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60.誰がための
しおりを挟む「なんだよ、これ」
お披露目の同日、仕立てられた衣装を前にエディエットは絶賛不機嫌であった。確かに布地やレースを選んだ記憶はある。だがしかし、こんなにも、ヒラヒラとした装いになるとは思ってもいなかったのだ。
「あらあら、とても素敵ですわよ。エディエット様」
大勢の侍女を引き連れてなぜだかアルネットがやってきていた。
「ねぇ、この紗の入った袖なんて、エディエット様のガラスのような腕を繊細に隠して、それでいて肩からのラインを嫌味なく見せつける作りになっていましてよ」
まだ、袖を通していないのになぜそんなにも雄弁に語れるのかが謎である。
「ささ、早く着てくださいまし」
その一言が合図だったのだろうか、大勢の侍女たちが一斉に動いた。エディエットの着ているものを素早く脱がし、浄化魔法を施す。身動き出来ないエディエットを、後ろから誰かが持ち上げズボンを履かせて薄布のシャツを纏わせる。首からやたらとドレープの効いたレースがかけられ先端が指先に止められた。
似たような作りのレースが腹回りにも取り付けられる。エディエットの両手は片方づつ侍女が持ち上げているから疲れることは無い。足に履かせられた靴は絹で出来ているようであたりも柔らかだ。
「そうねぇ、エディエット様のガラス細工のような透明感のある肌に無駄な細工は不要ですね。薄く紅だけ指しましょう」
アルネットの指示で侍女が動く。
「御髪はサイドを流すように編み込みましょう。宝石の着いたリボンを一緒に編み込んでちょうだい」
侍女がいくつものリボンをアルネットの前に差し出した。どれも絹で出来たものに宝石が縫い付けられていた。
「御髪の色に合わせて黒のリボンにしましょう。そうしたらエディエット様の御髪に宝石が散りばめられているように見えるでしょう」
言われれば侍女たちは動き、エディエットをアルネットのイメージどおりに仕上げていく。さすがにこれだけ大勢の侍女に囲まれては、逃げることは叶わず、エディエットはされるがままになっていた。
着飾ることはどちらかと言えば好きでは無い。だが、身分が高くなればなるほどそれが戦いの装いなのだと知っている。だからこそ、今日招待した者たちにエディエットの立場を知らしめる必要があるのだ。
「すごいな、こんなに布があるのに重たくない」
自分の体に付けられた沢山の布を見てエディエットが呟いた。
「あら、それは風魔法がかかってますもの」
侍女の一人がレースの一部を摘んでエディエットに見せてきた。白いレースに繊細な刺繍が施されている。そこの一箇所を指で示したのだが、何しろ白地に白い糸だから分かりにくいことこの上ない。
ようやく目を凝らして見てみれば、確かに風魔法の魔法陣が刺繍されていた。それのおかげで布自体がふわふわと浮いているのだった。
「これは面白いな」
ふわふわと浮く布が面白くて、思わずエディエットはくるりと回ってしまった。そうすれば、エディエットの身に纏わる布たちがまるで羽のように広がった。
「まぁぁ、なんて素敵なのかしら」
そんなエディエットを見てアルネットは素直に喜んで手を叩いた。もちろん、侍女たちもそれに習うからものすごい音量となった。そうしてようやく着付けが終わったことを察した宰相が、エディエットを連れ出したのだった。
――――――――――――
大勢の招待客の中をエディエットは歩いていた。もちろん、隣には帝国の皇帝たるアラムハルトがいる。アラムハルトも皇帝として正装をしてはいるものの、やはり主役はエディエットで、夜の闇のような髪に鏤められた琥珀が注目の的だった。なぜなら琥珀は帝国の皇帝の目である。
その琥珀を身につけることが許される存在である事は重大な身分であることを示す。
そうして、その隣に立つ皇帝の衣装のボタンは翡翠だ。それが何を意味するかは言われなくとも誰もが理解していた。
招待客は木製の平らな長椅子に座っていた。綿の入った布張りの豪華な椅子はここには無い。なぜならここが神殿だからだ。そうして、歩くエディエットの目の前にはいつぞやに皇帝の子が儀式を行った女神の聖水が流れていた。
(ここで何をするんだ?)
神殿に連れてこられる時、宰相からは「神殿が一番広いからです」と言うお粗末な理由を聞かされていた。だがしかし、そんなわけは無いことぐらいエディエットは知っていた。
だから、このままどこまで進むのか分からず、チラチラとアラムハルトの様子を見る。だがそれは招待たちから見れば仲睦まじい様子にしか見えないのであった。
女神が持つ壺から流れ落ちる聖水は、その足元に豊かな泉を作っている。もちろん、その泉に入る際は靴を脱ぐのが作法である。
「これより、アラムハルト・ディ・イールドとエディエット・グラハムの結婚の儀を執り行う」
神官が何時ぞやかに書いた結婚誓約書を手に持ち高らかに宣言した。確かに神殿にて保管されるとは聞いたような気はしたが、まさかここで再び登場するとは思ってもみなかった。そもそも、世間との交流がほとんどなかったエディエットは、結婚式と言うものを見たことがなかった。
だから、これが正しいのかどうなのかなんて判別が出来ないのだ。
ただ、神官も立ち会いまことしやかに執り行われるということは、帝国においては正しい形なのだろう。
「では、両名女神の元へ」
神官がそう告げると、白い衣装を身につけた幼子たちがやってきて、二人の足から靴を脱がせる。エディエットは柔らかな布靴であったから、幼子でも難なく脱がせることが出来た。
そうしてアラムハルトに手を引かれるまま、エディエットは泉に足を入れ、流れ落ちる聖水の元まで進んだ。先に聖水の下に頭を入れたのはアラムハルトで、濡れた髪に滴る聖水をまとい、ただの美丈夫が笑顔でエディエットを引き寄せた。
「 ぃ」
冷たいと言うよりは、何か痛みが左腕に走った。思わずエディエットは自身の左腕に目をやった。薄い布とレースが幾重にもあるにもかかわらず、聖水を浴びたから腕に張り付きそこに刻まれた証が見えた。
「 っ、は? え?」
幾度も痛みがはしり、堪えきれない声が出た。
「儀式は完了したな」
アラムハルトは静かに告げると、エディエットの手を再びとり泉から出た。そうして招待客立ちに向けてエディエットの左腕をみせた。幾重にもなる布地は首元から簡単に外され、そうしてエディエットの左肩に刻まれた証をハッキリと晒した。
それを目にした招待客たちからどよめきが起き、間を開けずに耳を覆いたくなるような拍手の音が鳴り響いた。
「私の最愛である。皇帝の愛を受けるを役割とするエディエットだ。以後お見知り置き願おう」
宣言するとアラムハルトはエディエットを抱き上げた。左肩を正面に向けるような体勢をとる。澄ました顔で招待客たちを見るふりをしながら、エディエットは自身の左肩を見た。幼い頃から見ていた証が書き換えられていた。エディエットの生まれを証明する言葉はなくなり、存在を表す言葉が刻まれている。
そうしてゆっくりと視線を上げた時、一番手前の席に見知った顔が並んでいることに気がついた。目線があった時、エディエットはゆっくりと口角を上げた。そうして見せつけるようにアラムハルトの首に手を回すと、六つの目玉はおおきく見開かれ、その中の二つからは大粒の涙がこぼれた。
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