4 / 49
第1部 第1章 ケース オブ 調香師・鞍馬天狗『盗まれた香り』
四 その店の名は、夜カフェ〈金木犀〉
しおりを挟む
一
ターミナル駅として、東京駅は丸の内口の反対側には八重洲口を構えている。
丸の内口と八重洲口では、それぞれ別々の不動産企業が絡んでいるためか、街の雰囲気にも各々特徴が見られる。
八重洲口は、昭和から残るビルも入り混じり、江戸風情や日本橋をうまく取り入れた変化を感じられる街であり、対する丸の内口側に広がっている駅前の敷地は、その先の皇居まで見通すことができるほどに大きく開けている。
赤煉瓦の駅舎をも取り込むように、周りにそびえるスタイリッシュな高層ビルは、大手証券会社やITベンチャー企業といったトップクラスのビジネスパーソンたちのプライドを書き集めたかのように、建ち並んでいる。
ここはビジネスから感性までも刺激する街。芽依は、丸の内仲通りと呼ばれる石畳の道を歩いていた。
この通りは、春は街路樹が新緑の美しさを見せ、夏になれば日差しをうけてマイナスイオンを放つ。秋になれば紅葉に色付く風情をみせ、イルミネーションの季節になると、煌く灯りでトンネルで魅せてくれる通りだ。
年中華やかさのある通りであるが、この時間はというと、恐ろしいほどに静かであった。
(街が眠ってるみたい)
街の賑やかさは消えてなくなり、寂しさを煽る風が足元を吹き抜けていく。駅から離れれば離れるほど辺りは薄暗く、空気は張り詰め、芽依は心細さに見舞われた。
(駅前でタクシーを拾えばよかった……)
どうすればいいかわからず、完全に街を彷徨っている芽依。街に取り残されたような感覚が、まるで己の人生の歩みと重なり、虚しさを覚えた。
(なんで、うまくいかないんだろう)
積み上げてきたものが崩れ、また新たに構築していくにしても、先をいく人には追いつけない。途中から合流するのというのはとても厳しい。いったい、自分はどうなるのか。
林田の気持ちには応えたいが、果たして、こんなことを思っている自分がこの企画を抱えても大丈夫なのだろうかと、芽依は思った。
足取りが重くなり、立ち止まろうかと思ったそのとき、少し先に見えるビルからおぼろげな灯りが通り伸びていることに気付いた。
(え、灯りがある……)
もしかして、まだ開いている店があるのだろうか。やはり人間、明るい方へと足が向く。芽依はビルへ向かって足を早めた。
見えてきたのは、路面に建つ二階建ての白いビルだった。
周りの店は営業を終了しているというのに、その店だけは明かりを灯し、店の前に[OPEN]と書いた看板を立てている。
店の一階は全面ガラス窓。白のレンガ調の外壁にはめ込まれた窓枠は黒く、石畳の通りによく似合うこの街らしいスタイリッシュさを放っている。
(こんな時間までやっているカフェがあるんだ)
入口となる扉近くの壁面には、楕円の形をしたアイアン素材の吊し看板があり、流れ星のように斜めっている華奢なフォントの文字で店の名前を掲げていた。
「夜カフェ……、金木犀?」
実にシンプルな店名だった。
窓の向こうに見える店内は、夜の静けさに溶けこむような、暖かみのある優しい灯りが広がっている。
中にはコーヒーを啜りながらくつろいでいる髪の長い女性や、黒いストローの刺さったカップを手に夜更かしの談笑を楽しむ若者。他にも、パソコンを開いて必死にキーボードを叩くサラリーマンやタブレットに何かを描き込んでいるクリエイターらしき人物の姿が見て取れ、午前零時過ぎとは思わせない賑わいを見せていた。
さすがは東京・丸の内。芽依は心を踊らせた。
人々は眠る時間だというのに、この店は抗ってくれるようだ。夜型ともなれば気が合うかもしれない。
(私もちょっと休憩しようかな。どのみち今日は帰れないんだから)
終電を逃すという失態をした人間にとって、それは希望の光のようだった。
芽依は扉の取手を握ると、手前へ引いて店の中へと入っていった。
ターミナル駅として、東京駅は丸の内口の反対側には八重洲口を構えている。
丸の内口と八重洲口では、それぞれ別々の不動産企業が絡んでいるためか、街の雰囲気にも各々特徴が見られる。
八重洲口は、昭和から残るビルも入り混じり、江戸風情や日本橋をうまく取り入れた変化を感じられる街であり、対する丸の内口側に広がっている駅前の敷地は、その先の皇居まで見通すことができるほどに大きく開けている。
赤煉瓦の駅舎をも取り込むように、周りにそびえるスタイリッシュな高層ビルは、大手証券会社やITベンチャー企業といったトップクラスのビジネスパーソンたちのプライドを書き集めたかのように、建ち並んでいる。
ここはビジネスから感性までも刺激する街。芽依は、丸の内仲通りと呼ばれる石畳の道を歩いていた。
この通りは、春は街路樹が新緑の美しさを見せ、夏になれば日差しをうけてマイナスイオンを放つ。秋になれば紅葉に色付く風情をみせ、イルミネーションの季節になると、煌く灯りでトンネルで魅せてくれる通りだ。
年中華やかさのある通りであるが、この時間はというと、恐ろしいほどに静かであった。
(街が眠ってるみたい)
