15 / 49
第3章
四 激昂のロイヤルミルクティ男子
しおりを挟む
四
注文した金木犀ラテとグラスキャンドルが乗ったトレイを手に、芽依は一階奥の窓際の席についた。
散々な一日であったが、この一杯でゼロにしよう。
金木犀ラテは、出来立てほわほわな湯気があがっていた。
店内を見回すと、芽依の他に居るのは、夜に強そうなクリエイターらしき男性客が二人組だけであり、その夜はとくに客足が少なかった。
(今日は木曜日、か)
リクルートスーツに身を包んでいる芽依の格好が少し浮いている。
芽依は、ジャケットを脱いで二つ折りにすると、それを椅子にかけて再び腰を下ろした。
ラテを一口すすりながら、見上げた吹き抜けの天井にあるシャンデリアの灯りが、金色に煌めいている。幻想的な雰囲気を見せるこのカフェは、やはり秘密の隠れ家だ。
両手でカップを包むように持ちながら、ラテを静かに味わっていく。深い香りが鼻から脳内へと巡り、舌先から伝わるほろ苦いラテの味は、芽依の一日の疲れを浄化するように染み渡っていく。
(やっぱり、このラテおいしいな)
人知れずささやかな至福を味わう芽依は、そんな夜を過ごす自分に酔いかけていた。
すると突然、夜カフェ〈金木犀〉の扉が荒々しく開かれ、パーカー姿のロイヤルミルクティー男子が入ってきた。
いったいどうしたのだろうか。相変わらず、その顔は憂いを帯びた美顔であるが、その日は苛立ちを抱えている様子で、目元が少し吊り上っている。
そして芽依は、ロイヤルミルクティ―男子の手に、東京ファンタジーの冊子が握り締められていることに気付いた。
(嘘! あの冊子って……!)
そういえば、すでにフリーペーパーの配布が始まっていた。
職安での惨敗に、それを気に留める余裕すらなかった芽依は、フリーペーパーを探してくればよかったと後悔した。
(プロローグだけ、いち早く掲載されるって言われてたんだった)
そんな芽依の気持ちとは全く別の感情に見舞われている様子のロイヤルミルクティー男子は、いつもの黒いブーツをきしませながら、まっすぐにカウンターへ向かうと、持っていた冊子をカウンターに叩きつけて言った。
「どういうことですか、これ」
芽依はその様子に気を取られた。
芽依だけでなく、店内にいた男性客も、何事かと振り返ってカウンターに視線を向けている。
カウンターに居たカフェラテ店主は、驚いた様子でやってきた。
「いらっしゃい。どうしたの?」
「俺の話が……。どうして俺の話が載ってるんですか!」
「君の話?」
その話し声は芽依の席まで聞こえてこないが、穏やかでないことは確かだった。
(どうしたんだろう。何かあったのかな)
——俺のこと、こけにするつもりかよ!
「えっ……?」
それは、久しぶりに起きた幻聴だった。
芽依の頭の中で、憎悪にまみれた男の声が響いた。
芽依は思わず両手で耳を塞ぐ。
(……やだ、久々にきた……!)
芽依は急いでバッグから常備しているピルケースを取り出すと、中に入っている抗不安薬を取り出し、口に入れた。
早ければ数分で効き目のある薬。心療内科の医師からは、精神的に疲れたり、強いストレスを感じると発作が出やすいから気をつけるようにと言われていたが、もしかしたら今日はその日だったかもしれない。
薬を飲んで息と吐くと、芽依は深呼吸した。
発作を和らげる呼吸法を行いながら、カウンターへ視線を向ける。すると、カフェラテ店主は、ロイヤルミルクティー男子が持ってきた冊子を驚いた様子で眺めていた。
「どうしたの、これ」
「探せばどこにでも置いてありますよ。フリーペーパーなんで」
すると、そのあとすぐ、エスプレッソ好青年がやってきた。
ナイスタイミングだといわんばかりに、カフェラテ店主は手を挙げてエスプレッソ好青年を呼んでいる。
また今日も美形が集結している。
芽依はカウンターに集まる美男子たちを静かに眺めていた。
そしてエスプレッソ好青年も、フリーペーパーを興味深く読み進めている。
もしかしたら、彼らは芽依の書いたショートストーリーを読んでいるのかもしれない。そう思うと、妙な緊張感が生まれた。
(なんだか、恥ずかしいな)
芽依はカウンターから視線を移し、ラテを飲みながらはにかんだ。
自分の書いたものが誰かの目に止まっている。その不思議な感覚は、悪いものではなかった。
今の自分には、この物語を書くことしか残されていない。
そう思うと、芽依の決意は強いものとなる。
(林田さんのためにも、頑張って書かないと)
そして再度、店のカウンターへ視線を向けると、三人の姿は消えていた。
(あれ、いない? どこに行ったんだろう……)
店内を見渡すも、いるのは来店時と同じ、クリエイターらしき男性客二人だけである。
(消えちゃった? そんなわけないだろうけど……。まあいっか)
芽依はパソコンを取り出すと、依頼されている東京ファンタジーの執筆を進めることにした。
注文した金木犀ラテとグラスキャンドルが乗ったトレイを手に、芽依は一階奥の窓際の席についた。
散々な一日であったが、この一杯でゼロにしよう。
金木犀ラテは、出来立てほわほわな湯気があがっていた。
店内を見回すと、芽依の他に居るのは、夜に強そうなクリエイターらしき男性客が二人組だけであり、その夜はとくに客足が少なかった。
(今日は木曜日、か)
リクルートスーツに身を包んでいる芽依の格好が少し浮いている。
芽依は、ジャケットを脱いで二つ折りにすると、それを椅子にかけて再び腰を下ろした。
ラテを一口すすりながら、見上げた吹き抜けの天井にあるシャンデリアの灯りが、金色に煌めいている。幻想的な雰囲気を見せるこのカフェは、やはり秘密の隠れ家だ。
両手でカップを包むように持ちながら、ラテを静かに味わっていく。深い香りが鼻から脳内へと巡り、舌先から伝わるほろ苦いラテの味は、芽依の一日の疲れを浄化するように染み渡っていく。
(やっぱり、このラテおいしいな)
人知れずささやかな至福を味わう芽依は、そんな夜を過ごす自分に酔いかけていた。
すると突然、夜カフェ〈金木犀〉の扉が荒々しく開かれ、パーカー姿のロイヤルミルクティー男子が入ってきた。
いったいどうしたのだろうか。相変わらず、その顔は憂いを帯びた美顔であるが、その日は苛立ちを抱えている様子で、目元が少し吊り上っている。
そして芽依は、ロイヤルミルクティ―男子の手に、東京ファンタジーの冊子が握り締められていることに気付いた。
(嘘! あの冊子って……!)
そういえば、すでにフリーペーパーの配布が始まっていた。
職安での惨敗に、それを気に留める余裕すらなかった芽依は、フリーペーパーを探してくればよかったと後悔した。
(プロローグだけ、いち早く掲載されるって言われてたんだった)
そんな芽依の気持ちとは全く別の感情に見舞われている様子のロイヤルミルクティー男子は、いつもの黒いブーツをきしませながら、まっすぐにカウンターへ向かうと、持っていた冊子をカウンターに叩きつけて言った。
「どういうことですか、これ」
芽依はその様子に気を取られた。
芽依だけでなく、店内にいた男性客も、何事かと振り返ってカウンターに視線を向けている。
カウンターに居たカフェラテ店主は、驚いた様子でやってきた。
「いらっしゃい。どうしたの?」
「俺の話が……。どうして俺の話が載ってるんですか!」
「君の話?」
その話し声は芽依の席まで聞こえてこないが、穏やかでないことは確かだった。
(どうしたんだろう。何かあったのかな)
——俺のこと、こけにするつもりかよ!
「えっ……?」
それは、久しぶりに起きた幻聴だった。
芽依の頭の中で、憎悪にまみれた男の声が響いた。
芽依は思わず両手で耳を塞ぐ。
(……やだ、久々にきた……!)
芽依は急いでバッグから常備しているピルケースを取り出すと、中に入っている抗不安薬を取り出し、口に入れた。
早ければ数分で効き目のある薬。心療内科の医師からは、精神的に疲れたり、強いストレスを感じると発作が出やすいから気をつけるようにと言われていたが、もしかしたら今日はその日だったかもしれない。
薬を飲んで息と吐くと、芽依は深呼吸した。
発作を和らげる呼吸法を行いながら、カウンターへ視線を向ける。すると、カフェラテ店主は、ロイヤルミルクティー男子が持ってきた冊子を驚いた様子で眺めていた。
「どうしたの、これ」
「探せばどこにでも置いてありますよ。フリーペーパーなんで」
すると、そのあとすぐ、エスプレッソ好青年がやってきた。
ナイスタイミングだといわんばかりに、カフェラテ店主は手を挙げてエスプレッソ好青年を呼んでいる。
また今日も美形が集結している。
芽依はカウンターに集まる美男子たちを静かに眺めていた。
そしてエスプレッソ好青年も、フリーペーパーを興味深く読み進めている。
もしかしたら、彼らは芽依の書いたショートストーリーを読んでいるのかもしれない。そう思うと、妙な緊張感が生まれた。
(なんだか、恥ずかしいな)
芽依はカウンターから視線を移し、ラテを飲みながらはにかんだ。
自分の書いたものが誰かの目に止まっている。その不思議な感覚は、悪いものではなかった。
今の自分には、この物語を書くことしか残されていない。
そう思うと、芽依の決意は強いものとなる。
(林田さんのためにも、頑張って書かないと)
そして再度、店のカウンターへ視線を向けると、三人の姿は消えていた。
(あれ、いない? どこに行ったんだろう……)
店内を見渡すも、いるのは来店時と同じ、クリエイターらしき男性客二人だけである。
(消えちゃった? そんなわけないだろうけど……。まあいっか)
芽依はパソコンを取り出すと、依頼されている東京ファンタジーの執筆を進めることにした。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
パーフェクトアンドロイド
ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。
だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。
俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。
レアリティ学園の新入生は100名。
そのうちアンドロイドは99名。
つまり俺は、生身の人間だ。
▶︎credit
表紙イラスト おーい
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる