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第5章

三 阿倍野芽依、尋問される

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 三

「!」

 カフェラテ店主は、プロローグの最後に書かれている『文・mei』の文字を指で突いて尋ねた。
 ——そういうことか!
 芽依の合点がいった。
(やっぱり、気付かれてたんだ……)
 つまり、カフェラテ店主は、この東京ファンタジアのプロローグに腹を立てているのだ。
(ああ、どうしよう。やっぱり、完全にやらかしていたんだ!)
 有無をいわずとも、芽依の表情はイエスと答えているようなものだった。
 カフェラテ店主は、ページを眺めながら落ち着いた様子で話し始める。
 だがこの空気はなんだ。これからとって食べられそうな獲物のような心地。
 夜カフェ〈金木犀〉の漂わせる雰囲気とはまるで違うものが、カフェラテ店主から放たれていた。

「知り合いに調べてもらったんです。これを書いたライターにどうしても会って話がしたいと。あなただったんですね。阿倍野芽依さん」

 そして芽依は深く頭を下げ、誠意を込めて謝罪した。

「た、大変申し訳ありませんでした! 勝手にお店をモデルにしたこと、本当に申し訳なく思っております! 私、このお店に始めてきたとき、あまりの雰囲気の良さとか居心地の良さにこのお店のことが好きになってしまって。それでちょうど、東京を舞台にしたファンタジーの物語を書いてくれないかと頼まれまして。それで私、こちらの金木犀さんをモデルにしたものを書きたいと思って企画を提出したんです。けど、やっぱり黙ったままでは失礼だと思い、実は今日、きちんとお話しをして改めて許可をいただけないかと思っていた次第なんです!」
「許可ねえ……」

 店主は頬杖をついて、興味がなさそうに東京ファンタジアのページを閉じてしまった。

「ご、ご迷惑になるようなことは書いたりしません。あくまでも、〈金木犀〉さんに着想を得たまでの架空の物語にするつもりです。なので、どうか執筆の許可をいただけないでしょうか」

 すると、カフェラテ店主は思わぬことを口にした。

「あのさ、君って俺のこと知ってるの?」
「えっ? 店主さんのこと……?」

 それはどういうことかと、芽依はカフェラテ店主を見つめ返す。
 一体何を言いたいのだろう。芽依は必死に考えた。
 だが、そのカフェラテ店主の表情を見て、芽依は顔を青ざめさせる。
 そこに、いつもの夜カフェ〈金木犀〉の店主はいなかった。
 そこに居たのは、人とは思えぬほどおぞましい雰囲気を放つ男というべきか、まるで人ならざるもののような気配を纏う目に、芽依は思わず身震いする。
(店主さん?)

「君はさ、俺が誰か知ってるのかってって聞いてんの」
「!」

 強い口調に芽依は萎縮する。
 こんなことをいう人だったのか?

「えっと。……こちらの、金木犀のオーナーさんですよね?」
「じゃあさ、ここに書いてあることはどこで聞いたわけ?」
「えっ?」
「ほら、ここ。『古に犯した罪を償うために、禊を課せられたあやかしのいる夜カフェ』って書いてある。これは誰に聞いたの?」
「誰でもありません。私が考えた架空の設定ですので……」
「架空?」
「あやかしなどと設定されて、やはり不快な思いをさせてしまったのですよね。本当になんとお詫びしたら良いか——」
 ——お前は誰なんだ!
「!」

 突然、男の声が響いた。
 だが、そこにいるのはカフェラテ店主だけである。
 ——お前は誰なんだ!

「え……?」
「は?」

 芽依は耳を覆った。
 その声は、芽依の魂を脅かすほどに強く恐ろしい声だった。
(ああ、まただ。もうやめて……。なんでこんな!)
 両耳を覆ったまま、芽依は顔をしかめて突っ伏した。

「おい、どうした……」
「っ……声が」
「声?」
「……っ、ごめんなさい。ちょっと失礼します!」

 芽依はバッグからピルケースを取り出して、持っていたペットボトルの水で急いで頓服薬を飲んだ。

「すみません、私。精神疾患があって。たびたび幻聴が聞こえるんです」
「幻聴?」
「最近はやたら酷くて。……すみません。何を言っても言い訳に聞こえますよね。本当に私、ご迷惑をおかけするつもりじゃなかったのに」

 芽依は半分泣きながら、バッグの中の薬を探した。
 そのとき、店の扉を開いて誰かが入ってきた。
 誰かはわからなかったが、取り乱している様子の芽依を見て、案じる声がふってきた。

「おい、どうした?」

 それは、芽依の聞き覚えのある声だった。
 朦朧とする視界の端に、こちらへと近づいてくる艶めいた靴が見えた。
(あ、この靴はエスプレッソ男子の……)
 すると、エスプレッソはカウンターにいたカフェラテ店主を問い詰めるように言った。

「おい、天童。お前なにかしたのか?」
「は? なんで俺を疑うんだよ。勝手に気分を悪くしてるだけだ」
 
(勝手にって。まあ、確かに、間違い無いけど)
 店での印象とまるで違う冷たい言葉がよけいに芽依を悲しくさせた。
 口調だけではない。態度、それに声音まで別人のようだ。
 今、カウンターにいる男は本当に夜カフェ〈金木犀〉の店主なのだろうか。
 すると、芽依の肩がそっと抱かれて、エスプレッソが案じるように顔を覗き込んだ。

「どう気分が悪いか言えるか? 俺は医者だ」
「えっ、お医者さん?」

 すると、鴑羅は芽依のそばに置いてあったペットボトルとピルケースを見つける。

「抗不安薬を飲んでいるのか。君、精神科にはかかっているのか?」
「はい……」

 エスプレッソはピルケースに入っている薬の名だけでそれをいい当てる。
すると、カウンターで店主が言った。

「幻聴が聞こえるんだとよ」
「幻聴? そうか。それはつらいな。薬を飲んだのなら三十分もすれば落ち着くだろう。少し休むといい」
「……ありがとうございます」
「おいおい、何、優しくしてんだよ。俺がやっと例のライターを見つけたってのに」
「それとこれは別だ。医者としては見逃せない」
「んだよ、それ……」

 そこまで聞いて、エスプレッソも東京ファンタジアのことは知っている様子だとと芽依は思った。つまり、彼らは 私を探していたということなのか。
カウンターへ視線を向けると、芽依に入れたはずの金木犀ラテをカフェラテ店主が飲んでいる。
その顔は不服そうであったが、顔の良い男の機嫌の悪い様子は様にもなってしまっていた。

「ベッドは貸さねえぞ」

 誰も聞いてもいないのに、カフェラテ店主はそう言った。
(この人、やっぱり性悪そうだ……)
 店で接してくれた時はとても紳士的に見えたのに。
 お客様優先で、店とコーヒーを愛する若いカフェ店主としか見えかなったというのに。
 
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