街の賑やかさは消えてなくなり、寂しさを煽る風が足元を吹き抜けていく。駅から離れれば離れるほど辺りは薄暗く、空気は張り詰め、芽依は心細さに見舞われた。
(駅前でタクシーを拾えばよかった……)
どうすればいいかわからず、完全に街を彷徨っている芽依。街に取り残されたような感覚が、まるで己の人生の歩みと重なり、虚しさを覚えた。
(なんで、うまくいかないんだろう)
積み上げてきたものが崩れ、また新たに構築していくにしても、先をいく人には追いつけない。途中から合流するのというのはとても厳しい。いったい、自分はどうなるのか。
林田の気持ちには応えたいが、果たして、こんなことを思っている自分がこの企画を抱えても大丈夫なのだろうかと、芽依は思った。
足取りが重くなり、立ち止まろうかと思ったそのとき、少し先に見えるビルからおぼろげな灯りが通り伸びていることに気付いた。
(え、灯りがある……)
もしかして、まだ開いている店があるのだろうか。やはり人間、明るい方へと足が向く。芽依はビルへ向かって足を早めた。
見えてきたのは、路面に建つ二階建ての白いビルだった。
周りの店は営業を終了しているというのに、その店だけは明かりを灯し、店の前に[OPEN]と書いた看板を立てている。
店の一階は全面ガラス窓。白のレンガ調の外壁にはめ込まれた窓枠は黒く、石畳の通りによく似合うこの街らしいスタイリッシュさを放っている。
(こんな時間までやっているカフェがあるんだ)
入口となる扉近くの壁面には、楕円の形をしたアイアン素材の吊し看板があり、流れ星のように斜めっている華奢なフォントの文字で店の名前を掲げていた。
「夜カフェ……、金木犀?」
実にシンプルな店名だった。
窓の向こうに見える店内は、夜の静けさに溶けこむような、暖かみのある優しい灯りが広がっている。
中にはコーヒーを啜りながらくつろいでいる髪の長い女性や、黒いストローの刺さったカップを手に夜更かしの談笑を楽しむ若者。他にも、パソコンを開いて必死にキーボードを叩くサラリーマンやタブレットに何かを描き込んでいるクリエイターらしき人物の姿が見て取れ、午前零時過ぎとは思わせない賑わいを見せていた。
さすがは東京・丸の内。芽依は心を踊らせた。
人々は眠る時間だというのに、この店は抗ってくれるようだ。夜型ともなれば気が合うかもしれない。
(私もちょっと休憩しようかな。どのみち今日は帰れないんだから)
終電を逃すという失態をした人間にとって、それは希望の光のようだった。
芽依は扉の取手を握ると、手前へ引いて店の中へと入っていった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』
あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾!
もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります!
ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。
稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。
もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。
今作の主人公は「夏子」?
淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。
ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる!
古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。
もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦!
アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください!
では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜
紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。
*あらすじ*
人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。
「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」
どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。
迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。
そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。
彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる