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第7章

四 あやかし、田野前真藻

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 四

 振り向くと、そこには、薄いグレーのロングカーディガンを羽織った、背の高い、糸目の男性が立っていた。
 男は、芽依を物珍しそうに顔を覗き込む。

「よう。こんな時間にめずらしいな。田野前たのまえ。何しにきたんたよ」
「何しに来た? 決まってるでしょう、コーヒーを買いに来たんですよ。え? ここ、カフェでしたよね? 私間違っていませんよね?」

 そういいながら、男は店内を見回す仕草をしている。

「……今夜はめんどくせえ奴しか来ねえな」

 そう天童がこぼすと、何も聞かずに飲み物の準備を始めた。

「テイクアウト、サイズはグランデ。カップにスリーブはつけてください」

 田野前という男は、カウンターに肘をつき、天童へ向けて注文を告げる。
 天童が用意していたのはブラックコーヒーだったrどうやら彼の「いつもの」とは、金木犀コーヒーのことらしい。
 芽依はその様子を見入っていると、田野前が強引に芽依の視界に入ってきた。

「失礼ですが、お嬢さん。あなた、お仕事を探しているのですか?」
「えっ? いえ、あのどうして……」
「もしご興味があれば、うちで働きませんか?」

 突然、それも今出会ったばかりの男性から、仕事を紹介されたのは始めてだった。
 水商売ですらもう少し詳しくスカウトするだろう。
 その状況に、てっきり天童が何か苦言を呈してくれると思いきや、おもいきや、彼は強く話に賛同しはじめた。

「そうだよ。おい、阿倍野芽依。お前、こいつのところで働け!」
「あ、あ、あの、待ってください。何の仕事かもわからないのに。そんなこと急に言われましても……」
「ほう。あなた、アベノメイさんとおっしゃるのですね。私は田野前真藻(たのまえまも)と申します。ちょうどこの裏にある美術館で美術研究や資料整理の仕事をしているものです」
「美術館?」
「はい。ですが、どういうわけか、研修期間を満たすことなく辞めていってしまう人間ばかりでして。年中人手不足で困っているところなんですよ」
(それって、典型的なブラック企業なんじゃ……)
「もちろん、無理にとはいいません。ですが、悪い話ではないと思いますよ?」
「は、はあ……」

 だが芽依はまだ、正式に企画を降りると決まっていない。それにまだ、ハローワークで探せばいい仕事が見つかるかもしれない。
(それになにより、この人、なんかあやしい……)
 芽依は自身の持つ、妙な勘が働いた。
 本音をみせない好きのない語り口調。もしかして、この人も……?

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