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第2章
一 傷心のロイヤルミルクティ男子
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一
——午後八時。
東京駅地下街を散策しがてら、比較的混雑していなかった洋食カフェの店で夕食を食べ終えた芽依は、夜カフェ〈金木犀〉へ向かう準備をしていた。
地下通路から地上へ出てみると、丸の内は土曜の夜ということもあり、休日前の夜を楽しむ人たちで溢れ返っていた。
(あ、あのお店って有名なクッキーを売ってるところだ!)
通りにはファッションやフード、そしてアート関係が至る所に点在している。それは、眺めながら歩いているだけでも心を弾ませる夜の街歩きであった。
そしてふと視線を人へ移すと、行き交う人たちの格好はシンプルながらも街の品性を損なわない女性が多く、芽依は自身が街に馴染めていないことに気付いてしまった。
芽依は昨晩と同じベージュのトレンチコートを羽織り、肩には13インチのパソコンが入る大きなトートバッグ。ファッション性があるかといえばないに等しい、どこでも見かける格好だった。
ここ数年、友人と遊びに行くことも減り、会社の行き帰りが主だった芽依は、服はもっぱらファストファッションの店のものばかりをローテーションで着こなしていた。
気付けば、休日に合わせるのバッグも仕事の時と同じものや、もっとカジュアルな黒のリュック。気楽な格好ばかりを選んでいた。
昨日は打ち合わせということで、久しぶりにクローゼットから引っ張り出して着たオフィスカジュアルコーデというもので揃えてみたが、服装自由の派遣の仕事をするようになった今は、服への配慮も減っていた。
日頃の手抜きの積み重ねが心が浮き彫りになったかのように、自分の地味さが目立ってたちまち居心地が悪くなる。
(また、服でも買いに行こうかな)
夜カフェ・金木犀へ行くための服が欲しい。だがそんな余裕はあるだろうか。
そして、気付けば夜カフェ・金木犀のある通りへやって来ていた。一瞬、あの店は幻だったのではないかと思ったが、店が存在していたことに、まずはほっとした。
周りの店が夜を彩るように、明るい光を灯しているのに対し、金木犀だけは真っ暗であり、昨晩とは真逆の景色に萎縮する。
(日中も開いていたら、絶対流行ると思うんだけど……)
なぜ、この時間は閉まっているのだろうか。
この時間に吊り下げられているCLOSEDの看板は。街に似合わず閉鎖的だ。
(あと三時間あるのか……。う~ん、待つしかないよね)
そして芽依は通りを引き返し、どこか時間の潰せる店を探すことにした。
***
東京駅舎がライトダウンして2時間が過ぎた午後十一時半の丸の内。
人々が駅へ向かうのに逆らい、芽依は金木犀へ向かって歩いていた。
店が見えてくると、金木犀には灯りがともっていた。
(開店してる! よかった)
終電頃から店を開けるといっていたが、もしかしたら、時間は決まっていないのかもしれない。その証拠に、店の前には開店時間を案内する時間の表示はどこにも見当たらない。
芽依は店の外から中を覗き込む。
(わあ。結構、お客さんは入ってるなあ)
店内のお客の数は昨晩よりも多かった。
店の前を通りがかる人々も、大抵がその歩みを緩めて店を一瞥していく。
静まりゆく街に灯り続ける光。芽依はその灯りにドキドキとした。
こんな夜遅くにひとりでカフェを訪れて、気ままな一杯を楽しもうとしている自分が、何だか大人の遊びをしているように思えた。
ガラス越しから店の中を覗くと、昨日と同じ、カフェラテ店主が今日もひとりで接客していた。
(よし。入ろう)
芽依は気持ちを引き締め、扉を手前に引いて中へと入っていった。
——午後八時。
東京駅地下街を散策しがてら、比較的混雑していなかった洋食カフェの店で夕食を食べ終えた芽依は、夜カフェ〈金木犀〉へ向かう準備をしていた。
地下通路から地上へ出てみると、丸の内は土曜の夜ということもあり、休日前の夜を楽しむ人たちで溢れ返っていた。
(あ、あのお店って有名なクッキーを売ってるところだ!)
通りにはファッションやフード、そしてアート関係が至る所に点在している。それは、眺めながら歩いているだけでも心を弾ませる夜の街歩きであった。
そしてふと視線を人へ移すと、行き交う人たちの格好はシンプルながらも街の品性を損なわない女性が多く、芽依は自身が街に馴染めていないことに気付いてしまった。
芽依は昨晩と同じベージュのトレンチコートを羽織り、肩には13インチのパソコンが入る大きなトートバッグ。ファッション性があるかといえばないに等しい、どこでも見かける格好だった。
ここ数年、友人と遊びに行くことも減り、会社の行き帰りが主だった芽依は、服はもっぱらファストファッションの店のものばかりをローテーションで着こなしていた。
気付けば、休日に合わせるのバッグも仕事の時と同じものや、もっとカジュアルな黒のリュック。気楽な格好ばかりを選んでいた。
昨日は打ち合わせということで、久しぶりにクローゼットから引っ張り出して着たオフィスカジュアルコーデというもので揃えてみたが、服装自由の派遣の仕事をするようになった今は、服への配慮も減っていた。
日頃の手抜きの積み重ねが心が浮き彫りになったかのように、自分の地味さが目立ってたちまち居心地が悪くなる。
(また、服でも買いに行こうかな)
夜カフェ・金木犀へ行くための服が欲しい。だがそんな余裕はあるだろうか。
そして、気付けば夜カフェ・金木犀のある通りへやって来ていた。一瞬、あの店は幻だったのではないかと思ったが、店が存在していたことに、まずはほっとした。
周りの店が夜を彩るように、明るい光を灯しているのに対し、金木犀だけは真っ暗であり、昨晩とは真逆の景色に萎縮する。
(日中も開いていたら、絶対流行ると思うんだけど……)
なぜ、この時間は閉まっているのだろうか。
この時間に吊り下げられているCLOSEDの看板は。街に似合わず閉鎖的だ。
(あと三時間あるのか……。う~ん、待つしかないよね)
そして芽依は通りを引き返し、どこか時間の潰せる店を探すことにした。
***
東京駅舎がライトダウンして2時間が過ぎた午後十一時半の丸の内。
人々が駅へ向かうのに逆らい、芽依は金木犀へ向かって歩いていた。
店が見えてくると、金木犀には灯りがともっていた。
(開店してる! よかった)
終電頃から店を開けるといっていたが、もしかしたら、時間は決まっていないのかもしれない。その証拠に、店の前には開店時間を案内する時間の表示はどこにも見当たらない。
芽依は店の外から中を覗き込む。
(わあ。結構、お客さんは入ってるなあ)
店内のお客の数は昨晩よりも多かった。
店の前を通りがかる人々も、大抵がその歩みを緩めて店を一瞥していく。
静まりゆく街に灯り続ける光。芽依はその灯りにドキドキとした。
こんな夜遅くにひとりでカフェを訪れて、気ままな一杯を楽しもうとしている自分が、何だか大人の遊びをしているように思えた。
ガラス越しから店の中を覗くと、昨日と同じ、カフェラテ店主が今日もひとりで接客していた。
(よし。入ろう)
芽依は気持ちを引き締め、扉を手前に引いて中へと入っていった。
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