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第3章

四 激昂のロイヤルミルクティ男子

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 四

 注文した金木犀ラテとグラスキャンドルが乗ったトレイを手に、芽依は一階奥の窓際の席についた。
 散々な一日であったが、この一杯でゼロにしよう。
 金木犀ラテは、出来立てほわほわな湯気があがっていた。
 店内を見回すと、芽依の他に居るのは、夜に強そうなクリエイターらしき男性客が二人組だけであり、その夜はとくに客足が少なかった。
(今日は木曜日、か)
 リクルートスーツに身を包んでいる芽依の格好が少し浮いている。
 芽依は、ジャケットを脱いで二つ折りにすると、それを椅子にかけて再び腰を下ろした。
 ラテを一口すすりながら、見上げた吹き抜けの天井にあるシャンデリアの灯りが、金色に煌めいている。幻想的な雰囲気を見せるこのカフェは、やはり秘密の隠れ家だ。
 両手でカップを包むように持ちながら、ラテを静かに味わっていく。深い香りが鼻から脳内へと巡り、舌先から伝わるほろ苦いラテの味は、芽依の一日の疲れを浄化するように染み渡っていく。
(やっぱり、このラテおいしいな)
 人知れずささやかな至福を味わう芽依は、そんな夜を過ごす自分に酔いかけていた。
 すると突然、夜カフェ〈金木犀〉の扉が荒々しく開かれ、パーカー姿のロイヤルミルクティー男子が入ってきた。
いったいどうしたのだろうか。相変わらず、その顔は憂いを帯びた美顔であるが、その日は苛立ちを抱えている様子で、目元が少し吊り上っている。
 そして芽依は、ロイヤルミルクティ―男子の手に、東京ファンタジーの冊子が握り締められていることに気付いた。
(嘘! あの冊子って……!)
 そういえば、すでにフリーペーパーの配布が始まっていた。
 職安での惨敗に、それを気に留める余裕すらなかった芽依は、フリーペーパーを探してくればよかったと後悔した。
(プロローグだけ、いち早く掲載されるって言われてたんだった)
 そんな芽依の気持ちとは全く別の感情に見舞われている様子のロイヤルミルクティー男子は、いつもの黒いブーツをきしませながら、まっすぐにカウンターへ向かうと、持っていた冊子をカウンターに叩きつけて言った。

「どういうことですか、これ」

 芽依はその様子に気を取られた。
 芽依だけでなく、店内にいた男性客も、何事かと振り返ってカウンターに視線を向けている。
 カウンターに居たカフェラテ店主は、驚いた様子でやってきた。

「いらっしゃい。どうしたの?」
「俺の話が……。どうして俺の話が載ってるんですか!」
「君の話?」

 その話し声は芽依の席まで聞こえてこないが、穏やかでないことは確かだった。
(どうしたんだろう。何かあったのかな)
 ——俺のこと、こけにするつもりかよ!

「えっ……?」

 それは、久しぶりに起きた幻聴だった。
 芽依の頭の中で、憎悪にまみれた男の声が響いた。
 芽依は思わず両手で耳を塞ぐ。
(……やだ、久々にきた……!)
 芽依は急いでバッグから常備しているピルケースを取り出すと、中に入っている抗不安薬を取り出し、口に入れた。
 早ければ数分で効き目のある薬。心療内科の医師からは、精神的に疲れたり、強いストレスを感じると発作が出やすいから気をつけるようにと言われていたが、もしかしたら今日はその日だったかもしれない。
 薬を飲んで息と吐くと、芽依は深呼吸した。
 発作を和らげる呼吸法を行いながら、カウンターへ視線を向ける。すると、カフェラテ店主は、ロイヤルミルクティー男子が持ってきた冊子を驚いた様子で眺めていた。

「どうしたの、これ」
「探せばどこにでも置いてありますよ。フリーペーパーなんで」

 すると、そのあとすぐ、エスプレッソ好青年がやってきた。
 ナイスタイミングだといわんばかりに、カフェラテ店主は手を挙げてエスプレッソ好青年を呼んでいる。
 また今日も美形が集結している。
 芽依はカウンターに集まる美男子たちを静かに眺めていた。
 そしてエスプレッソ好青年も、フリーペーパーを興味深く読み進めている。
 もしかしたら、彼らは芽依の書いたショートストーリーを読んでいるのかもしれない。そう思うと、妙な緊張感が生まれた。
(なんだか、恥ずかしいな)
 芽依はカウンターから視線を移し、ラテを飲みながらはにかんだ。
 自分の書いたものが誰かの目に止まっている。その不思議な感覚は、悪いものではなかった。
 今の自分には、この物語を書くことしか残されていない。
 そう思うと、芽依の決意は強いものとなる。
(林田さんのためにも、頑張って書かないと)
 そして再度、店のカウンターへ視線を向けると、三人の姿は消えていた。
(あれ、いない? どこに行ったんだろう……)
 店内を見渡すも、いるのは来店時と同じ、クリエイターらしき男性客二人だけである。
(消えちゃった? そんなわけないだろうけど……。まあいっか)

 芽依はパソコンを取り出すと、依頼されている東京ファンタジーの執筆を進めることにした。
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