22 / 49
第4章
六 ロイヤルミルクティ男子の事情
しおりを挟む
五
そこには、『志摩ユウキが誘う香りの世界——パフュームコレクション』と題されたタペストリーが志摩ユウキの顔写真とともにガラスケース内に掲げられていた。
滴る水を浴びる志摩ユウキがこちらを挑発するように見つめている写真。モノクロで撮られた顔ながら、その目には光り輝くオーラが見え、彼の背後で弾ける七色の光を際立たせ、まるで香りのゆらぎを表現しているかのような麗しいデザインだった。
(志摩ユウキ……。松井さんが開く予定の香りのコレクションって、まさかこれのこと!)
志摩ユウキ。彼は、自らがプロデュースした【シーミィ(SEEmy)】という香水で時の人となった有名調香師だった。彼の香水を愛用していると、有名モデルがSNSで紹介したことで話題となり、時の人として躍り出たイケメン調香師だった。
元々、クリエイターとしても活躍していた彼が生み出したシーミィの香水は、オーガニック素材を取り入れた新しい概念の香水で、正式な香水とはまた違うらしいのだが、ボトルデザイン含め、今、大注目されているブランドだった。
香水に疎い芽依ですらその名を知っているほどであり、先日も新作の予約サイトがサーバーダウンしたとニュースになったほどだ。
「まさか。このためにクレームが入ったの?」
非常に興味を引くコレクションだが、東京ファンタジーのプロローグの内容といったい何が悪かったというのだろうか。
芽依は近くに設置されていた告知のチラシを一枚手に取った。
「~花開く、バルファン、志摩ユウキ~……」
どうやら、コレクションは志摩ユウキの他にも、十三人のクリエイターが彼の香りとコラボしたさまざまな展示を行うことになっているらしい。
(もしかして、調香師被りしてたから敬遠されたのか)
だが、芽依はそこに引っかかった。
それならば、職業を変えるだけでもよかったのではないだろうか。
イメージが損なわれる(ディスる)と言われたが、あのプロローグのなにをそんなに警戒したのだろうか。
芽依の作ったプロットは、あやかしである調香師が人間に調香レシピアイデアを盗まれてしまい、途方にくれて夜カフェ〈カナリヤ〉を訪れることから始まる流れになっていた。それは、まさしく芽依が見たロイヤルミルクティー男子の来店から着想したものである。
そして、物語の中の夜カフェ〈カナリヤ〉の店主は、店にやってくるあやかし達の悩みを解決する役目を担っており、事件解決したあとの一杯で、あやかしは心からの開放を味わえるという設定にしている。
物語の登場に、あやかしを起用していることがよくないのだろうか。カフェラテ店主もそのあたりが気に入らない様子を感じた。確かに、馴染みない層からすれば、あやかしが活躍するなど夢を見過ぎな領域なのかもしれない。ましてや自分が命をかけて取り組んでいる調香師という職業をあやかし扱いされることに不快な思いをしたということも考えられなくもない。
「……アイデアを盗まれた……」
——つまり、レシピを盗まれてしまったんだね。
そこで出てくるのが、エスプレッソ好青年がロイヤルミルクティー男子に発したあの言葉だった。
(なんだろう。すごいモヤモヤする……)
志摩ユウキがアイデアでも盗んだというのだろうか。
まさか、そんなことでもしたら調香師の人生が終わってしまうレベルの話だ。人気絶頂の彼がさすがにそこまではしないだろう。
芽依は、昔から勘が働きすぎるところがあった。
友達のちょっとした表情の変化。クラスの空気感。担任教師の機嫌など、なんとなく思ったことが現実になりやすかった。
今だって、このショーウィンドウから志摩ユウキのアイデア盗作まで飛躍してしまったほどだ。
(いやいや。さすがにそれはない。だってあやかしだもん……)
あやかしは物語の世界の話だ。当りようもない勘であることは確かなのだ。
(う~ん、それにしても、ロイヤルミルクティー男子さんも同じクリニックに通っていたなんておもわなかったな)
芽依の頭の中に、あの日の物憂げな表情のロイヤルミルクティーが浮かぶ。
そのとき、芽依の鼻腔を覚えのある香りが掠めた。
驚いてあたりを見渡すと、少し先で、ショーウィンドウを見つめて立ち尽くすロイヤルミルクティー男子が居た。
(嘘! なんで——)
どうしてこんなところにいるのだろうと思うよりも前に、彼から放たれている空気に芽依は目を奪われる。
——俺の作品を。こんなことに。
(えっ?)
それは小さく弱々しい声だった。
幻聴のように思えたが、薬が効いているのか、街の雑踏がそれをかき消してくれているのか、はっきりとはわからなかった。
だが、芽依が見つめるロイヤルミルクティー男子の瞳は、穏やかではなかった。悔しさを抑え込んでいるような、怒りすら感じる目をしている。
芽依は思った。
志摩ユウキとロイヤルミルクティー男子、もしかして二人は知り合いなのか。
そしてロイヤルミルクティー男子は芽依に気付くことなく、そのまま夜の街へと消えていった。
そこには、『志摩ユウキが誘う香りの世界——パフュームコレクション』と題されたタペストリーが志摩ユウキの顔写真とともにガラスケース内に掲げられていた。
滴る水を浴びる志摩ユウキがこちらを挑発するように見つめている写真。モノクロで撮られた顔ながら、その目には光り輝くオーラが見え、彼の背後で弾ける七色の光を際立たせ、まるで香りのゆらぎを表現しているかのような麗しいデザインだった。
(志摩ユウキ……。松井さんが開く予定の香りのコレクションって、まさかこれのこと!)
志摩ユウキ。彼は、自らがプロデュースした【シーミィ(SEEmy)】という香水で時の人となった有名調香師だった。彼の香水を愛用していると、有名モデルがSNSで紹介したことで話題となり、時の人として躍り出たイケメン調香師だった。
元々、クリエイターとしても活躍していた彼が生み出したシーミィの香水は、オーガニック素材を取り入れた新しい概念の香水で、正式な香水とはまた違うらしいのだが、ボトルデザイン含め、今、大注目されているブランドだった。
香水に疎い芽依ですらその名を知っているほどであり、先日も新作の予約サイトがサーバーダウンしたとニュースになったほどだ。
「まさか。このためにクレームが入ったの?」
非常に興味を引くコレクションだが、東京ファンタジーのプロローグの内容といったい何が悪かったというのだろうか。
芽依は近くに設置されていた告知のチラシを一枚手に取った。
「~花開く、バルファン、志摩ユウキ~……」
どうやら、コレクションは志摩ユウキの他にも、十三人のクリエイターが彼の香りとコラボしたさまざまな展示を行うことになっているらしい。
(もしかして、調香師被りしてたから敬遠されたのか)
だが、芽依はそこに引っかかった。
それならば、職業を変えるだけでもよかったのではないだろうか。
イメージが損なわれる(ディスる)と言われたが、あのプロローグのなにをそんなに警戒したのだろうか。
芽依の作ったプロットは、あやかしである調香師が人間に調香レシピアイデアを盗まれてしまい、途方にくれて夜カフェ〈カナリヤ〉を訪れることから始まる流れになっていた。それは、まさしく芽依が見たロイヤルミルクティー男子の来店から着想したものである。
そして、物語の中の夜カフェ〈カナリヤ〉の店主は、店にやってくるあやかし達の悩みを解決する役目を担っており、事件解決したあとの一杯で、あやかしは心からの開放を味わえるという設定にしている。
物語の登場に、あやかしを起用していることがよくないのだろうか。カフェラテ店主もそのあたりが気に入らない様子を感じた。確かに、馴染みない層からすれば、あやかしが活躍するなど夢を見過ぎな領域なのかもしれない。ましてや自分が命をかけて取り組んでいる調香師という職業をあやかし扱いされることに不快な思いをしたということも考えられなくもない。
「……アイデアを盗まれた……」
——つまり、レシピを盗まれてしまったんだね。
そこで出てくるのが、エスプレッソ好青年がロイヤルミルクティー男子に発したあの言葉だった。
(なんだろう。すごいモヤモヤする……)
志摩ユウキがアイデアでも盗んだというのだろうか。
まさか、そんなことでもしたら調香師の人生が終わってしまうレベルの話だ。人気絶頂の彼がさすがにそこまではしないだろう。
芽依は、昔から勘が働きすぎるところがあった。
友達のちょっとした表情の変化。クラスの空気感。担任教師の機嫌など、なんとなく思ったことが現実になりやすかった。
今だって、このショーウィンドウから志摩ユウキのアイデア盗作まで飛躍してしまったほどだ。
(いやいや。さすがにそれはない。だってあやかしだもん……)
あやかしは物語の世界の話だ。当りようもない勘であることは確かなのだ。
(う~ん、それにしても、ロイヤルミルクティー男子さんも同じクリニックに通っていたなんておもわなかったな)
芽依の頭の中に、あの日の物憂げな表情のロイヤルミルクティーが浮かぶ。
そのとき、芽依の鼻腔を覚えのある香りが掠めた。
驚いてあたりを見渡すと、少し先で、ショーウィンドウを見つめて立ち尽くすロイヤルミルクティー男子が居た。
(嘘! なんで——)
どうしてこんなところにいるのだろうと思うよりも前に、彼から放たれている空気に芽依は目を奪われる。
——俺の作品を。こんなことに。
(えっ?)
それは小さく弱々しい声だった。
幻聴のように思えたが、薬が効いているのか、街の雑踏がそれをかき消してくれているのか、はっきりとはわからなかった。
だが、芽依が見つめるロイヤルミルクティー男子の瞳は、穏やかではなかった。悔しさを抑え込んでいるような、怒りすら感じる目をしている。
芽依は思った。
志摩ユウキとロイヤルミルクティー男子、もしかして二人は知り合いなのか。
そしてロイヤルミルクティー男子は芽依に気付くことなく、そのまま夜の街へと消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
やさしいキスの見つけ方
神室さち
恋愛
諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。
そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。
辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?
何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。
こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。
20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。
フィクションなので。
多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。
当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる