませんが、お話は天童くんから聞いております。なにせ、人間界での生き方に悩むあやかしは、彼を求めてここを訪ねてくるんですよ」
「えっ?」
それは初めて聞かされた事実であったが、芽依が物語の設定に織り込んだ『悩みを引き受けるあやかし』と同じではないかと思い、驚いた。
「天童くんはこうみえても輪廻転生回数はあやかし史上最多を誇る大あやかしですからね。なかなか断酒出来ずに堕落していった男です。それでいて京都出禁も重ねております。シャバの空気はしばらく吸えないでしょうねえ」
「だが俺は、今生でも、俺の名は知れ渡っている。実に気分がいい」
「ね? 変わっているでしょう?」
そういうと、田野前はテイクアウトカップを手に席を立った。
「それでは、アベノメイさん。もしお仕事にご興味ありましたらいつでもお声がけください。この裏にある美術館。開館時刻は午前十一時から午後七時。金曜土曜は九時まで開館しておりますので。困った時はいつでもお越しください。では、よい夜を」
今日は金曜日。午後九時で閉館しているとしても、彼、田野前はなぜいまコーヒーを買いに来たのだろうか。
(やっぱりブラック……?)
奇妙な人だと思いながら、田野前が店を出ていくのを見送っていた。
「あの、天童さん。これは参考までお聞きしたいのですが、田野前さんのお仕事は具体的にどんな事をされてるんですか?」
「美術品の保管に関することってことくらいしか知らねえな。あいつも、ああ見えて人間とはうまくやれねえし、それにあいつ偏屈だろ?」
「そう、なんですか……」
「なあお前さ。あいつの助手やってやれよ」
「そんな! そこまで話しておいてよく勧められますね!」
「俺たちのタブーを知ってる強みを生かせるいいチャンスだぞ」
「そんなこと言われても。これからどうなるか、まだはっきり決まったわけじゃないので」
「いや、もうお前は降板決定だよ」
「でも……万が一ってことがあるかもしれない……。希薄とは……思いますけど」
「そういうこと言ってたら、いつまでも見つからねえぞ? こう言う時は自分から攻めていくのが勝利の鍵だ」
まともなことを言うじゃないかと、芽依は天童を見つめてうなる。
わかっている。芽依は飛び出す勇気が足りないのだ。
いいなと思っても、何か理由を探して後回しにしてしまう。
優柔不断に近い生き方でもあった。
人生において、大きな決断をしたのは実家を出たことだった。
切羽詰まっているというのに。なぜ今はあのときのような意思を抱けないのだろうか。
そんなことを考えていると、天童が店の外を眺めてつぶやいた。
「あいつ、今日来ねえのかな」
「えっ?」
「天だよ。まあ、いろいろ心配でさ。まさかお前と通ってる病院が同じとは驚いたけど。その病院、ヤブじゃねえだろうな」
「天童さん、本当に人間を信じていないんですね」
「あの。もしかして、田野前さんも。その——」
「聞きましたよ。あなた、我々の正体をまったくの偶然で言い当ててしまった人間なんですって? なかなかのスキルをお持ちかとお見受けします。前世では何を?」
「えっ……。そんなことわかりません!」
「そうですが。ご紹介が遅れました。私は輪廻転生の禊を課せられたあやかし、玉藻前でございます。彼、天童くんとはもう長い付き合いでございます」
そして田野前はカウンター椅子に座ると、話をはじめた。
「あのお話。私も読ませていただきました。アイデアをパクられたあやかしの彼に同情してしまい、今後の展開に非常に興味を持っております」
「えっ、読んでくださったのですか?」
「もちろん。なにせよ、我々の世界線と瓜二つのお話でしたので。そこでアベノメイさん。厚かましいかと思われるかもしれませんが、あの彼に弁護士先生をご紹介して差し上げるという展開にするのはいかがですか?」
「えっ? 弁護士先生……?」
「僭越ながら、あのお話の続きを書かれる際のご助言でございます。私、知り合いに小さな訴訟を扱う弁護士先生と繋がりがあるんです。あやかしは人間を裁く側の職業には付けませんので、弁護士探しは難航するのは必至」
「あ、あの……。あれはお話の中の展開なので、実際に紹介していただかなくても大丈夫なんですが……」
「なんと。そうなのですか? あまりにリアルに書かれていたので、てっきりノンフィクションと思って読んでおりました。確か、鞍馬天さんも同じような目に遭われていましたよねえ。天童さん?」
「鞍馬さんをご存知なのですか?」
「もちろんです。彼とはお会いしたことはありませんが、お話は天童くんから聞いております。なにせ、人間界での生き方に悩むあやかしは、彼を求めてここを訪ねてくるんですよ」
「えっ?」
それは初めて聞かされた事実であったが、芽依が物語の設定に織り込んだ『悩みを引き受けるあやかし』と同じではないかと思い、驚いた。
「天童くんはこうみえても輪廻転生回数はあやかし史上最多を誇る大あやかしですからね。なかなか断酒出来ずに堕落していった男です。それでいて京都出禁も重ねております。シャバの空気はしばらく吸えないでしょうねえ」
「だが俺は、今生でも、俺の名は知れ渡っている。実に気分がいい」
「ね? 変わっているでしょう?」
そういうと、田野前はテイクアウトカップを手に席を立った。
「それでは、アベノメイさん。もしお仕事にご興味ありましたらいつでもお声がけください。この裏にある美術館。開館時刻は午前十一時から午後七時。金曜土曜は九時まで開館しておりますので。困った時はいつでもお越しください。では、よい夜を」
今日は金曜日。午後九時で閉館しているとしても、彼、田野前はなぜいまコーヒーを買いに来たのだろうか。
(やっぱりブラック……?)
奇妙な人だと思いながら、田野前が店を出ていくのを見送っていた。
「あの、天童さん。これは参考までお聞きしたいのですが、田野前さんのお仕事は具体的にどんな事をされてるんですか?」
「美術品の保管に関することってことくらいしか知らねえな。あいつも、ああ見えて人間とはうまくやれねえし、それにあいつ偏屈だろ?」
「そう、なんですか……」
「なあお前さ。あいつの助手やってやれよ」
「そんな! そこまで話しておいてよく勧められますね!」
「俺たちのタブーを知ってる強みを生かせるいいチャンスだぞ」
「そんなこと言われても。これからどうなるか、まだはっきり決まったわけじゃないので」
「いや、もうお前は降板決定だよ」
「でも……万が一ってことがあるかもしれない……。希薄とは……思いますけど」
「そういうこと言ってたら、いつまでも見つからねえぞ? こう言う時は自分から攻めていくのが勝利の鍵だ」
まともなことを言うじゃないかと、芽依は天童を見つめてうなる。
わかっている。芽依は飛び出す勇気が足りないのだ。
いいなと思っても、何か理由を探して後回しにしてしまう。
優柔不断に近い生き方でもあった。
人生において、大きな決断をしたのは実家を出たことだった。
切羽詰まっているというのに。なぜ今はあのときのような意思を抱けないのだろうか。
そんなことを考えていると、天童が店の外を眺めてつぶやいた。
「あいつ、今日来ねえのかな」
「えっ?」
「天だよ。まあ、いろいろ心配でさ。まさかお前と通ってる病院が同じとは驚いたけど。その病院、ヤブじゃねえだろうな」
「天童さん、本当に人間を信じていないんですね」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
あやかし探偵倶楽部、始めました!
えっちゃん
キャラ文芸
文明開化が花開き、明治の年号となり早二十数年。
かつて妖と呼ばれ畏れられていた怪異達は、文明開化という時勢の中、人々の記憶から消えかけていた。
母親を流行り病で亡くした少女鈴(すず)は、母親の実家であり数百年続く名家、高梨家へ引き取られることになった。
高梨家では伯父夫婦から冷遇され従兄弟達から嫌がらせにあい、ある日、いわくつきの物が仕舞われている蔵へ閉じ込められてしまう。
そして偶然にも、隠し扉の奥に封印されていた妖刀の封印を解いてしまうのだった。
多くの人の血肉を啜った妖刀は長い年月を経て付喪神となり、封印を解いた鈴を贄と認識して襲いかかった。その結果、二人は隷属の契約を結ぶことになってしまう。
付喪神の力を借りて高梨家一員として認められて学園に入学した鈴は、学友の勧誘を受けて“あやかし探偵俱楽部”に入るのだが……
妖達の起こす事件に度々巻き込まれる鈴と、恐くて過保護な付喪神の話。
*素敵な表紙イラストは、奈嘉でぃ子様に依頼しました。
*以前、連載していた話に加筆手直しをしました。のんびり更新していきます。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる